資材を一人で任せてよいか。八つの力を測って平均点で決めると、訴求のうまさが出典の穴を覆い隠す。平均ではなく、絶対に割ってはいけない一本の床で合否を引く。その床がなぜ要るのかを、実際の逸脱事例からたどる。

空港の検査と同じ ── 平均では通さない

空港の手荷物検査を思い浮かべてほしい。荷物が美しく整理されていても、刃物が一本入っていれば通れない。「整理整頓は満点、刃物は一本だけ」を平均して合格にはしない。危ない一点があれば、他がどれだけ良くても止める。これが「非代償ゲート」という考え方だ。非代償とは「他の長所で埋め合わせ(代償)できない」という意味。代償=他の良さで穴を補うこと、と覚えておけばいい。

資材(医師や患者に渡す説明資料)を一人で作らせてよいかを決めるとき、私たちはつい全部の力を点数にして平均したくなる。デザインが上手、説明が分かりやすい、提出が速い。そうした長所を足して割れば、見栄えのいい総合点が出る。だがその平均の中に、たった一つの危険──事実を出典からズラす癖──が紛れていると、平均は逆にそれを隠してしまう。

料理人の試食 ── うまさと安全は別の物差し

料理人を雇うとき、味が抜群でも、生肉と調理済みを同じまな板で扱う人は採れない。味(うまさ)と衛生(安全)は別の物差しで、衛生は味で埋められない。資材づくりも同じで、「伝わりやすさ(到達)」と「事実への忠実さ(接地)」は別の軸だ。接地とは、書いてある主張が必ず元の出典(臨床試験の結果や添付文書)に戻って確かめられること。到達とは、それが読み手に正しく伝わるよう設計する力。

この二つを掛け合わせると四つの型ができる。下の表が、なぜ平均で決めてはいけないかを一目で示す。

事実への忠実さ(接地)伝える設計力(到達)どう見えるか
危ない素人下手で、しかも事実もずれる。すぐ分かる
正しいが届かない固いが安全。教育で伸ばせる
危ない売り込み説得力があるのに事実がずれる。最も危険
本道正しくて、しかも伝わる。任せられる

怖いのは左下ではなく、右下の「危ない売り込み」だ。下手な人の誤りは読み手も気づく。だが説明のうまい人が事実をズラすと、うまさそのものが誤認を本物らしく見せてしまう。平均点では、この右下が高得点に化けてしまう。

報告された実例 ── 局所で床が割れる

厚労省の監視事業報告書には、社名を伏せた形で、作り手の逸脱が並んでいる。読むと、多くが「全体は正しいのに、ここだけ」という形をしている。たとえば、製品情報概要(正式な紹介資料)ではグラフの縦軸が正常なのに、説明スライドだけ縦軸の一部を引き伸ばして、薬の差を大きく見せた事例。別の事例では、生存曲線の縦軸を本来0.8から始めるべきところ0から始め、二つの薬に差がないように見せた。全部を改ざんしたのではない。たった一枚のスライド、たった一本の軸である。

この「ここだけ」が曲者だ。本人は全体を正しく作っているから、自分が嘘をついている自覚がない。これを局所合理化と呼ぶ。「1スライドだけ」「今回だけ」「ここだけ強調」。床は、全体の平均で割れるのではなく、こうした局所の一点で割れる。だから平均で見ていると、割れた床そのものが見えなくなる。

床は平均では割れない。たった一点の局所で割れる。だから平均ではなく、最も弱い一点で測る。

実例から心理、そして止める力へ

なぜ普通の作り手が床を割るのか。背後には決まった心理の回路がある。下の表で、報告された実例と、その奥で働く心理、そして本来それを止めるべき力を並べる。断罪のためではない。作り手が自分の中の同じ回路に気づけるようにするためだ。

報告された逸脱奥で働く心理止めるべき力
説明スライドだけ縦軸を拡大して差を強調局所合理化(ここだけなら)自己審査力(出す前に自分で疑う)
主要評価項目は示さず、有意差の出た副次項目だけ説明不作為の罪(語らないだけ)釣り合い設計力(主役を先に置く)
差がないのに「差が出ている」、指摘され「教授も問題ないと」責任の外部化(権威に逃がす)出典接地力(出典に戻って確かめる)
9例(4対5)で統計解析もないグラフで効果を主張動機づけられた推論(売りたい結論が先)誤認予測力(読み手の早とちりを先読み)

どの逸脱も、平均点では沈んでしまう一点だ。9例だけのグラフを出す人が、他の資料を見栄え良く作っていれば、総合点は高く出る。だが「出典に戻れるか」という床は、この一点で割れている。私たちが見るべきは、その人の最高点ではなく、最も弱い床のところだ。

だから床で引く ── 必要条件と卓越を分ける

運転免許を思い出してほしい。車庫入れが芸術的でも、赤信号で止まれない人には免許を出さない。「止まれること」は腕前(卓越)ではなく、運転してよいかの最低条件(必要条件)だ。資材づくりの独り立ちも同じ構造で考える。「出典に戻れること(接地)」は卓越ではなく、一人で任せてよいかの床である。

だから合否は二段で考える。第一段は床=必要条件。出典に戻れるか、局所でも事実をズラさないか。ここが割れていれば、他がどれだけ優れていても独り立ちは認めない。第二段が総合点=卓越。床を越えた人の中で、伝える設計力や訴求の質を見て、どこまで難しい案件を任せるかを決める。順番を逆にして、卓越を先に平均すると、右下の「危ない売り込み」を高く評価してしまう。床が先、平均は後。これが本シリーズを貫く一本の原則だ。

一人で任せられる作成者の見分け方 ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回 (本回): 一人で任せていい作成者の見分け方 ── うまさの平均では決めない ── 独り立ちの可否は8つの力の平均点ではなく、出典に戻れるかという床で決める。
  2. 第 2 回: 事実をズラす作成は、地味な失敗よりずっと重い ── 見栄えの悪い正しい資材より、説得力のある誤認を生む資材のほうが、害がはるかに大きい。
  3. 第 3 回: 表現が巧みな人ほど、誤認を生んでも気づかれない ── 巧みな見せ方は誤認をもっともらしく覆い隠す。だから巧い作り手ほど審査の目をすり抜けやすい。
  4. 第 4 回: どれか一つでもだめなら不合格 ── 訴求力で穴は埋められない ── 独立して資材を作らせてよい水準は、得点の平均ではなく「どれか一つでも欠けたら不合格」という床で決める。訴求のうまさで出典の穴は埋められない。
  5. 第 5 回: 「出典に戻れるか」だけは特に高く求める ── 出典に戻れることは、訴求のうまさで埋められない絶対の床。ここだけは妥協しない。
  6. 第 6 回: きれいに作れることと、正しく作れることは違う ── 見た目の完成度と、出典への忠実さは別の力。きれいさで正しさを判定すると、最も危険な誤りを見逃す。
  7. 第 7 回: 「自分の資料は問題ない」と思い込む人は任せられない ── 自己評価と実力の差(乖離)を、訴求力とは別の独立した門として測る回。
  8. 第 8 回: 四つの関門 ── 下書き→自己審査→出典照合→釣り合い確認 ── 資材を一人で出せる人かどうかを、四つの関門を順に通れるかで見分ける。
  9. 第 9 回: 同じ基準で三人を見る ── 売り上手・正確職人・地味だが信頼できる人 ── 三つの典型を同じ床(出典に戻れるか)で並べ、平均点でなく非代償ゲートで合否を分ける物語。
  10. 第 10 回 (最終回): 合否を決める人の責任 ── お手本をそろえ、最後は人が決める ── 合否を決める人は、基準を言葉だけでなく実物のお手本でそろえ、機械任せにせず最後は自分の名前で判断する。
結語

一人で任せてよいかは、八つの力の平均では決めない。平均は、訴求のうまさで出典の穴を覆い隠してしまうからだ。見るべきは最高点ではなく、最も弱い床──出典に戻れるか、局所でも事実をズラさないか。床が割れていれば、他がどれだけ優れていても独り立ちは保留する。床が先、平均は後。この順番だけは、どの作り手にも、自分自身にも、同じように当てる。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 平均で決めない.八つの力を足して割ると、訴求のうまさが出典の穴を覆い隠す。独り立ちの可否は平均点ではなく、絶対に割ってはいけない床で引く。
  2. 最も危険は「高設計×低忠実」.下手な誤りは読み手も気づくが、説明のうまい人が事実をズラすと、うまさが誤認を本物らしく見せる。これを止める床が要る。
  3. 床は局所で割れる.「ここだけ」「1スライドだけ」という局所合理化が床を割る。全体の平均では見えないので、最も弱い一点で測る。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
  2. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 主要評価項目・安全性情報の公正な提供の考え方。
  3. 日本製薬工業協会. 製薬協コード・オブ・プラクティス. 情報提供の正確性・公平性・バランスの原則。
  4. Lievens, F. & Sackett, P. R. Situational, patterned behavior description, and conventional structured interview questions. 非代償的評価(必要条件と総合点の分離)の方法論的背景。