いきなり細かい話に入ると、必ず迷子になる。だからこの一枚で、全体の地図を先に渡す。資材審査という仕事が「何のためにあるのか」「どんな部品でできているのか」「どこから読めばいいのか」。最初にそれだけを、やさしい言葉で見ておく。
たった一つの問い
製薬会社が出す資料は、お医者さんや患者さんの「受け取り方」を、事実より少し良く見せてしまうことがある。わざとでなくても起きる。たとえば、効いたグラフだけ大きく載せて、副作用の話を小さくする。読んだ人の頭の中では「すごく良い薬だ」という像が、本当の姿よりふくらむ。
この「事実」と「受け取り方」のズレが生まれる地点を、誰が見つけ、誰が押し戻し、誰が組織の習慣として続けさせるのか。この問いに答える仕事が、資材審査である。フレームワーク全体は、この一つの問いから枝分かれしている。
仕事は三つ、順番につながっている
資材審査の中身は、大きく三つの動きでできている。順番が大事で、川の流れのように上から下へつながっている。一つでも詰まると、その先には水が届かない。
見抜く
資料のどこにズレの芽があるかに気づく。空港の手荷物検査で、画面を見て「これは怪しい」と気づく人にあたる。気づけなければ、その先は何も始まらない。
押し戻す
気づいたズレを、相手に伝えて直してもらう。「ここ、こう直して」と納得させる動き。見抜いても言わなければ、ズレはそのまま世に出る。
定着させる
一回直すだけで終わらせず、次から自然に正しく作られる状態にする。同じ注意が二度と要らなくなれば本物。これが続かないと、毎回ゼロからのやり直しになる。
三つは直列、つまり一本につながっている。見抜けても押し戻せなければ漏れる。押し戻せても定着しなければ、来月また同じものが出てくる。だから「どれか一つが得意」では足りない。
全体地図 ── 三つの役割の下に八つの力
この三つの動きは、もう少し細かい「八つの力(次元)」に分かれる。次元とは、人の力を測るときの観点のこと。下の表が、このフレームワーク全体の地図である。役割ごとに、どんな力が、何のためにあるかを一覧にした。各次元の詳しい中身は、後のページで一つずつ見ていく。ここでは「こういう部品がある」とだけ分かれば十分。
| 役割 | 八つの次元 | その力の役目(一言で) |
|---|---|---|
| 見抜く | 01 知識 | 一つの表現が同時に触れる複数のルールを、すぐ思い出せる頭の中の地図 |
| 02 インテリジェンス | ルールに書いていない事案を、原則にさかのぼって見抜く | |
| 03 リスク検知力 | 書いてあることでなく「書いていないこと(欠け・におわせ)」を読む | |
| 04 第六感 | 理由を言葉にする前に鳴る、違和感の警報 | |
| 押し戻す | 05 伝達力 | 同じ指摘を、相手に届く言葉へ翻訳して渡す |
| 06 行動変容誘因力 | 相手が自分の意志で、次から正しく作るようにする | |
| 07 関係構築力 | 敵でも仲間でもない、信頼される第三者になる | |
| 定着させる | 08 信頼密度 | 「誰が言うか」で効きが変わる、その信頼の蓄積 |
人を測る二つのものさし ── 視野と抽象度
八つの力は、どれも同じ二つのものさしで測る。これを覚えておくと、後がぐっと楽になる。
一つ目は視野。どれだけ幅広く扱えるか。二つ目は抽象度。表面の言葉だけでなく、その奥の「なぜそうなるか」という原理まで分かっているか。料理人でたとえると、作れる料理の数が視野、「なぜこの味になるか」を理屈で説明できるのが抽象度である。
この二つを縦と横の軸にして、四つのマスをつくる。本道は左下から右上へ向かう対角線。両方が一緒に伸びていく道だ。困るのは左上と右下。片方だけ伸びた「片翼(かたよった未完成)」で、一見できるように見えて肝心なところで崩れる。理屈は立派だが現場で使えない人(左上)、たくさんこなせるが原理が分からず初めての形に弱い人(右下)。二つの軸で見て初めて、この二人は別物だと分かる。
L1〜L4 ── 上達の段階
同じ力でも、人によって熟れ具合が違う。それを四段階(L1〜L4)の目盛りで表す。運転免許でたとえると分かりやすい。
L1は仮免のレベル。決まった手順を、その場かぎりでこなす。L2は一般道を一人で走れる。L3はベテランで、なぜそうするかを原理で分かっている。L4は教官で、自分ができるだけでなく、基準を作って他の人を育てられる。数字が大きいほど上、というだけのこと。最初は誰でもL1から始まる。
三つのシリーズ ── 測る・線を引く・実際に測る
この解説全体は、三つのシリーズでできている。役割分担があり、三つそろって一周する。健康診断にたとえると、何を調べるか決め、合格ラインを決め、実際に測る、の三つにあたる。
| シリーズ | 答える問い | たとえ |
|---|---|---|
| ① フレームワーク | 何を測るのか | 地図(どの力を見るかの全体像) |
| ② 当確ライン | 独立して任せてよいか | 合否線(ここを越えたら一人前) |
| ③ 測定設計 | どうやって測るのか | ものさしの当て方(実際の測り方) |
「測る → 線を引く → 実際に測る」。この三つがそろって、初めて人の力を公平に見られる。今あなたが読んでいるのは、①の入り口にあたる。
どこから読むか
道案内はかんたん。まずこの序章で全体像をつかむ。次に第1シリーズ(フレームワーク)で、八つの力を一つずつ見ていく。合否の線引きや、実際の測り方が必要になったら、第2・第3シリーズへ進めばよい。最初から全部を読む必要はない。地図を手にした今、迷子にはならない。
- 仕事は「見抜く→押し戻す→定着させる」の直列。一つでも欠けると、ズレはそのまま世に出るか、来月また戻ってくる。
- 八つの力は、視野(幅)×抽象度(原理の深さ)で測る。本道は両方が一緒に伸びる対角線。片方だけは未完成。
- 三つのシリーズで一周する。何を測るか(地図)→任せてよい線(合否)→どう測るか(ものさし)。この序章は最初の入り口。
- McClelland, D. C. Testing for Competence Rather Than for "Intelligence." American Psychologist, 1973(行動でコンピテンシーを測る考え方の出発点).
- Spencer, L. M. & Spencer, S. M. Competence at Work: Models for Superior Performance. Wiley, 1993(コンピテンシー辞書と段階尺度の基礎).
- 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018(資材審査が前提とする規制の枠組み).