経営会議の議題表は、いつも数字で始まる。第3四半期の売上進捗が94%、主力品の市場シェアが27.4%、来期の研究開発投資が前年比プラス12%。私は表を上から順に追い、いちばん下、十一番目の「その他」に押し込められた一行で目を止める。資材審査・コンプライアンス報告。そこだけ数字がない。数字がないから、議論にならない。かつて私自身がその部門の長だった頃、報告はたいてい「特記事項なし」で終わり、誰も顔を上げなかった。社長の椅子に座って分かったのは、測れないものは議題にならない、という単純で、少し残酷な事実だ。正しさも、数字を持たなければ、会議室では存在しないことにされる。今日はその一行を、表のいちばん下から動かす方法の話をしたい。
議題にならないもの
毎月第3水曜の午後、十二階の会議室に各本部長が集まる。営業本部長は地域別の達成率を、マーケティング部長は新規シェアの伸びを、メディカルアフェアーズの責任者は学会での反応を、それぞれ一枚のグラフで語る。グラフには傾きがあり、傾きには物語がある。経営とは、その傾きをどう作るかの議論だ。ところがコンプライアンス報告だけは、傾きを持たない。「今月、重大な逸脱はありませんでした」。それは良い知らせのはずなのに、会議室の空気は動かない。何も起きなかったことを、人は成果として数えられないからだ。
私がかつて率いた資材審査部は、いまも月に四百二十件の販促資材を見ている。一枚の医療従事者向け資材が世に出る前に、効能の表現、データの引用、注意喚起の文字の大きさまでを照合する。営業の現場では、その一枚が承認されるかどうかに三十秒の苛立ちが宿る。「なぜこの一行が消せないのか」。審査側はその一行が将来生む損害を見ているが、損害はまだ起きていないから、額に置き換えられない。起きなかった損害は、誰の決算にも載らない。
測れないものは、存在しないことにされる。組織の中で最も静かに進む退行は、いつもそこから始まる。
三つの翻訳
測れないものを議題にする第一歩は、測ることではない。翻訳することだ。審査やコンプライアンスの価値を、経営が日常的に使う三つの言語に置き換える。リスク、信頼資本、そして将来コスト。どれも完璧な数値化ではないが、会議の言語にはなる。数字を持つ議題と、同じテーブルの上で語れるようになる。
リスクの言語
審査をすり抜けた資材一枚を、「期待損失」に翻訳する。自主回収一件のコストは、回収作業・行政対応・出荷停止を合わせて数千万から数億円。発生確率が年に二%でも、期待値は経営判断に値する額になる。「起きていない」を「起きたら幾らか × どれだけ起きやすいか」に置き換えると、ゼロだった議題が初めて桁を持つ。
信頼資本の言語
メディカルや処方医との関係は、決算書に資産として載らない。だが一度の不適切な情報提供で失われる信頼は、採用見送りや面会拒否という形で、半年後の売上に必ず現れる。信頼を「将来の売上を生む見えない在庫」として語ると、コンプライアンスは費用ではなく資産防衛に変わる。バランスト・スコアカードが財務以外の視点を並べて見せようとしたのも、この種の在庫を可視化するためだった。
将来コストの言語
品質の世界には、予防に一かければ是正に十かかる、という経験則がある。資材審査の差し戻しは、世に出る前の予防コストだ。これを惜しんで一枚を通せば、回収・再教育・信頼回復という是正コストが十倍で返ってくる。経営会議で問うべきは「審査にいくらかけているか」ではなく「審査を省くと将来いくら払うか」だ。コストの話を、現在から将来へずらす。
予兆を数える
翻訳の次は、わずかでも数えられるものを探す。事故そのものは滅多に起きないから、事故を数えても傾きは描けない。描けるのは予兆だ。バランスト・スコアカードでいう先行指標、つまり結果が出る前に動く数字を、コンプライアンスの領域にも置く。たとえば、こう分ける。
| 事後の数字(遅行指標) | 予兆の数字(先行指標) |
|---|---|
| 自主回収・行政指導の件数 | 資材の差し戻し率と、修正に要した平均日数 |
| 逸脱報告の総数 | 営業から審査への『これはグレーか』相談の件数 |
| 離職した審査担当者の数 | 審査一件あたりにかけられた平均時間 |
先行指標は、向きを読み違えてはいけない。差し戻し率が八%から二%へ下がったとき、それは審査の質が上がったのか、それとも審査が甘くなったのか。営業からの相談件数がゼロに近づいたとき、現場が清くなったのか、それとも審査を諦めて相談しなくなったのか。数字は問いを与えるだけで、答えは現場に降りて確かめるしかない。だからこそ、これらの数字は会議で「誰かに説明させる」ための議題になる。傾きそのものより、傾きを誰かが自分の言葉で語ることに意味がある。
経営会議の設計
翻訳と先行指標がそろっても、置き場所がなければ議題は消える。だから仕組みで支える。私が社長として変えたのは、三つの設計だ。
常設議題にする
コンプライアンス報告を「その他」から外し、議題表の二番目、売上報告の直後に固定した。順番は思想だ。利益の話のすぐ後にリスクの話を置くことで、両者が同じテーブルの上にあると全員が了解する。十一番目の一行は、もう「時間が余れば触れるもの」ではない。
一枚のダッシュボードにする
先行指標を四つだけ選び、売上ダッシュボードと同じ画面に並べた。差し戻し率、平均審査時間、グレー相談件数、未解決の逸脱の滞留日数。指標は増やさない。マイケル・パワーが『監査社会』で警告したように、測ることが自己目的化すると、組織は数字を作るために働き始める。正しさを測ろうとして、いつのまにか正しさが数字を作る作業に化ける。この連作が追ってきた病の、経営版だ。だから四つで止める。柵を一つ立てる。
翻訳役を社長が担う
二人の主君のあいだに立つのは、本来つらい役回りだ。経営は数字を求め、コンプライアンスは規範を求め、両者は同じ言語を話さない。その通訳を、私は他人に委ねないことにした。資材審査の現場を知り、いま経営の椅子に座っている人間は、社内で私だけだ。かつての自分の椅子を見下ろすたびに感じる歯がゆさは、たぶんこの役目を引き受けろという合図なのだと思う。
ロバート・サイモンズは、日々の管理に使う診断的コントロールと、組織が向かう先を問い直す対話的コントロールを分けた。コンプライアンスを後者に置くこと。「今月の違反件数」を点検する道具ではなく、「我々はどこで踏み外しうるか」を全員で問い直す対話の場にすること。それが、数字で測れないものを経営会議で生かす最後の設計だと思う。
正義病 IV ── 二君に仕える ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 社長の椅子
- 第 2 回: 俯瞰すると、部門が見える
- 第 3 回: かつての自分の椅子に座る人
- 第 4 回: 二人の主君
- 第 5 回: 審査員の正義は、半分だった
- 第 6 回: 経営の論理に飲まれると、審査は壊れる
- 第 7 回: 部門長に「ノー」と言わせ続ける設計
- 第 8 回 (本回): 数字で測れないものを、経営会議へ
- 第 9 回: 両立を保つ仕組み
- 第 10 回 (最終回): 二君に仕える者の日々是好日
議題表を変えても、自主回収がゼロになるわけではない。翻訳がうまくいっても、経営とコンプライアンスの緊張が消えるわけでもない。私にできたのは、十一番目だった一行を二番目に動かし、そこに四つの数字と一人の通訳を置いたことだけだ。けれど、かつて「特記事項なし」で誰も顔を上げなかったあの会議で、いまは営業本部長が差し戻し率の上昇について自分の言葉で説明している。測れないものは、完全には測れないままでいい。議題になり、語られ、誰かが説明を求められる。その状態を保てているなら、二君に仕える仕事は、まだ続けられる。正しさを議題に残しながら、その正しさが数字を作るためだけの正しさに痩せないよう見張ること。この連作が追ってきた正義の病は、経営会議の中にも静かに住んでいる。
- 測れないものは議題にならない。測る前に、リスク・信頼資本・将来コストの三つの経営言語へ翻訳する。
- 事故は稀で傾きを描けない。差し戻し率・平均審査時間・グレー相談件数などの先行指標で予兆を数え、向きの解釈は現場で確かめる。
- コンプライアンス報告を『その他』から議題二番目へ常設化し、売上と同じ一枚のダッシュボードに四指標だけ並べる。
- 指標を増やしすぎない。正しさが数字作りに化ける自己目的化(監査社会化)を避ける柵を立てる。
- 二人の主君の通訳は、現場と経営の両方を知る社長自身が引き受ける。
- Robert S. Kaplan & David P. Norton, The Balanced Scorecard (1996) (財務以外の視点(顧客・内部プロセス・学習)を並べ、測れない価値を先行指標として可視化する枠組み。本話の『翻訳』と『予兆を数える』の土台。)
- Robert Simons, Levers of Control (1995) (診断的コントロールと対話的コントロール、境界システムの区別。コンプライアンスを点検でなく対話の議題に置く設計の出典。)
- Michael Power, The Audit Society (1997) (測定と監査が自己目的化する危険を論じた古典。指標を四つに絞る『柵』の根拠であり、正義病アークが扱う『正しさの自己目的化』の理論的支柱。)
- Lynn S. Paine, Value Shift (2003) (社会的責任と財務的成果を統合してこそ優れた業績が生まれると論じた経営倫理の代表作。コンプライアンスを費用でなく資産防衛として語る視点を支える。)