月曜の朝、私は誰より早くオフィスに着く。コーヒーの最初の一杯を淹れながら、二つの未読メールを並べて開く。一つはシンガポールのリージョナル本部から、第二四半期の着地見込みが計画を六パーセント下回るという指摘。もう一つは本社のチーフ・コンプライアンス・オフィスから、現地の講演会運用に関する追加の証憑提出を求める通達。送信時刻はどちらも私が眠っていた時間だ。私はもう、この二通が同じ画面に並ぶことに動じない。動じないことを、人は成熟と呼ぶのかもしれない。だが私はそれを、傷が癒えたのではなく、傷と歩く速度を覚えただけだと知っている。
癒えない、という前提から始める
九回にわたって、私は自分が立たされている場所を言葉にしようとしてきた。王であり臣下であること。数字と規範の間に橋を架けようとして、橋がしばしば自分の体だったこと。最終回で何か晴れやかな統合を語れたら、書く方も読む方も楽だろう。だが嘘になる。十年この椅子に座って分かったのは、この板挟みには完治がないということだ。
完治がない、と認めた瞬間に、奇妙なことが起きた。肩から力が抜けたのだ。治そうとしていたから苦しかった。どちらかを選べば終わると思っていたから、選べない自分を責め続けていた。だが、これは選んで終わらせる種類の問題ではなかった。引き受けて、毎日もう一度引き受ける種類の問題だった。
緊張は、解消すべき故障ではない。構造が生きている証拠だ。本社と現地が緊張しないなら、それは統合が完璧なのではなく、どちらかが死んでいる。
月曜の三つの判断
その月曜、私は三つの小さな判断をした。大きな決断ではない。記者会見も取締役会もない、誰も記録しない種類の判断だ。だが、二君に仕えるとは、この種の判断を一日に何十回も積み重ねることだった。
六パーセントの穴に、嘘の蓋をしない
営業統括は、期末の出荷前倒しで数字を作れると言った。技術的には合法、しかし需要の実体を伴わない。私は前倒しを止めた。本部への報告には「未達」と書いた。数字を守るために信頼を担保に入れることを、私はもうしない。
証憑提出に、現地の事情を一行添える
本社の様式は、日本の医師会講演の謝礼相場を異常値として弾く。私は様式に従って提出し、別便で「日本の地方学会では交通実費の扱いがこうである」という一段落を添えた。従順と説明を、同じ封筒に入れる。
若い課長の沈黙を、放置しない
会議で何も言わなかった課長を、昼に呼んだ。彼は前週、本社規程と顧客要望の板挟みで判断を保留していた。私は答えを与えなかった。代わりに、私がどう迷っているかを話した。迷いを見せることが、ここでは最良の教育だった。
二つの目で同じ景色を見る
ローカルの王として見る景色と、グローバルの臣として見る景色は、同じ市場の同じ出来事でありながら、まるで違う色をしている。十年かけて、私は片目を閉じるのをやめた。両目で見ると景色は二重にぶれる。だが、その二重のぶれの中にしか、本当の奥行きはない。
| 観点 | ローカルの王として | グローバルの臣として |
|---|---|---|
| 六パーセントの未達 | 現場の士気と来期の種まきを守る痛み | 地域全体の着地を崩す一つの綻び |
| コンプライアンス通達 | 現地の信頼関係を縛る外圧 | 百カ国を一つの規律で束ねる背骨 |
| 自分の役割 | 守るべき人々を抱えた当事者 | 交代可能な統治の一ノード |
| 時間の地平 | この街でこの先も商いを続ける長さ | 四半期で評価される短さ |
表の右と左は、どちらかが正しいのではない。両方が正しく、両方が部分的だ。私の仕事は、片方を勝たせることではなく、両方を同じ部屋に座らせ続けることだった。会議が紛糾するのは失敗ではない。紛糾しなくなった時こそ、どちらかの声が消されたと疑うべきだった。
日々是好日ということ
禅の言葉に「日々是好日」がある。晴れの日も雨の日も、それぞれに好い日だ、という意味だと教わった。私は長く、これを我慢の美学だと誤解していた。どんな日も耐えれば好い日と思え、という精神論だと。違った。雨を晴れに変えろという話ではない。雨の日を、雨の日として生ききれという話だった。
板挟みの日を、板挟みでない日に変えようとしている限り、私はその日を生きていなかった。未達の月曜は未達の月曜として、証憑に追われる火曜は証憑の火曜として、それぞれの重さのまま過ごす。葛藤を消すのではなく、葛藤と共に一日を終える。終えられたなら、それで十分に好い日だった。
私はもう、この椅子が安らぎを与えてくれる日を待っていない。安らぎは来ない。来ないと知って座り続けることを、覚悟ではなく、習慣にした。
次に座る人へ
いつか私はこの椅子を誰かに渡す。引き継ぎ書には数字も組織図も書く。だが本当に伝えたいのは、そこに書けないことだ。君は王に見えて臣下で、臣下に見えて王だ。その二重性は欠陥ではなく、この職の定義そのものだ。直そうとするな。携えて歩け。
そして、どちらの主君も、最後には君自身ではない第三のものに仕えていることを忘れるな。患者であれ、社会の信頼であれ、自分が朝に鏡で見る顔であれ。二君の上に、声を持たない第三の主君がいる。数字と規範が衝突して動けなくなった夜は、その沈黙した主君に問え。たいてい、答えは派手ではない。だが、間違えない。
二君に仕える ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 二つの王冠 ── ローカルの頂点に立った日 ── 現地法人社長に着任した日、ローカルの王であると同時にグローバルの一被治者だと知る。王にして臣下という二重性の発見。
- 第 2 回: 本社という見えない天井 ── 頂点の上にもう一つの頂点がある。決裁権限の上限とダブルレポートラインが、現地社長の「王」を静かに削っていく。
- 第 3 回: 数字の催促と、規範の催促 ── 同じ一週間に、四半期目標の達成圧力とグローバル行動規範の厳守要求が、相反したまま同時に降ってくる。アクセルとブレーキを同時に踏めという構造を一場面に落として描く。
- 第 4 回: 翻訳されない文脈 ── 現地では正当な慣行が本社には逸脱に見え、本社の一律ルールが現地で機能しない。正しさのずれを一つの場面で描く。
- 第 5 回: 板挟みの解剖 ── 上の統治、下の達成、横の規制 ── 三方向の力が交わる一点に立つ者の解剖図
- 第 6 回: 短期と長期の引き裂き ── 四半期の数字が、まだ名前も知らない来年の患者の信頼を担保に取る。期末三日前の会議室で、王であり臣である男が引き裂かれる。
- 第 7 回: 「ノー」と言える距離 ── 本社・現場・当局の三方向に引く線。忖度・沈黙・抵抗それぞれの代償と、「ノー」を支える足場の話。
- 第 8 回: ローカルの知恵を、本社の言葉に ── 現地の正当な事情を、リスク・統制・コンプライアンスの語彙に翻訳して本社を動かす。通訳者になるという技術と、その代償の話。
- 第 9 回: 統治される側の倫理 ── 本社の監査を受ける側に座って、かつて自分が誰かを評価していた席を思い出す。従順でも反逆でもない、被治者としての誠実さを問う一話。
- 第 10 回 (本回): 二君に仕える者の日々是好日 ── 完治しない板挟みを、引き裂きではなく緊張の保持として生きる最終話
火を消す月曜があり、種を蒔く火曜がある。十年座って、私は板挟みを解かなかった。解けないものを解こうとするのをやめ、抱えたまま歩く速度を覚えた。それだけだ。それで足りた。
二君に仕える者に、楽な日は来ない。だが、好い日は来る。雨を晴れに変えなくていいと知った日から、雨の月曜にも、私はちゃんとそこにいる。
- 板挟みに完治はない。解決ではなく、緊張を保持したまま日々引き受け直すことが、この職の本質である。
- 緊張の消滅は健全さではなく沈黙の徴候。本社と現地が衝突しなくなった時こそ、一方の声が消されたと疑うべきだ。
- 二君の上に、声なき第三の主君がいる。患者・社会の信頼・自らの良心。数字と規範が動けなくなった時の最終審級はそこにある。
- Bartlett, C. A., & Ghoshal, S. Managing Across Borders: The Transnational Solution. Harvard Business School Press, 1989. (本社と現地の役割分担と緊張の古典)
- Prahalad, C. K., & Doz, Y. L. The Multinational Mission: Balancing Local Demands and Global Vision. Free Press, 1987. (統合と現地適応のフレーム)
- Kostova, T., & Roth, K. "Adoption of an Organizational Practice by Subsidiaries of Multinational Corporations: Institutional and Relational Effects." Academy of Management Journal, 45(1), 2002. (制度的二重性の理論)
- Simons, R. Levers of Control. Harvard Business School Press, 1995. (規律と裁量を両立させる統制設計)
- Paine, L. S. Value Shift. McGraw-Hill, 2003. (業績と倫理を二者択一にしない経営観)
- Handy, C. The Age of Paradox. Harvard Business School Press, 1994. (矛盾を解消せず生きるリーダーシップ論)