01法は床であって天井ではない

薬機法§66(誇大広告の禁止)、§68(承認前医薬品の広告禁止)、§68の2(情報提供の努力義務)、医薬品等適正広告基準、販売情報提供活動ガイドライン。これらは資材が満たすべき最低ラインである。だが最低ラインを満たすことと、自社が世に出してよいと判断することは別物だ。多くの製薬企業は、法規制の上に自社固有の Code of Practice・各種ポリシー・SOP を積み上げている。社内審査が見ているのは、法ではなくこの上層である。

Vendor が「リーガルチェック済み」と言うとき、その射程は通常、法と公的基準までだ。自社の社内規範までは届かない ── 届きようがない。社内 Code of Practice は外部に開示されないことが多く、Vendor はその全文を知らないのが普通だからだ。だから法を満たした成果物がそのまま社内審査を通る保証はどこにもない。その差分を埋めるのは、社内規範を持っている発注者の仕事である。

原則: 法令適合は資材の出発点。自社が自分に課した基準まで引き上げて初めて、社内に上げられる状態になる。その引き上げは Vendor には外注できない。

02なぜ社内基準は法より厳しいのか

社内基準が法を上回るのは、過剰な慎重さではなく合理的な理由がある。第一に、法は「違反かどうか」の二値判定だが、企業のレピュテーションは連続量で毀損する。グレーゾーンに踏み込めば、行政指導に至らなくても、医療者の信頼や社内の通報リスクは積み上がる。第二に、過去の指摘・自主回収・業界の措置事例から学んだ「うちは二度とやらない」線が、社内規範には織り込まれている。第三に、グローバル企業では本社ポリシーや IFPMA コードが、国内法より厳しい統一基準を課す。

論点法・公的基準が定める線社内 Code が上乗せする線
比較表現適正広告基準の範囲内なら可他社品との直接比較は原則禁止(優越性の誤認回避)
患者・一般向け§68・疾患啓発の枠内で可製品想起を招くトーン・色調・キービジュアルを規定
データ引用出典明示があれば可査読付き・一定エビデンスレベル以上に限定、サブグループ単独訴求を制限
安全性情報添付文書整合があれば可有効性と安全性の記載分量バランスを数値基準で規定

つまり社内基準は「法的に言えるか」ではなく「自社として言うべきか」を問う。発注者はこの問いを Vendor 成果物に対して代行する立場にある。

03整合確認の対象 ── 三層を分けて見る

「社内基準との整合」と一括りにすると検証が雑になる。実務では三層を分けて当てる。

Vendor 成果物が触れやすいのは Code とポリシー層。SOP 層は主に発注者側のプロセス遵守の問題で、Vendor の制作物そのものより「いつ・どの版を・誰の承認で」発注したかに関わる。発注者はこの三層を別々のチェックリストで当てる。

04受領時の整合チェック ── 法チェックの後段に置く

第3回で扱った受領フロー(準備中)の検証ステップに、社内整合チェックを明示的な後段として組み込む。順序は「①法・公的基準 → ②社内 Code・ポリシー → ③SOP 手続」。法を満たさないものは社内整合を見るまでもなく差し戻すので、法チェックを先に置く。

  1. 表現層: 比較・最大級・断定表現が社内禁止語リストに触れていないか。患者向けトーン規定に適合するか。
  2. エビデンス層: 引用データが社内のエビデンスレベル基準を満たすか。サブグループ・探索的解析の単独訴求になっていないか。安全性記載の分量バランスが基準内か。
  3. チャネル層: 想定する配布チャネル(MR 手持ち/Web/SNS/患者向け)が、その資材種別に対し社内ポリシーで許可されているか。
  4. 手続層: 発注時の版・承認者・有効期限が SOP の様式どおり記録されているか。
NG

「リーガル OK と言われたので、そのまま資材審査に提出した」。社内 Code の比較表現禁止に触れ、審査委員会で差し戻し。発注者は社内基準の物差しを当てていなかった。

OK

受領後、法チェックを通過した上で社内 Code・プロモーション資材ポリシーの該当条項を逐条で照合。比較表現1点を Vendor に修正依頼し、修正版で資材審査へ。判定記録に照合結果を添付。

05判定テンプレート ── 社内整合の所見を残す

整合確認は「見た」だけでは責務を果たしたことにならない。第10回(準備中)で扱う文書化の前提として、受領段階で所見を構造化して残す。最小の判定様式は次の項目を持つ。

項目記録内容
資材ID・版受領した版数とVendor提出日
適用規範当てたCode/ポリシー/SOPの版とバージョン
照合結果条項単位で 適合/要修正/判断保留
差分の所在法は適合だが社内基準で要修正の箇所を明記
判定社内審査へ進める/Vendorへ差戻す/上位判断を仰ぐ
判定者・日付発注者の氏名と判定日

「法は適合だが社内基準で要修正」という欄を独立させるのが肝心だ。この欄が埋まる資材ほど、Vendor の「リーガル OK」を鵜呑みにしていたら漏れていた。差分を可視化することが、後の監査でも自社の判断履歴を説明する材料になる。

06社内規範は動く ── 版管理を整合確認に組み込む

Code of Practice もポリシーも SOP も改訂される。販提Gの運用見直し、製薬協コードの改定、本社ポリシーのアップデートが、社内規範に反映されて版が上がる。問題は、過去に「適合」と判定した資材が、規範改訂後に基準を満たさなくなるケースだ。

発注者は二つの版を常に意識する ── 資材の版当てた規範の版。判定記録に「どの版の Code で照合したか」を残しておけば、規範が改訂されたとき、再照合が必要な資材を版で特定できる。これは有効期限(エクスパイア)管理と一体で運用する。配布中の資材は、規範改訂をトリガーに棚卸しし、旧基準で通した資材を洗い直す。

原則: 「いつ適合と判定したか」だけでなく「どの版の基準で適合としたか」を残す。規範は動くので、適合は永続しない。

07Vendor に社内基準を渡せる範囲・渡せない範囲

社内整合の最終責任は発注者に残るが、上流で差分を減らす工夫はできる。発注仕様(ブリーフ)の段階で、Vendor に渡してよい社内基準は渡しておく。比較表現の禁止、引用データのエビデンスレベル要件、安全性記載の分量基準といった「制作に落とせるルール」は、ブリーフに明文化すれば手戻りが減る。これは姉妹連載「制作品質マネジメント」(/production-qm/)で扱う Vendor 側の品質作り込みと噛み合う。

一方、開示できない社内規範(競合戦略に関わる判断基準、本社の機微なポリシー条項)は Vendor に渡せない。この部分の照合は構造的に発注者しかできない。だから「ブリーフで渡した分は Vendor が作り込み、渡せない分は発注者が受領後に当てる」と役割を分けて設計する。どこまでを Vendor に任せ、どこからを自社で持つか ── この線引き自体が発注者の設計責任である。

08SOP からの逸脱を「例外」として管理する

現場では SOP どおりに運ばない事態が起きる。緊急の差し替え、規定外チャネルでの先行使用、承認フローの短縮。これらを「やむを得なかった」で流すと、SOP は形骸化する。発注者の責務は、逸脱を隠すことでも杓子定規に止めることでもなく、逸脱を例外として明示的に記録・承認することだ。

例外管理の記録があれば、監査時に「逸脱を認識した上で統制下に置いた」と説明できる。記録がなければ、同じ逸脱が「統制の欠落」と評価される。法令違反でなくても、社内統制の不在は発注者の責任問題になる。社内規範との整合は、平常時の照合だけでなく、逸脱時の例外処理まで含めて初めて回る。関連する広告基準・販提Gの線引きは医薬品等適正広告基準販売情報提供活動ガイドライン、業界規範は製薬協コードを併せて参照する。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 法令適合は床。自社の Code of Practice・ポリシー・SOP という上層まで引き上げて初めて社内に上げられる。Vendor の「リーガル OK」はこの上層をカバーしない。
  2. 整合確認は Code/ポリシー/SOP の三層を別チェックリストで当て、「法は適合だが社内基準で要修正」の差分を独立した欄で可視化して記録する。
  3. 社内規範は改訂される。資材の版と当てた規範の版の両方を残し、規範改訂をトリガーに配布中資材を棚卸しする。SOP からの逸脱は隠さず例外として記録・承認する。
出典·参考文献
  1. 厚生労働省『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』(薬機法 §66・§68・§68の2). (誇大広告・承認前広告・情報提供の努力義務の根拠条文)
  2. 厚生労働省『医薬品等適正広告基準』(平成29年9月29日付通知). (広告表現の公的下限)
  3. 厚生労働省『医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン』2018(2021改訂). (情報提供活動の手続・記録要件)
  4. 日本製薬工業協会『製薬協コード・オブ・プラクティス』. (業界自主規範、社内 Code の翻案元)
  5. IFPMA『Code of Practice』. (グローバル本社ポリシーの上位規範)
  6. 日本製薬工業協会『プロモーション用印刷物等の作成要領』. (資材作成・審査の実務基準)
  7. ISO 9001 / 医薬品 GVP・GQP 関連省令(逸脱管理・是正措置・文書管理の考え方). (例外管理・版管理の実務枠組み)