審査台に向かっていた頃、私は一枚の販促資材を「通すか、戻すか」だけで見ていた。表現が薬機法第 66 条に触れるか、適正広告基準の線を越えるか。白か黒か。その判定に迷いはなかったし、迷わないことを誇ってもいた。いま、社長室の窓から同じ資材の流れを見下ろして、ようやく分かる。あの頃の私が握っていた地図は、世界の半分しか描いていなかった。残りの半分——なぜその資材が、その締切で、その熱量で作られたのか——を、私は一度も見ようとしなかった。
審査台の上では、半分しか見えていなかった
資材審査部門にいた七年、私は年に四千二百件を捌いた。一枚の効能効果の表現、一本のグラフの軸の取り方、一語の最上級。規範に触れるか、触れないか。私の正義は、その一点で完結していた。資材が「なぜ」存在するのかは、私の管轄ではなかった。むしろ、それを問わないことが審査の中立だと教えられ、私もそう信じていた。
戻した資材には、必ず作り手がいた。上市九十日前のブランドマネージャー、競合に三か月先行された営業部、データは手元にあるのに言葉にできずにいるメディカル。私はその顔を見なかった。見ないことが審査の独立性だと信じていた。だが独立とは、世界の半分を見ないことの、別の名前でもあった。
白黒の、心地よさ
白黒は速い。そして速さは、正しさによく似ている。一日に十数件を裁き、夕方には机がきれいに片づく。あの達成感を、私は長いあいだ正義と取り違えていた。半分しか見ていないから速かったのだ、とは思いもしなかった。
経営の座から見える、もう半分
社長の椅子に座ると、戻された資材の向こう側が見える。そこには、審査台からは決して見えなかった四つの圧力があった。どれも「なぜその資材が必要だったのか」の答えであり、どれも私がかつて黙殺していた事情だ。
時間の圧力
特許切れまで十八か月。上市が一四半期遅れれば、独占期間はその分だけ削れる。資材の差し戻し一回は、現場では「また二週間」と数えられる。私はその二週間を、ただの再提出としか見ていなかった。
市場の圧力
同じ適応症に競合は三社。MR が手ぶらで医師の前に立つ日が続けば、処方の初速で負ける。資材は武器であり、武器のない四百人の営業は、黙って引き下がるしかない。
数字の主君
売上目標は積み上げで決まり、未達は人の評価と次の研究投資を同時に削る。経営という主君は、数字でしか満足も不満も表現しない。沈黙した数字は、誰かの昇進と誰かの研究を奪っていく。
投資の論理
一つの新薬に投じた十年と巨額の研究費は、上市後のわずか数年で回収するしかない。回収の速度が、次のパイプラインの体力を決める。審査台の上の私は、この時計の針の音を一度も聞いていなかった。
各部門には、それぞれの正義がある
窓の下に部門が並ぶ。営業、マーケティング、メディカル、そしてかつて私がいた資材審査。どの部門も、自分の正義を持っている。そして、どの正義も半分だ。半分であることに気づかないまま、自分の半分を守るほど、見えなくなるもう半分がある。
| 部門 | その部門が守る正義 | その正義が見落とす半分 |
|---|---|---|
| 営業 | 患者に薬を届ける速度 | 速度を急ぐほど、表現は規範の縁に寄っていく |
| マーケティング | 価値を正しく、そして強く伝える | 「強く」と「正しく」が静かに衝突する地点 |
| メディカル | 科学的誠実さとデータの節度 | その節度が、現場から言葉を奪うこともある |
| 資材審査 | 規範の番人としての一貫性 | なぜその資材が要るのか、という事情のすべて |
| 経営(私) | 産業の存続と社会の信頼の両立 | どれか一つに肩入れした瞬間に生まれる偏り |
正義の総和は、全体ではない。半分の正義を五つ足しても、二倍半の正義になるだけで、見落としは消えない。むしろ、それぞれが正しいと信じている分だけ、谷は深くなる。私の仕事は、どれかの半分を勝たせることではなく、半分どうしが互いの欠けを補う角度を探すことだった。
かつての椅子に、半分のままの私が座っている
いまの資材審査部門長は、私が七年座っていた椅子に座っている。差し戻し率八パーセント、判定の速さ、規範への忠実さ。月次の報告を聞くたび、既視感で胸が詰まる。彼が握っている地図も、半分だ。そして——ここが難しい——その半分が、彼の強さでもある。
番人に「市場も見ろ」と言った瞬間、番人は番人でなくなる。半分しか見ない頑なさこそが、彼を買収不能にしている。
残りの半分を見せたい。だが見せれば、彼の正義は揺らぐ。経営の事情を理解した審査員は、いつしか忖度を覚える。私が守りたいのは、彼の半分の盲目さの、その芯にある純度だ。二人の主君に仕えるとは、片方の主君の論理を、もう片方の番人に翻訳して渡しながら、番人の目だけは曇らせないこと。これは精神論ではなく、設計の問題だ。
だから私は、彼に「経営を理解せよ」とは言わない。代わりに、上市判断の会議に彼を「制約の通訳」として呼ぶ。彼は規範の言葉で語り、私がそれを経営の言葉に訳す。半分と半分を、一人に背負わせない。二つの半分を、二人で持つ。葛藤は消えないが、消さないための器なら作れる。
正義病 IV ── 二君に仕える ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 社長の椅子
- 第 2 回: 俯瞰すると、部門が見える
- 第 3 回: かつての自分の椅子に座る人
- 第 4 回: 二人の主君
- 第 5 回 (本回): 審査員の正義は、半分だった
- 第 6 回: 経営の論理に飲まれると、審査は壊れる
- 第 7 回: 部門長に「ノー」と言わせ続ける設計
- 第 8 回: 数字で測れないものを、経営会議へ
- 第 9 回: 両立を保つ仕組み
- 第 10 回 (最終回): 二君に仕える者の日々是好日
審査台の上の私は、正しかった。ただ、半分だけ正しかった。半分を全部だと思い込んでいたこと——それが、かつての私の病だった。経営の座から見える残りの半分は、あの頃の正義を否定しない。むしろ、自分のそれが半分でしかなかったと知ることが、はじめて全体に手を伸ばす条件になる。二君に仕えるとは、二つの半分のあいだで揺れ続けることだ。揺れを止めれば、どちらかの主君を裏切る。私にできるのは、揺れを消すことではなく、揺れたまま立っていられる構造を作ることだけだ。かつての椅子の番人には、半分のままでいてもらう。その守られた半分を、私がもう半分で支える。それが、二人で全体を持つということだった。
- 審査員の正義は半分だった。規範に触れるか否かは見えても、なぜその資材がその締切とその熱量で生まれたのかは見えていない。半分を全部だと思い込むこと、それが正義の病だった。
- 経営の座から見える残りの半分は、時間・市場・数字・投資という四つの圧力。ルールの「なぜ」は、この見落とされた半分の側にある。
- 各部門の正義はそれぞれ半分。営業も審査も、自分の半分を守るほど、もう半分を見落とす。半分を五つ足しても二倍半にしかならず、全体にはならない。
- 番人の半分の盲目さは、弱点であると同時に買収不能という強さでもある。残り半分を見せて目を曇らせるより、二つの半分を二人で持つ設計に向かう。
- 葛藤は精神論で消さない。経営の論理を規範の番人に翻訳して渡す「制約の通訳」という器を作り、揺れたまま立てる構造にする。
- Robert Simons, Levers of Control, Harvard Business School Press, 1995. (境界システム(やってはならない線)は統治の一つのレバーにすぎず、診断的統制・対話的統制と組み合わせて初めて全体が回る。審査=境界システムだけを握っていた私の半分性を映す。)
- Lynn S. Paine, "Managing for Organizational Integrity," Harvard Business Review, March–April 1994. (規則遵守としてのコンプライアンスと、価値に根ざすインテグリティの違い。規則の「なぜ」を問う視点が、もう半分の側にあることを示す古典。)
- Michael L. Tushman & Charles A. O'Reilly III, "Ambidextrous Organizations," California Management Review, 1996. (矛盾する二兎を同時に追う組織能力(ambidexterity)。経営とコンプライアンス、二人の主君に仕える構造の理論的下敷き。)
- Chris Argyris, "Teaching Smart People How to Learn," Harvard Business Review, May–June 1991. (ルールを是々非々で当てはめる単ループ学習と、ルールの前提そのものを問う二重ループ学習の差。半分から全体へ手を伸ばす学習の構造。)