両立は決意では続かない。机の上の段取りで決まる。経営会議の第四議題、ダッシュボードの一列、月次定例の議事録、エスカレーションの分単位。私が社長室で守っているのは理念ではなく、この四つの装置だ。降圧薬のディテールエイドは四半期で十八億円を運ぶ。MRは四百人。審査部門は月に約二百件を捌く。その十八億円と二百件が同じ机の上で交わり続けるように、私は仕組みを置いた。今回は、その冷たい段取りそのものを書く。

第四議題という固定席

経営会議は毎月第三火曜の朝に開く。第一議題が売上、第二が出荷予測、第三が来期パイプライン。第四は審査部門報告で、ここを動かさない。所要十五分、固定席。売上が計画を二億超えた月でも、この十五分を削らせなかった。販促の数字が会議を支配する月ほど、その後ろに審査の数字を必ず座らせる。サイモンズが言う対話型コントロールとは、要するに上が毎月かならず目を向ける議題を一つ決めておくことだ。私にとってそれが第四議題だった。

二百件のうち、差戻しは三十一。承認範囲の逸脱が十二件。三件はまだ直っていません。 ── 資材審査・ガバナンス部門長 M、経営会議 第四議題にて

Mはこの数字を、感情を足さずに読む。直っていない三件、と言うとき会議室は一度静かになる。その三件のうち一つが、十八億円を運ぶあの主力品のディテールエイドだと全員が知っているからだ。第四議題が固定席であるおかげで、その沈黙は議事録の同じ行に毎月戻ってくる。直るまで、消えない。

売上の隣に置いた数字

ダッシュボードは一画面に収めた。左に経営の列、右にガバナンスの列。別タブにしない。スクロールで切り替えない。社長室のモニタでも、取締役の手元でも、十八億円と差戻し率が必ず同じ視野に入る。カプランとノートンが財務指標の隣に非財務指標を並べたのと同じ発想だが、私が拘ったのは並べる位置だ。下に小さく添えれば、人は読まない。真横に、同じ大きさで置く。

経営の列ガバナンスの列
四半期売上 十八億円差戻し率 15.5%(二百件中三十一件)
MR 四百人の稼働率承認範囲の逸脱 十二件 / 未是正三件
新規ディテールエイド 週次配布是正完了までの平均 9.4日

この三行を並べた最初の四半期、営業本部長が私に言った。右の列があると、左の列の喜び方が変わる、と。十八億円を達成した会議で、未是正三件が同じ画面の右にある。達成を祝う声が、半拍だけ遅れる。その半拍を作るために、私は列の位置を動かさなかった。

対立を議事録に残す定例

月末に経営×ガバナンス定例を置いた。出席は私、営業本部長、財務、そしてM。一つだけ規則がある。意見が割れたら、丸めずに両論を議事録に残す。合意できた、で締めない。Mが止めるべきだと言い、営業本部長が来期の数字が立たないと言う。その二つを、どちらも消さずに同じ頁に書く。アージリスの言う防衛的習慣は、対立を会議の外に押し出すところから始まる。だからここでは、対立を会議の真ん中に固定する。

止めるべきです。ですが、止めれば来期の数字が立たない。私はそれを承知のうえで上げています。 ── M、月次 経営×ガバナンス定例

Mは二階下の部門から、この定例のために二階分の階段を上ってくる。社長室の二つ下の階。私はかつて、いまMが座っている椅子にいた。止めるべきだが数字が立たない、というあの一文を、私も同じ語順で上司に上げた日がある。タッシュマンとオライリーは、両立を一人の英雄の決断に預けず、構えとして組織に持たせろと書いた。私がMに渡せるのは、英雄になれという励ましではない。割れた意見を、割れたまま記録する一頁だ。

誰が、何分で、どこへ

エスカレーションは作法を決めておかないと止まる。誰が、何分で、どこへ。これを曖昧にした組織では、見つけた者がためらい、ためらううちに資材が配られる。エドモンドソンが安全な職場を言うとき、勇気の話に聞こえるが、現場では分単位の手順の話だ。上げてよい先と締切が決まっていれば、勇気の在庫が少ない日でも声は上がる。ジェンタイルの言う、価値を声にする訓練も、結局は宛先と様式があってこそ反復できる。

審査者 → 部門長

承認範囲の逸脱を見つけた審査者は、一営業日以内にMへ上げる。様式は固定:資材番号、該当頁、薬機法の条、想定配布数。

部門長 → 社長室

四半期一億円超の販促物に関わる案件は、二十四時間以内に社長室へ。Mが二階分の階段を上ってくるのは、この規定があるからだ。

社長室 → 臨時定例

十八億円級の主力品に触れる指摘は、次の月次を待たず臨時の経営×ガバナンス定例を招集する。判断者は私一人、所要は最大三十分。

記録 → 取締役会

止めた案件も流した案件も、四半期ごとに取締役会へ一枚で報告する。判断に名前を残す。

パワーが監査社会で書いたのは、検証が儀式になりやすいという警告だった。私はその警告を逆向きに使う。儀式になってよい。毎月同じ時刻、同じ議題、同じ列、同じ宛先。退屈なほど反復するから、十八億円が会議を支配する月でも、二百件の側の手続きが勝手に回る。両立を保つのは、誰かの気概ではない。動き続ける四つの装置だ。

正義病 IV ── 二君に仕える ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 社長の椅子
  2. 第 2 回: 俯瞰すると、部門が見える
  3. 第 3 回: かつての自分の椅子に座る人
  4. 第 4 回: 二人の主君
  5. 第 5 回: 審査員の正義は、半分だった
  6. 第 6 回: 経営の論理に飲まれると、審査は壊れる
  7. 第 7 回: 部門長に「ノー」と言わせ続ける設計
  8. 第 8 回: 数字で測れないものを、経営会議へ
  9. 第 9 回 (本回): 両立を保つ仕組み
  10. 第 10 回 (最終回): 二君に仕える者の日々是好日
結語

四つの装置がある。固定された第四議題、隣り合う二列の数字、議事録に残る対立、分単位のエスカレーション。どれも、どちらかの主君を勝たせるための仕掛けではない。経営とコンプライアンスを同じ部屋に居続けさせ、勝負をつけずに翌月へ持ち越すための段取りだ。Mが二階分の階段を上ってくるのも、私が達成の会議で半拍だけ祝いを遅らせるのも、気概ではなく規定が動かしている。私が社長室を去っても、次の審査員がこの机の段取りを引き継ぐ。仕組みは人より長く残る。最終話では、その机を離れた一人の人間に戻る。

Key Points ── 持ち帰る 5 つ
  1. 経営会議の第四議題を十五分の固定席にし、売上が計画超過した月でも審査報告を削らせない
  2. ダッシュボードは一画面で左に十八億円、右に差戻し率15.5%・未是正三件を同じ大きさで併置する
  3. 月次の経営×ガバナンス定例では、Mの『止めるべき』と営業の『数字が立たない』を丸めず両論を議事録に残す
  4. エスカレーションは誰が・何分で・どこへを固定(審査者→Mへ一営業日、一億円超は社長室へ二十四時間、十八億円級は臨時定例三十分)
  5. 両立は気概ではなく、退屈なほど反復する四つの装置が保つ。仕組みは人より長く残り、次の審査員Mに引き継がれる
出典・参考文献
  1. Robert Simons, Levers of Control (Harvard Business School Press, 1995) (対話型コントロールと境界システム。上が毎月かならず目を向ける議題を一つ固定する第四議題の発想の下敷き。)
  2. Robert S. Kaplan & David P. Norton, The Balanced Scorecard (Harvard Business School Press, 1996) (財務指標の隣に非財務指標を並べる発想。本話では『並べる位置』を真横・同サイズに限定した運用に翻案。)
  3. Michael L. Tushman & Charles A. O'Reilly III, on organizational ambidexterity (California Management Review, 1996) (両立を一人の英雄の決断でなく組織の構えとして持たせる。Mに渡すのは励ましでなく、割れた意見を残す一頁だという線の根拠。)
  4. Amy C. Edmondson, on psychological safety (Administrative Science Quarterly, 1999) (安全な職場は勇気の話に見えて、現場では宛先と締切が決まった分単位の手順の話。エスカレーションの作法を作法として書いた根拠。)