人の力を一本の線で測ると、中身がまるで違う二人が同じ「中ぐらい」に押し込められる。そこに「広さ」と「深さ」の二方向の線を引いた瞬間、二人は別々の場所に立って見分けがつく。この回は、各分野の中身の話ではない。測り方そのものの話だ。ものさし・読み値・ズレ。この三つの言葉を、最後まで取り違えずに使い分けていく。

なぜ一本の物差しでは足りないのか

「あの人は分かっている」「あの人はまだ甘い」。職場でよく使うこの言い方は、できる人とできない人を一本の線でつないで、その上に全員を並べている。線の上では、誰もが「初級・中級・上級」のどこかに置かれる。困るのは、中身がまるで違う二人が、同じ「中級」の場所に重なってしまうことだ。

知識を例にしよう。一つの分野の決まりごとを、なぜそのルールがあるのかという根っこまで深く語れるけれど、他の分野とつなげるのは苦手な人がいる。逆に、たくさんの事例を丸暗記しているけれど、共通する原理にまとめられない人もいる。前者は深いが狭い。後者は広いが浅い。一本の線では、どちらも「あと一歩の中級」にまとめられてしまう。

けれど、二人に渡すべきものは正反対だ。深いが狭い人には「幅」を、広いが浅い人には「原理」を渡さないといけない。ここを取り違えると、もう足りているものをさらに足す、という的外れな指導になる。健康診断でたとえれば、貧血の人に「もっと運動を」と言うようなものだ。診断を間違えれば、処方も外れる。

視野×抽象度 ── 二軸で引き直す

そこで線を二本立てる。横の線は視野、つまり理解の「広さ」だ。決まり・医学・統計といった別々の分野を、どれだけ横につなげられるか。扱える場面がどこまで広いか。縦の線は抽象度、つまり理解の「深さ」だ。ルールの文字づらだけを覚えているのか、それとも「なぜそのルールがあるのか」という根っこから組み立て直せるのか。

料理にたとえると分かりやすい。レシピの分量を暗記している(浅い)のと、「なぜ砂糖を先に入れるのか」を分かっていて応用が利く(深い)のは別の話だ。そして和食しか作れない(狭い)のと、洋食も中華も作れる(広い)のも別の話。この二つは別々の軸で、別々に測るべきものだ。

横と縦、二本の線で平面を四つのマスに割ると、一本の線では重なっていた二人が、別々のマスに分かれて立つ。

各分野の力を「視野(理解の広さ)×抽象度(理解の深さ)」の四つのマスで捉え直す。ものさし(L1〜L4の目盛り)は、この二本の座標で位置を決め、出発点のL1から到達点のL4へ向かう「斜めの一本」として描く。

四象限の読み方 ── 対角線が本質、両翼が罠

四つのマスは、こう読む。知識の分野を例に、それぞれの場所に名前をつけてみよう。

マスの位置広さ×深さ呼び名どんな状態か
左下浅い × 狭いその場だけ(L1)一つのルールを文字どおり、その案件にだけ当てはめる出発点
左上深い × 狭い原理にかたよる一つの分野の根っこは深いが、幅が狭く、他とのつながりが見えない片足
右下浅い × 広い事例の丸暗記たくさん覚えているが原理にまとめられず、初めての案件に応用できない片足
右上深い × 広い体系を組み直す(L4)仕組みを根っこから組み立て直し、分野を越えて共通の基準を作る到達点

左下(L1)から右上(L4)へ向かう斜めの一本(対角線)が、その分野で力が伸びていく本道だ。L1とL4の違いは、ただ一つ。広さと深さが「同時に」伸びたかどうか、それだけだ。だから、この斜めの線の上で増えていくものこそ、その分野が本当に測りたい当のものになる。知識でいえば、分野を横断しながら根っこの原理でつなぐ力、ということになる。

左上(原理にかたよる)と右下(事例の丸暗記)は、片足だけが伸びた未完成だ。一本の線に並べてしまうと、どちらも「中級」にまとめられて消えてしまう。二本の軸にして初めて、「深いが狭い」のか「広いが浅い」のかが、別の病気として診断できる。

左上と右下の二つのマスは、一本の線(L1〜L4)では「中級者」にまとめられて見えなくなる、片足だけの未完成型。二本の軸にして初めて、両者が別物として診断できる。

尺度・水準・乖離 ── 三つを混ぜない

四つのマスが「どっちに伸びるか」の地図だとすれば、次に要るのは「いま、自分はどこにいるか」を読む手続きだ。ここで三つの言葉を、きっちり分ける。体温計でたとえよう。温度計に刻まれた目盛りが尺度、「37℃」という読みが水準、二本の体温計で測って出た読みの違いが乖離にあたる。同じものを測っても、道具・読み・読みの差は別の話、ということだ。

尺度(ものさし)

L1〜L4の目盛りそのもの。各項目に決められた「ものさし」で、広さ×深さの座標で各段階を定義する。順番は付くが間隔は同じではない(L1

水準(読み値)

そのものさしで読み取った値。人ごと・項目ごとの「いまの位置」。自分で読めば自己評価、上司など他人が読めば他者評価になる。実力の本当の位置を知りたいときは、他人・客観の側を「正解の代わり」として扱う。

乖離(ズレ)

自己評価 − 他者評価(プラスマイナス付き)。自分が自分をどれだけ正しく見えているか、という自己認識の正確さを表す。実力そのものではない。プラスなら自分を買いかぶり、マイナスなら自分を低く見すぎている、という意味だ。

前のバージョンでは、目盛りのことを「測定水準」と呼んでいたが、これは誤りだった。目盛り(尺度)と読み値(水準)は別物だ。今回そこを直した。ここを混ぜると、「ものさしが粗いのか」「その人の位置が低いのか」「自己認識がズレているのか」を切り分けられなくなる。原因が分からなければ手の打ちようがない。

校正とアンカー ── 共通基準はどう生まれるか

ものさしは、配ったその日から共通の基準になるわけではない。同じ「L3」でも、審査担当Aさんの頭の中のL3と、Bさんの頭の中のL3がずれていたら、読み値は人によって動いてしまう。ゴムでできた定規では、長さが測れないのと同じだ。

このゴムを固めるのがアンカー(お手本)だ。各レベルに対応する実物の資材サンプル ──「これがL1の見え方」「これがL3」── を担当者どうしで突き合わせ、読みをそろえる。スポーツの審判が試合前に「これがファウル、これはセーフ」と基準合わせをするのと同じ理屈だ。この合わせ込み(校正)を経て初めて、ものさしは人が替わっても同じ値を返す道具になる。

ものさし(尺度)はあくまでたたき台。使う前に、担当者どうしでお手本となる実物サンプル(各レベルの実資材)を突き合わせて、目盛りを合わせる(校正する)ことを前提にする。お手本が合わさって初めて、これは国や部門を越えた「共通基準」になる。

つまり順番はこうだ。まず四つのマスで伸びる方向を決め、ものさしで目盛りを刻み、お手本で目盛りを合わせ、そのうえで読み値を読み、自分と他人の差でズレを測る。この順番を踏まないと、評価はまた一人ひとりの言い分のぶつかり合いに戻ってしまう。

コンピテンシー・フレームワーク ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 本質の問い ── 認識のズレを誰が見抜き、押し戻し、定着させるか ── シリーズ序論。本質的な問いと3つの役割・8次元の全体地図、各次元の読み方(本質/四象限/尺度)を、専門用語を日常語に置き換えて概観する。
  2. 第 2 回 (本回): 二軸で人を見る ── 視野×抽象度の四象限と、尺度・水準・乖離 ── 人の力を「広さ」と「深さ」の二方向で見る地図と、ものさし・読み値・ズレを分けて測る基本。
  3. 第 3 回: 知識 ── 量ではなく「接続網」の密度 ── 資材の審査でいう「知識がある人」を、覚えた事実の多さではなく、ひとつの表現から規制・医学・統計の論点が一度につながる「頭の中の連想ネットワーク」の濃さとして捉え直す。新薬どうしを比べた資材を例に、初心者(L1)から組織の基準づくり(L4)までの差を見ていく。
  4. 第 4 回: インテリジェンス ── 形式を透視し、実態で外挿する ── 知識を「当てはめる」のではなく「のばす」力。ラベル(肩書きや名目)を外し、原則から考えて中身を見抜く。その力をL1〜L4の4段階と、視野×深さの4つのタイプで測る。
  5. 第 5 回: リスク検知力 ── 書かれていないものを読む ── 「書いてないこと」と「それとなく匂わせていること」を、読んだ人の頭の中を想像して捕まえる。観る力でいちばん難しい部分と、「頭でっかち」の落とし穴。
  6. 第 6 回: 第六感 ── 言語化に先立つ警報 ── 理由をうまく言葉にできる前に「なんか引っかかる」と鳴る、心の警報。その値打ちは速さと、最初に「ここを注意して見ろ」と旗を立てること。ただし旗を立てただけで結論にはせず、必ず後で確かめる。
  7. 第 7 回: 伝達力 ── 届かない正しさは、存在しない正しさ ── 伝達力=自分の判断を、相手が分かる言葉に置きかえて渡す「翻訳」。事実をそのまま渡すL1から、誰にでも通じる共通の言葉を作るL4まで、「相手の幅」と「言いかえの度合い」の二つで読む。
  8. 第 8 回: 行動変容誘因力 ── 内発で、誰も見ていなくても ── 指示で従わせるのではなく、誰も見ていなくても次から自分で正しく作ってもらう力。「言われたから直す」段階(L1)から「直さないのが当たり前」という空気が職場に根づく段階(L4)まで、相手が自分からやる気になっているかを軸に読み解く。
  9. 第 9 回: 関係構築力 ── 敵でも仲間でもない、信頼される第三者 ── 相手と距離を取りながら(独立性)、同時に信頼もされる。これを両立させる第7の力。仲良くなりすぎても、ケンカ腰でも失敗する。「厳しいけど公正」へ向かう斜めの道が正解。
  10. 第 10 回 (最終回): 信頼密度 ── 効かせる媒質、そして8次元の統合へ ── 同じ指摘でも「誰が言うか」で通り方が変わる。その差は頭の良さではなく、その人がこれまでに積み上げてきた信頼の濃さだ。言うことがぶれない・判断が読める・強い相手にも曲げない、この3つが時間をかけて固まった、お金で今すぐ買えない財産。最終回は8つの力を1枚の絵にまとめ、次のシリーズへつなぐ。
結語

これで測り方の骨組みがそろった。四つのマスは伸びる方向を決め、斜めの一本がその分野の本質をあらわにする。ものさし・読み値・ズレは別物で、混ぜれば、ものさしの粗さも、人の位置も、自己認識のズレも切り分けられなくなる。お手本を合わせて初めて、評価は言い分のぶつかり合いから共通の基準に変わる。

第3回からは、八つの分野を一つずつ歩いていく。そのとき毎回、左下から右上への斜めの線の上で「何が増えているか」を問い続けてほしい。それこそが、その分野が測っている当のものだ。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 一本線では片足が消える。深いが狭い人と広いが浅い人は、一本の線(L1〜L4)だと同じ「中級」にまとめられる。広さ×深さの二本の軸にして初めて、別の病気として診断できる。
  2. 斜めの一本が本質を測る。左下(L1)から右上(L4)へ広さと深さが同時に伸びる斜めの線の上で「増えるもの」こそ、その分野が測っている当のもの。左上・右下は片足だけの罠。
  3. ものさし・読み値・ズレを混ぜない。ものさしは目盛り、読み値は今の位置、ズレは自分と他人の評価の差(自己認識の正確さ)。お手本を合わせて初めて、部門・国を越えた共通基準になる。
出典・参考文献
  1. McClelland, D. C. Testing for Competence Rather Than for "Intelligence". American Psychologist, 1973. (能力を成果と結ぶ行動基準で測るという発想の出発点)
  2. Boyatzis, R. E. The Competent Manager. Wiley, 1982. (コンピテンシーを観察可能な行動として定義する枠組み)
  3. Spencer, L. M. & Spencer, S. M. Competence at Work. Wiley, 1993. (行動指標による段階評価=本稿のL1-L4尺度の方法論的下地)
  4. Dreyfus, S. E. & Dreyfus, H. L. A Five-Stage Model of the Mental Activities Involved in Directed Skill Acquisition. 1980. (初級から熟達へ段階を上る技能習得モデル。対角線の発想に通じる)
  5. Kahneman, D. & Klein, G. Conditions for Intuitive Expertise: A Failure to Disagree. American Psychologist, 2009. (自己評価と真の能力の乖離=校正をめぐる議論)