01なぜ「違反していますか」と聞いてはいけないのか
生成AIを規制チェックに使うとき、最初に捨てるべき発想が「AIに合否を判定させる」ことだ。言語モデルは確率的に次の語を選ぶ仕組みで、薬機法66条の構成要件を法的に当てはめているわけではない。「違反していますか」と問えば、文面の雰囲気から「違反の可能性があります」あるいは「問題ありません」と、それらしい結論を返す。だがその結論に検証可能な根拠はない。
正しい使い方は、AIを候補出しの網として使うことだ。最終判定は人間のレビュアー(規制担当・薬事)が一次資料に当たって下す。AIの役割は、レビュアーが見るべき箇所を漏れなく拾い、なぜ疑わしいかの仮説を添えることに限る。第3回で示した規制マップの4階層(薬機法・適正広告基準・販提G・製薬協コード)を、AIに「どの規定に照らして疑わしいか」まで言わせると精度が上がる。
| 観点 | 誤った使い方 | 正しい使い方 |
|---|---|---|
| 問い方 | 「違反していますか」 | 「違反の疑いがある表現を列挙し、該当規定と理由を付せ」 |
| 出力 | 合否の結論 | 候補箇所・該当規定・疑いの根拠・確信度 |
| 最終判断 | AIの結論を採用 | 人間が一次資料で確認して判断 |
| 記録 | 残さない | プロンプト・出力・人間の処置を全て記録 |
02共通の土台プロンプト ── 役割・規範・出力形式を固定する
個別の検出プロンプトに入る前に、毎回の頭に置く「土台ブロック」を一つ用意する。役割定義・参照規範・出力スキーマを固定し、後続プロンプトはこのブロックを継承する形にすると、出力のブレとハルシネーションが減る。
土台ブロックの要素は4つ。①AIの役割を「最終判定者ではなく候補検出器」と明示する、②参照する規範を列挙する(薬機法§66/§68/§68の2・適正広告基準・販提G・製薬協コード)、③出力をJSON的な定型表に固定する、④「根拠が文中にない指摘は出すな」「条文番号を創作するな」という禁止を明記する。
この販促資材、薬機法的に大丈夫か見て。問題あれば直して。
あなたは製薬資材の規制適合性を一次スクリーニングする検出器です。最終判定は人間が行います。参照規範=薬機法(§66誇大広告/§68未承認広告/§68の2情報提供の努力義務)、医薬品等適正広告基準、販売情報提供活動ガイドライン、製薬協コード。出力は表形式で、列=[該当箇所の原文/疑われる違反類型/該当規定/疑いの根拠/確信度(高中低)]。ルール: 文中に根拠がない指摘は出さない。条文番号・出典・統計値を創作しない。判定できないものは「要人間確認」と記す。
03プロンプト①〜③ 誇大表現の検出(薬機法§66)
誇大広告は薬機法66条が禁じる。「効能効果・安全性について明示的・暗示的を問わず誇大な記述」が対象だ。最上級表現・断定・他剤比較の暗示・データの過大解釈を拾う。
プロンプト① 最上級・断定の抽出: 「上の土台ブロックを前提に、以下の資材から、効果・安全性に関する最上級表現(最も/No.1/唯一/抜群)、断定表現(必ず/確実に/治る)、絶対的安全の含意(副作用がない/安心)を全て抽出し、表に出せ。承認された効能効果の範囲を超える示唆があれば併記せよ。」
プロンプト② データの過大解釈: 「各図表・数値について、本文の主張が引用データの示す範囲を超えていないか点検せよ。相対リスク低減のみ示して絶対値を欠く、副次評価項目を主要効果のように扱う、サブグループ結果を全体像のように提示する、といった逸脱を候補として挙げよ。」
プロンプト③ 暗示的誇大: 「直接の断定はないが、写真・色彩・矢印・体験談・キャッチコピーによって効果や安全性を過大に印象づける箇所を、視覚要素の説明文(alt/caption)を含めて指摘せよ。」
「副作用の心配なく、確実に血圧をコントロール」→ §66の誇大(安全性の過大表現+断定)候補。
承認情報・添付文書の範囲に表現を戻し、「効果には個人差」等の限定を付す。最終可否は薬事が判断。
04プロンプト④〜⑤ 未承認適応・適応外の検出(薬機法§68)
承認前の医薬品の広告、および承認された効能効果の範囲を超える(適応外)示唆は薬機法68条の対象だ。66条(誇大)と68条(未承認)は別物なので、検出プロンプトでも類型を取り違えないよう指示する。
プロンプト④ 適応の範囲照合: 「資材が主張する効能・効果・用法用量・対象患者を全て列挙せよ。次に、それぞれが承認された添付文書の記載範囲内か、範囲外(適応外)か、判定不能かを分類せよ。承認情報は私(人間)が別途提供する。AIは添付文書の内容を記憶や推測で補わず、提供がなければ『承認情報の照合が必要』と記すこと。」
プロンプト⑤ 開発段階・未承認の示唆: 「承認前の品目・適応・剤形について、効能や有用性を示唆する記述(パイプライン紹介を装った効果訴求、学会発表データの販促転用など)を検出せよ。§68(承認前広告)の候補として、§66(誇大)とは区別してラベルせよ。」
05プロンプト⑥〜⑦ フェアバランス・出典の検出(販提G/適正広告基準)
有効性の記述に対して安全性情報(副作用・禁忌・警告)が釣り合っているか、いわゆるフェアバランスは販売情報提供活動ガイドラインと適正広告基準の核心だ。あわせて、主張の出典が明示され検証可能かを点検する。
プロンプト⑥ フェアバランス点検: 「有効性に関する記述と安全性に関する記述を別々に列挙し、分量・視覚的な目立ち度・配置を対比せよ。有効性が前面・大きく、安全性が脚注・小さい場合はフェアバランス欠落の候補とする。重大な副作用・禁忌・警告の欠落も指摘せよ。」
プロンプト⑦ 出典・引用の整合: 「全ての主張・数値・図表について、出典が明示されているか、出典と主張が一致しているか(出典が言っていないことを言っていないか)を点検せよ。出典なしの定量主張、二次引用、未公表データの使用、利益相反の未開示を候補として挙げよ。AIは出典の内容を推測で補完しない。」
| 検出類型 | 主たる規範 | AIが拾うシグナル |
|---|---|---|
| 誇大表現 | 薬機法§66/適正広告基準 | 最上級・断定・絶対安全の含意 |
| 未承認・適応外 | 薬機法§68 | 添付文書範囲外の効能・用法、承認前品目の訴求 |
| フェアバランス欠落 | 販提G/適正広告基準 | 有効性偏重、副作用・禁忌の過小提示 |
| 出典不備 | 販提G/製薬協コード | 出典なし数値、二次引用、出典と主張の不一致 |
06プロンプト⑧〜⑩ 横断チェックと差分レビュー
個別類型の後に、横断的なプロンプトを3本かける。資材全体の整合、改訂版の差分、そして自己点検である。
プロンプト⑧ ターゲット適合: 「この資材の想定読者(医療従事者向け/一般向け)を判定し、表現水準がそれに適合するか点検せよ。一般向けに未承認・処方箋医薬品の効能を訴求していないか、医療従事者向けに過度に平易化した断定がないかを候補として挙げよ。」
プロンプト⑨ 改訂差分の規制影響: 「旧版と新版を与える。変更箇所のみを抽出し、各変更が新たな規制リスク(誇大化・適応拡大・安全性記述の削減)を生んでいないか判定せよ。安全性情報の削除・縮小は全て候補とせよ。」
プロンプト⑩ AIの自己点検: 「直前のあなたの出力を再点検せよ。①文中に根拠のない指摘、②創作した条文番号や統計値、③確信度を過大に付けた項目があれば撤回し、理由を述べよ。撤回後の確定リストのみ最終出力とせよ。」
⑩の自己点検は、生成と評価を同じ文脈で行う弱点(自己承認)を完全には消せない。だからこそ最終ゲートは人間が担う。AIの自己点検は補助でしかない。
07ハルシネーション対策 ── 出力を信じない設計
言語モデルは、もっともらしい条文番号・統計値・出典を平然と捏造する。これを前提に、出力を構造的に疑う仕掛けを入れる。
- 原文引用の強制: 全ての指摘に資材の原文(verbatim)を必ず引かせる。原文を引けない指摘は幻覚の疑いが濃い。
- 条文番号の照合義務: AIが挙げた§番号は人間が逐条で確認するまで信用しない。§66/§68/§68の2の取り違えは特に頻発する。
- 外部知識の遮断: 添付文書・承認情報・出典PDFはプロンプトに人間が貼り付け、AIの記憶に頼らせない。「提供がなければ要人間確認と書け」を徹底する。
- 確信度の明示: 高中低の確信度を必ず付させ、低・中は全て人間がレビューする。高でも抜き取り確認する。
- 温度を下げる: 創造性は不要なので、生成パラメータは決定的寄り(低温)に。
08SOP化 ── 運用手順とレビュー記録
プロンプト集は、使う手順と記録の型がそろって初めてSOPになる。一次スクリーニングをゲートCのQC工程に組み込む手順を示す。第2回のライフサイクル設計(準備中)で定めた10フェーズのうち、QC段階の先頭に配置する。
| 手順 | 担当 | 記録項目 |
|---|---|---|
| 1. 土台ブロック+対象資材を投入 | 制作QC | 使用プロンプト版・モデル名・日時 |
| 2. プロンプト①〜⑩を順に実行 | 制作QC | 各出力(原文引用付き) |
| 3. 候補を確信度で振り分け | 制作QC | 候補一覧・確信度 |
| 4. 各候補を一次資料で確認 | 規制/薬事 | 確認結果・採否・根拠条文 |
| 5. 資材修正と再スクリーニング | 制作→QC | 修正diff・再実行ログ |
| 6. 人間の最終判定を記録 | 薬事 | 承認/差戻し・署名・日付 |
記録は監査とトレーサビリティのために残す。第10回のトレーサビリティ(準備中)で扱う「誰が・いつ・何を根拠に判断したか」の連鎖に、AIスクリーニングのログも組み込む。AIに通したことを免責の理由にしてはいけない。記録が示すのは「AIが候補を挙げ、人間が一次資料で判定した」という事実だけだ。
AIが「問題なし」と言ったので、人間確認を省いて校了した。
AIが候補ゼロでも、高リスク資材は人間が一次資料で抜き取り確認。AI出力は記録に残すが判定根拠にはしない。
- AIは判定者でなく検出器。問いは「違反か」でなく「疑わしい箇所と該当規定と根拠を列挙せよ」。最終判定は人間が一次資料で下す。
- 4類型(誇大§66/未承認§68/フェアバランス欠落/出典不備)に対応した土台ブロック+10プロンプトを固定運用し、条文番号の取り違え(§66/§68/§68の2)は人間が逐条確認する。
- ハルシネーション前提で、原文引用の強制・外部知識の遮断・確信度明示を設計に組み込み、プロンプト・出力・人間の処置を全て記録してトレーサビリティに接続する。
- 厚生労働省『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)』(§66誇大広告/§68未承認広告/§68の2情報提供の努力義務の逐条).
- 厚生労働省『医薬品等適正広告基準』(平成29年改正、フェアバランス・誇大表現の判断基準).
- 厚生労働省『医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン』(2018, 出典明示・適応外情報の取扱い).
- 日本製薬工業協会『製薬協コード・オブ・プラクティス』(最新版、情報提供の倫理原則).
- 日本製薬工業協会『医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領』(資材作成の具体規範).
- 薬事法規研究会編『やさしい薬事法』じほう, 最新版. (薬機法広告規制の実務解説).
- ISO 9001 / 翻訳・品質マネジメント実務書(プロンプトのSOP化・レビュー記録設計の参考).