資材審査の仕事を「禁止された言葉を探すこと」と言い切ると、半分しか当たっていない。ここでいう資材とは、製薬会社が医師や患者に渡すパンフレットや説明資料のこと。本当に問われているのは、その資料が読み手の受け取り方を、どこで事実からズラすか、その地点を捕まえられるかだ。このシリーズは、その力を8つの部品に分け、それぞれを「どれだけ広く見るか(視野)」と「どれだけ深く見るか(抽象度)」の二本の線で測り直す設計図を読み解く。第1回は全体地図を渡す。
本質の問いから始める
資材審査の仕事を「禁止された言葉を探す作業」だと思うと、半分しか合っていない。やっかいなのは、その資料が読み手の受け取り方を、事実から少しずつズラしてしまう点にある。
製薬企業の情報は、医療者・患者の「認識」を事実からズラしうる。そのズレが生まれる地点を、誰が見抜き、押し戻し、組織の習慣として定着させ続けるのか。
言葉の照合だけなら、チェックリストで足りる。難しいのは、一文ずつは正しいのに、グラフの軸の取り方や矢印の向き、効き目の図のとなりに副作用の話が「書かれていない」こと——そうした見せ方が、読んだ医師の頭の中に、承認されていない使い方のイメージを作ってしまう場合だ。料理にたとえると、材料表示は一つひとつ正しいのに、盛り付けと照明で実物よりおいしそうに見える、あの感じに近い。ズレは紙の表面ではなく、読み手の頭の中にできる。だから「相手の頭の中を読み直す」という、点数では測りにくい力が要る。
3つの役割が能力をつなぐ
ズレに対して人がやることは三つ。気づく、直させる、根づかせる。サッカーにたとえると、ボールを奪い、前に運び、その得点を「チームの型」にして次も再現する、という三段階だ。フレームワーク(=能力を測る枠組み)の8つの次元(=能力の切り口)は、この三役の下にぶら下がる。
見抜く(気づく力)
ズレに気づく。知識・インテリジェンス・リスク検知力・第六感の4つ。書いてあることと、書いていないことの両方を読む。
押し戻す(直させる力)
気づいたズレを直してもらう。伝達力・行動変容誘因力・関係構築力の3つ。相手に届かない正しさは、ないのと同じ、という考えに立つ。
定着させる(土台)
信頼密度の1つ。気づく力を直させる力に変える、いわば"通りの良さ"。「誰が言うか」で指摘の効き目が変わる、その積み重ねを扱う。
気づいても直させられなければ、資料はそのまま世に出る。直させても根づかなければ、同じ違反が翌週また上がってくる。三役は数珠つなぎで、どこか一つが弱いと、そこから漏れる。
各次元は同じ6つの見方で読む
8つの次元は、すべて同じ型で説明される。本質(その次元が結局なにかを一文で射抜く)、定義、構成要素、理解の四象限、行動特性(強い人の見える行動)、尺度の6つだ。健康診断の検査項目が、どれも「基準値・測り方・結果の見方」という同じ書式でそろっているのと同じで、書式が同じだと比べやすい。第2回からはこの6点で一つずつ解いていく。なかでも設計の心臓は、四象限と尺度の二つだ。
視野×抽象度の四象限
四象限とは、二本の線でマスを4つに分けた見取り図のこと。ここでは横の線を「視野」、縦の線を「抽象度」にする。視野とは、どれだけ広い範囲を見渡せるかの幅。抽象度とは、表面の文言だけを見るか、その奥の狙い・原理まで見るかの深さだ。たとえば「知識」では、視野は法律・医学・統計をどれだけまたいでつなげられるか、抽象度は条文の字面で止まるか、その法律が何のために作られたかまで分かるか。地図にたとえると、視野は地図の縮尺(広く見るか)、抽象度は等高線まで読めるか(深く見るか)にあたる。二本の線を引くと、ふつうの一本ものさしでは見えない「片方だけ伸びた人」が浮かんでくる。
| 象限 | 視野 狭い | 視野 広い |
|---|---|---|
| 抽象度 高い | 原理偏重(深いが狭い)。一つの分野の狙いは深く分かるが、幅が狭く、ほかとのつながりが見えない | 体系再構成 L4(深くて広い)。原理から組み立て直し、分野をまたいで基準を作れる |
| 抽象度 低い | 局所適用 L1(浅くて狭い)。条文を字面どおり、その案件だけに当てる | 事例網羅(浅いが広い)。たくさん暗記しているが原理にできず、初めての案件に応用できない |
大事なところは対角線に出る。左下のL1(片方の軸しか伸びていない、または未発達)と、右上のL4(両方の軸がそろって伸びた状態)。この二つを分けている「増えた何か」こそ、その次元がほんとうに測っているものだ。左上(原理は深いが狭い)と右下(数は知っているが原理化できない)は、L1〜L4の一直線にすると「中くらいの人」とひとまとめにされて消えてしまう。二本の線にして初めて、両者が別々の"未完成の形"として見分けられる。
L1〜L4のものさしと、尺度・水準・乖離を分ける
尺度とは、L1からL4までの目盛り。同じ判定場面を、各段階の人がどう扱うかを並べたものさしだ。「知識」なら、非劣性試験(=新薬が既存薬に「負けていない」ことを示す試験)の結果を載せた比較資料を見せたとき、L1の人とL4の人で動きがどう違うか。学校のテストの採点基準にたとえると、同じ答案をレベル別にどう評価するか言葉で決めたルーブリックに近い。
| 観点 | L1 局所適用 | L2 連結 | L3 統合 | L4 体系化 |
|---|---|---|---|---|
| 非劣性の比較資料を見たときの動き | ガイドラインを開いてから「試験デザインを書かないとダメらしい」と気づく(点の知識) | 資料を見ずに「優越か非劣性かの別と、結果を正確に書け」と指摘できる(点が線になる) | 「これは誇大広告や保証表現の問題ともつながる。読み手の誤解を防ぐためだ」とつなげて語る(線が面になる) | 非劣性データ全般の社内ルールを自分で起草し、研修教材にする(面が立体になる) |
ここで三つの言葉を、はっきり分けておきたい。尺度はL1〜L4の目盛り(各次元に固定されたものさし)。水準は、そのものさしで読み取った値(人ごと・項目ごとの位置)。乖離は、自分の見立てと他人の見立ての差(プラスかマイナスかの符号つき)で、自分を正しく見られているか=ズレの大きさを示すだけで、実力そのものではない。体温計でたとえると、目盛りが尺度、「37℃」という読みが水準、二本の体温計の読みの差が乖離にあたる。自分の本当の位置を知るには、他人や客観的なデータを"正解の代わり"として使う。
尺度はたたき台、すり合わせて初めて基準になる
このL1〜L4は、まだ"たたき台"にすぎない。使い始める前に、審査する人どうしで「このレベルなら実際こういう資料だ」という見本(アンカー事案=各レベルに対応する実物サンプル)を持ち寄り、判定をそろえることが前提になっている。スポーツの審判が、試合前に「これはファウル、これはセーフ」と基準をすり合わせるのと同じだ。見本がそろって初めて、この目盛りは国や部署が違っても通じる「共通の基準」になる。第2回からは、自分の組織でこの見本を作るための材料として読んでほしい。
コンピテンシー・フレームワーク ── 全 10 回の地図
- 第 1 回 (本回): 本質の問い ── 認識のズレを誰が見抜き、押し戻し、定着させるか ── シリーズ序論。本質的な問いと3つの役割・8次元の全体地図、各次元の読み方(本質/四象限/尺度)を、専門用語を日常語に置き換えて概観する。
- 第 2 回: 二軸で人を見る ── 視野×抽象度の四象限と、尺度・水準・乖離 ── 人の力を「広さ」と「深さ」の二方向で見る地図と、ものさし・読み値・ズレを分けて測る基本。
- 第 3 回: 知識 ── 量ではなく「接続網」の密度 ── 資材の審査でいう「知識がある人」を、覚えた事実の多さではなく、ひとつの表現から規制・医学・統計の論点が一度につながる「頭の中の連想ネットワーク」の濃さとして捉え直す。新薬どうしを比べた資材を例に、初心者(L1)から組織の基準づくり(L4)までの差を見ていく。
- 第 4 回: インテリジェンス ── 形式を透視し、実態で外挿する ── 知識を「当てはめる」のではなく「のばす」力。ラベル(肩書きや名目)を外し、原則から考えて中身を見抜く。その力をL1〜L4の4段階と、視野×深さの4つのタイプで測る。
- 第 5 回: リスク検知力 ── 書かれていないものを読む ── 「書いてないこと」と「それとなく匂わせていること」を、読んだ人の頭の中を想像して捕まえる。観る力でいちばん難しい部分と、「頭でっかち」の落とし穴。
- 第 6 回: 第六感 ── 言語化に先立つ警報 ── 理由をうまく言葉にできる前に「なんか引っかかる」と鳴る、心の警報。その値打ちは速さと、最初に「ここを注意して見ろ」と旗を立てること。ただし旗を立てただけで結論にはせず、必ず後で確かめる。
- 第 7 回: 伝達力 ── 届かない正しさは、存在しない正しさ ── 伝達力=自分の判断を、相手が分かる言葉に置きかえて渡す「翻訳」。事実をそのまま渡すL1から、誰にでも通じる共通の言葉を作るL4まで、「相手の幅」と「言いかえの度合い」の二つで読む。
- 第 8 回: 行動変容誘因力 ── 内発で、誰も見ていなくても ── 指示で従わせるのではなく、誰も見ていなくても次から自分で正しく作ってもらう力。「言われたから直す」段階(L1)から「直さないのが当たり前」という空気が職場に根づく段階(L4)まで、相手が自分からやる気になっているかを軸に読み解く。
- 第 9 回: 関係構築力 ── 敵でも仲間でもない、信頼される第三者 ── 相手と距離を取りながら(独立性)、同時に信頼もされる。これを両立させる第7の力。仲良くなりすぎても、ケンカ腰でも失敗する。「厳しいけど公正」へ向かう斜めの道が正解。
- 第 10 回 (最終回): 信頼密度 ── 効かせる媒質、そして8次元の統合へ ── 同じ指摘でも「誰が言うか」で通り方が変わる。その差は頭の良さではなく、その人がこれまでに積み上げてきた信頼の濃さだ。言うことがぶれない・判断が読める・強い相手にも曲げない、この3つが時間をかけて固まった、お金で今すぐ買えない財産。最終回は8つの力を1枚の絵にまとめ、次のシリーズへつなぐ。
このシリーズは、資材審査を「禁止語を探す作業」から、「読み手の受け取り方のズレに気づき、直させ、根づかせる」ひとつながりの力としてとらえ直す。8つの次元はその力の分解図、四象限は片方だけ伸びた未完成の形を見えるようにする診断道具、L1〜L4の尺度は同じ場面を段階で測る目盛りだ。
次回からは各次元を一つずつ、本質・四象限・行動特性・尺度の順で解いていく。読みながら、自分の組織の実物資料がどのレベルの見本になるかを考えてほしい。判定のすり合わせ(校正)こそ、この設計図を共通の基準に変える最後の一手だ。
- 大事さは対角線に出る。L1とL4を分ける「増えた何か」が、その次元のほんとうに測っているもの。左上(深いが狭い)と右下(広いが浅い)は、二本の線にして初めて別物として見分けられる。
- 三役は数珠つなぎ。気づく・直させる・根づかせるのどれか一つが弱いと、そこから漏れる。相手に届かない正しさは、ないのと同じ。
- 尺度・水準・乖離を混ぜない。尺度はL1〜L4の目盛り、水準は読み取った値、乖離は自分と他人の見立ての差(ズレの大きさで、実力ではない)。
- McClelland, D.C. Testing for Competence Rather Than for Intelligence. American Psychologist, 1973. (適性検査でなく実務の行動でコンピテンシーを測る発想の起点)
- Boyatzis, R.E. The Competent Manager. Wiley, 1982. (観察可能な行動特性として能力を定義する枠組み)
- Spencer, L.M. & Spencer, S.M. Competence at Work. Wiley, 1993. (行動指標と習熟レベルでコンピテンシーを段階化する手法)
- Dreyfus, S.E. & Dreyfus, H.L. A Five-Stage Model of the Mental Activities Involved in Directed Skill Acquisition. 1980. (初心者から熟達者への技能習得段階。L1〜L4の理論的背景)
- Miller, G.E. The Assessment of Clinical Skills/Competence/Performance. Academic Medicine, 1990. (knows〜doesの能力ピラミッド。行動で測る発想の臨床版)