資材審査で「知識がある人」とは、ルールをたくさん暗記している人のことではない。ある一文を見た瞬間に、それが引っかかりそうな複数の論点 ── 法律のこと、病気のこと、統計のこと ── を、間を置かずに思い出せる人のことだ。大事なのは覚えた量ではなく、論点と論点をつなぐ「頭の中の連想の濃さ」である。今回は、そのつながりの濃さをどうやって見分けるかを、ひとつの場面 ──「劣っていないこと」を示した試験の比較資材を審査する場面 ── を使って見ていく。

知識とは「頭の中の連想ネットワーク」

もとになった社内資料は、知識をこう定義する。「ひとつの表現が同時に触れる複数の規制を瞬時に想起できる接続網である。問われるのは事実の量ではなく、網の密度。」少し硬い言い方だが、中身は単純だ。知識とは「ためこんだ事実の数」ではなく「事実どうしのつながりの濃さ」だ、と言っている。

規制・医学・統計の体系を、相互の接続関係まで含めて保持している状態。

カギは「相互の接続関係まで含めて」のところ。たとえるなら、料理の知識だ。調味料の名前を100個覚えていても、「この素材にはこの味が合う」というつながりが頭になければ、おいしい一皿は作れない。逆に手持ちの調味料が少なくても、組み合わせ方を体で分かっていれば、ひと味でいくつもの工夫がぱっと浮かぶ。審査も同じで、条文を1000個覚えていても、ある記載を見て関連する条文が頭の中で結びつかなければ現場では使えない。なぜなら審査の本番は「思い出す速さ」と「つなげる広さ」で決まるからだ。知識の強さは、覚えた点の数ではなく、点と点を結ぶ線の濃さで決まる。

網を編む四つの糸

このつながりの網は、四種類の「糸」でできている。どれか一本だけ太くても、網にはならない。四本がそろってはじめて、すくい上げる力が出る。

規制の知識

守るべきルールのこと。業界の手引きや広告のルール、薬機法(薬の法律)。たとえば大げさな宣伝の禁止(66条)、承認されていない薬の宣伝の禁止(68条)と、それぞれがどこまで及ぶか。

医学・病気の知識

病気のしくみと治し方。その記載が扱う病気で、何が患者にとって意味を持ち、何が勘違いを招くか。

臨床試験と統計を読む力

試験の組み方と「差があるか」の読み方。「相手より優れている」と「相手より劣っていない」は別の話。後で出てくる信頼区間やマージン(許容範囲)の意味も読み取る。

過去の事例・処分例

これまでの違反とその後始末。似た記載が昔どう扱われたか、という「前例」。

「相手より劣っていない」と示した比較資材を例にする。まず③で「これは『負けていない』を示しただけで、『勝っている』を示したわけではない」と読む。次に①で、それを「大げさな宣伝」「言い切りすぎ」のルールにつなぐ。②でその病気では実際どんな意味があるかを補い、④で昔の似た事例を思い出す。四本の糸が一点で交わったとき、はじめて「この記載は危ない」という判断が、確かな手ごたえとともに立ち上がる。一本だけでは、ただの思いつきで終わる。

「広さ」と「深さ」の四タイプ

もとの資料は、知識を二つの物差しで測り直す。ひとつは視野(広さ)。規制・医学・統計という別ジャンルを、どれだけまたいでつなげられるか。もうひとつは抽象度(深さ)。条文の言葉づらだけを見るのか、それとも「なぜこのルールがあるのか」という狙いまで分かっているか。この二つを縦横にとると、四つのタイプが現れる。

学校の数学にたとえると分かりやすい。公式を「丸暗記しているだけ」が浅い、「なぜその公式になるか分かっている」が深い。「一分野だけ解ける」が狭い、「どの単元の問題も解ける」が広い。理想は深さと広さが両方そろった右上(L4)で、出発点は両方とも弱い左下(L1)。問題は、片方だけ伸びた二つのタイプ ── これが落とし穴になる。

タイプ広さ × 深さどんな状態か本道か落とし穴か
局所適用 (L1)浅い × 狭い個々のルールを言葉づらだけで、その一件にだけ当てる成長の出発点
体系再構成 (L4)深い × 広い狙いから全体を組み立て直し、ジャンルを越えて基準を作る成長のゴール
原理偏重深い × 狭い一分野の狙いは深く語れるが、扱える範囲が狭くつなげられない片側だけの落とし穴
事例網羅浅い × 広い大量に暗記しているが「なぜ」に届かず、初めての一件に応用できない片側だけの落とし穴

この二つの落とし穴は見落とされやすい。原理偏重の人は深く語れるので「できる人」に見えるが、扱える範囲が狭い。事例網羅の人は知っている量が多く頼れそうに見えるが、前例のない記載が来ると手が止まる。どちらも片側だけ伸びた未完成型で、L4とは別物だ。だから育てるときに狙うのは、深さと広さを同時に伸ばすこと ── 図でいえば左下から右上への斜めの線をたどることになる。

外から見える「サイン」

つながりの濃さは、本人の自己申告では分からない。「私は知識があります」では測れない。健康診断と同じで、本人の感覚ではなく、外から見える数値や行動で測る。もとの資料が挙げる「強い人のサイン」は、どれも目で見て分かる具体的な行動だ。

すぐ思い出す

ある記載を見た瞬間、関連する条文をいくつも、間を置かず挙げる。「調べる速さ」ではなく「思い出す速さ」。

つながりを口に出す

「この記載は大げさ宣伝の論点とも、言い切りすぎの論点とも重なる」と、つながりを声に出して説明する。

資料を見ずに言える

守るべき要件や数値を、手元の資料を開かずに正確に言える。

新情報を自分で位置づける

新しい通知が出ると、「自分の知識のここが変わる」と自分で当てはめられる。

評価する側が見るべきは「正解を知っているか」ではない。「論点と論点を結ぶ言葉が、その人の口から出てくるか」だ。とくに②のつながりを口に出す行動は、頭の中の網の濃さが一番素直に表に出る瞬間になる。

比較資材で測る ── L1からL4へ

もとの資料は、同じひとつの場面を四つの段階がどう扱うかで物差しを作る。場面は固定だ ──「『劣っていない』という試験結果を載せた比較資材を見せる」。同じ資材を見て、人によって何がどう違うのか。スポーツのコーチが、同じ試合映像を初心者と上級者に見せて感想の差を測るのと同じやり方だ。

見るところL1 局所適用L2 連結L3 統合L4 体系化
位置(広さ×深さ)浅い × 狭い中くらい × 中くらい深い × 中〜広い深い × 広い
網の形点だけ点が線になる線が面になる面が立体になる
頭の使い方個々の条文を言葉づらで、一件ごとに当てる主なルールを要件レベルでまとめ、ひとつずつ当てる「なぜ」から理解し、条文どうしのつながりを見渡すルール全体を狙いから組み立て直し、ジャンルを越えて基準にする
その場でのふるまい手引きを開いてから「試験の組み方を書く必要がありそうだ」と気づく資料を見ずに「『勝った』のか『負けていない』のかと、結果を正確に書け」と指摘する「大げさ宣伝とも言い切りすぎとも重なる。読み手の勘違いを防ぐためだ」とつなげて語る「劣っていない試験」全般の社内ルールを書き起こし、研修教材にする

L1は手引きを開いてやっと気づく。知識が点としてバラバラにあり、その一件だけに使われる。L2は資料を見ずに要件をまとめて指摘できる ── 点が線になり、主なルールを要件レベルでつかんでいる。ただし、まだひとつずつ当てている段階だ。

L3で質が変わる。同じ「劣っていない」という記載を見て、「これは大げさ宣伝とも言い切りすぎとも重なる」と条文どうしのつながりを見渡し、さらに「読み手の勘違いを防ぐためだ」と狙いまでさかのぼる。線が面になるこの段階から、はじめて「つながりの網」と呼べる濃さが出てくる。L4はその面を立体にする ── 一件の判断で終わらず、「劣っていない試験」全般の社内ルールを書き起こし、研修教材として組織に残す。一人の頭の中の網が、組織みんなの網になる。

気をつけたいのは、この四段階は「順番」は表すが「等間隔のものさし」ではない、という点だ。L1からL2は要件のまとめ方が違うだけ。だがL2からL3は「ひとつずつ当てる」から「つながりを見渡す」への質の飛躍で、段の高さが違う。L3からL4はさらに別種の飛躍で、一人の知識を組織の基準に変える、という段差だ。階段でいえば一段ごとの高さがバラバラで、上にいくほど一段が高い。だからL3とL4の差を「あと一歩」と軽く見ないことが、人を育てる設計では肝になる。

コンピテンシー・フレームワーク ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 本質の問い ── 認識のズレを誰が見抜き、押し戻し、定着させるか ── シリーズ序論。本質的な問いと3つの役割・8次元の全体地図、各次元の読み方(本質/四象限/尺度)を、専門用語を日常語に置き換えて概観する。
  2. 第 2 回: 二軸で人を見る ── 視野×抽象度の四象限と、尺度・水準・乖離 ── 人の力を「広さ」と「深さ」の二方向で見る地図と、ものさし・読み値・ズレを分けて測る基本。
  3. 第 3 回 (本回): 知識 ── 量ではなく「接続網」の密度 ── 資材の審査でいう「知識がある人」を、覚えた事実の多さではなく、ひとつの表現から規制・医学・統計の論点が一度につながる「頭の中の連想ネットワーク」の濃さとして捉え直す。新薬どうしを比べた資材を例に、初心者(L1)から組織の基準づくり(L4)までの差を見ていく。
  4. 第 4 回: インテリジェンス ── 形式を透視し、実態で外挿する ── 知識を「当てはめる」のではなく「のばす」力。ラベル(肩書きや名目)を外し、原則から考えて中身を見抜く。その力をL1〜L4の4段階と、視野×深さの4つのタイプで測る。
  5. 第 5 回: リスク検知力 ── 書かれていないものを読む ── 「書いてないこと」と「それとなく匂わせていること」を、読んだ人の頭の中を想像して捕まえる。観る力でいちばん難しい部分と、「頭でっかち」の落とし穴。
  6. 第 6 回: 第六感 ── 言語化に先立つ警報 ── 理由をうまく言葉にできる前に「なんか引っかかる」と鳴る、心の警報。その値打ちは速さと、最初に「ここを注意して見ろ」と旗を立てること。ただし旗を立てただけで結論にはせず、必ず後で確かめる。
  7. 第 7 回: 伝達力 ── 届かない正しさは、存在しない正しさ ── 伝達力=自分の判断を、相手が分かる言葉に置きかえて渡す「翻訳」。事実をそのまま渡すL1から、誰にでも通じる共通の言葉を作るL4まで、「相手の幅」と「言いかえの度合い」の二つで読む。
  8. 第 8 回: 行動変容誘因力 ── 内発で、誰も見ていなくても ── 指示で従わせるのではなく、誰も見ていなくても次から自分で正しく作ってもらう力。「言われたから直す」段階(L1)から「直さないのが当たり前」という空気が職場に根づく段階(L4)まで、相手が自分からやる気になっているかを軸に読み解く。
  9. 第 9 回: 関係構築力 ── 敵でも仲間でもない、信頼される第三者 ── 相手と距離を取りながら(独立性)、同時に信頼もされる。これを両立させる第7の力。仲良くなりすぎても、ケンカ腰でも失敗する。「厳しいけど公正」へ向かう斜めの道が正解。
  10. 第 10 回 (最終回): 信頼密度 ── 効かせる媒質、そして8次元の統合へ ── 同じ指摘でも「誰が言うか」で通り方が変わる。その差は頭の良さではなく、その人がこれまでに積み上げてきた信頼の濃さだ。言うことがぶれない・判断が読める・強い相手にも曲げない、この3つが時間をかけて固まった、お金で今すぐ買えない財産。最終回は8つの力を1枚の絵にまとめ、次のシリーズへつなぐ。
結語

知識を「覚えた量」で測ると、暗記の多い人ばかりが高く評価され、事例網羅の落とし穴(広いが「なぜ」に届かない)が見えなくなる。「つながりの濃さ」で測ると、評価の軸が変わる ── ひとつの「劣っていない」という記載から、論点が何本立ち上がり、それらが狙いまでさかのぼって結ばれるか。L3で線が面になり、L4で一人の網が組織の基準として外に残る。固定した同じ場面を見せて、その人が斜めの線のどこにいるかを読む ── これが人を育てる出発点になる。

次回は「観る力」の二つめ、インテリジェンスを扱う。ルールが直接は書いていない事案を、原則から自分で導き、形だけの体裁をはがして中身を見抜く力だ。知識を「当てはめる」のではなく、未知の一件に「のばして使う」力である。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 知識の強さは「覚えた数」ではなく「つなぐ濃さ」。料理で調味料の数より組み合わせの勘が効くように、ひとつの表現から論点と論点が即座に結ばれる、頭の中の連想の濃さで測る。
  2. 片側だけ伸びた二タイプは落とし穴。原理偏重(深いが狭い)も事例網羅(広いが「なぜ」に届かない)もL4ではない。深さと広さを同時に伸ばす、斜めの線をたどる成長だけが本道。
  3. L1〜L4は段差がバラバラの順番尺度。L2→L3の「ひとつずつ当てる→つながりを見渡す」飛躍と、L3→L4の「個人の知識→組織の基準」飛躍を、同じ比較資材を見せて見分ける。
出典・参考文献
  1. McClelland, D. C. Testing for Competence Rather Than for Intelligence. American Psychologist, 1973. (知識の量や適性検査ではなく、実際の行動で能力を測るという考え方の原点)
  2. Boyatzis, R. E. The Competent Manager. Wiley, 1982. (能力を「目で見て分かる行動」として定義した本)
  3. Spencer, L. M. & Spencer, S. M. Competence at Work. Wiley, 1993. (知識やスキルと、奥にある動機を区別し、行動に基づく物差しを示した本)
  4. Dreyfus, S. E. & Dreyfus, H. L. A Five-Stage Model of the Mental Activities Involved in Directed Skill Acquisition. 1980. (初心者から熟達者への段階的な上達=L1〜L4の理論的な背景)
  5. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018. (「劣っていない」「比較」表現の判定に関わる、規制側の一次資料)