同じ「上手な資料」でも、中身が事実に忠実なものと、見せ方だけ上手いものは別物だ。この回では、つくる人の力を「事実への忠実さ」と「伝える工夫」という二本の物差しに分けて並べる。二つを分けると、最も危ない型がくっきり見えてくる。
なぜ一本の物差しでは測れないのか
健康診断を思い出してほしい。身長と体重を一つの数字でまとめてしまうと、背の高い人と太った人の区別がつかなくなる。だから別々に測る。資材をつくる力も同じで、「上手い」という一語にまとめると大事な違いが消える。
ここで言う資材とは、製薬会社が医師や患者に渡すパンフレットや説明資料のことだ。つくる力には性質の違う二つが混ざっている。一つは「書いてある内容が、承認された事実からズレていないか」。これを事実への忠実さ(接地)と呼ぶ。接地とは、主張が必ず根拠という地面に足をつけている状態のことだ。もう一つは「読む人に正しく伝わる形になっているか」。これを伝える設計力(到達)と呼ぶ。到達とは、言いたいことが相手の頭に届くことだ。
この二つは別の能力だ。事実に詳しくても説明が下手な人もいれば、説明はうまいのに事実を曲げる人もいる。だから一本ではなく二本の物差しで測る。
四つの型 ── たった一枚の地図
料理にたとえる。材料が新鮮かどうか(忠実さ)と、盛りつけや味つけが上手いか(設計力)は別の話だ。この二つを高低で組み合わせると、つくり手は四つの型に分かれる。
| 型 | 忠実さ | 設計力 | どんな資材になるか |
|---|---|---|---|
| 危ない素人 | 低 | 低 | 事実もあやしく、伝わりもしない。論外。 |
| 正しいが届かない | 高 | 低 | 中身は正確だが、読み手に伝わらず読まれない。 |
| 危ない売り込み | 低 | 高 | 見せ方は巧みだが事実からズレる。最も危険。 |
| 本道 | 高 | 高 | 正確で、しかも正しく伝わる。目指す場所。 |
右下の「本道」が目的地だ。だが大事なのは、四つを「ただ良い・悪い」で並べないことだ。四つの中に、ふつうの失敗とは桁違いに危ない型が一つだけ混ざっている。
最も危ないのは「説得力ある誤認」
空港の手荷物検査を思い浮かべてほしい。怪しい荷物が怪しく見えるなら、検査官はすぐ止められる。本当に危ないのは、危険物がきれいな箱に入って堂々と見える時だ。資材も同じだ。
四つのうち「危ない売り込み(低忠実×高設計)」が突出して危険なのは、誤りが上手な見せ方で覆い隠されるからだ。これを説得力ある誤認と呼ぶ。事実から少しズレた内容が、整ったデザインと巧みな言葉で「正しそうに」見える。読む医師や患者は、上手だからこそ疑わずに信じてしまう。
下手な誤りは見抜かれて止まる。上手な誤りは信じられて広がる。だから「上手なのに間違っている」が一番こわい。
「正しいが届かない(高忠実×低設計)」の失敗は、読まれないという損で済む。誰も誤解しない。一方「説得力ある誤認」は、読み手を間違った理解へ積極的に運んでしまう。同じ「失敗」でも、向かう方向が正反対なのだ。
忠実さが、設計の上限を決める
家を建てる時を考える。土台が傾いていたら、その上にどれだけ立派な柱を立てても家は危ない。土台の水平さが、建物の高さの限界を決める。資材では、事実への忠実さがこの土台にあたる。
つまり忠実さが設計力の天井になる。事実への接地が浅いまま伝える工夫だけを足しても、できあがるのは「上手に間違ったもの」だ。設計力は、忠実さという土台の上でしか価値を生まない。土台が低ければ、設計力が高いほどかえって危険が増す ── 巧みなほど誤りが広く届くからだ。
| 問い | 測るもの | 役割 |
|---|---|---|
| 事実からズレていないか | 忠実さ(接地) | 越えてはいけない床。天井も決める。 |
| 正しく伝わるか | 設計力(到達) | 床の上で価値を伸ばす。 |
だからこの二軸には順番がある。先に忠実さで床を確かめ、その床の上ではじめて設計力を評価する。設計力の高さで忠実さの穴を埋めることは、原理的にできない。第3回からは、この床にあたる「出典に必ず戻る力」を一つずつ見ていく。
良い資材をつくる人の力 ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 本質の問い ── つくる人は「正しさ」と「伝わりやすさ」の両方を背負う ── 資材をつくる人は事実への忠実さと伝える設計力を同時に背負う、という本シリーズの出発点を平易に描く序論。
- 第 2 回 (本回): 二軸で力を見る ── 「事実への忠実さ」×「伝える工夫」 ── 資材をつくる力を「事実への忠実さ」と「伝える設計力」の二軸で並べ、四つの型に分ける。最も危ないのは説得力だけ高い誤認。忠実さが設計の上限を決める。
- 第 3 回: 出典に必ず戻る力 ── すべての主張を承認された根拠に紐づける ── 資材の一つひとつの数字・図・言い回しを、承認された元データまでさかのぼれるかを問う回。孫引きと脚色を見つけ、接地(事実への忠実さ)の床を固める力を扱う。
- 第 4 回: 釣り合いを設計する力 ── 効果と副作用を同じ重さで ── 良い面と注意点を、配置・文字量・視線の流れで同じ重さに保つ設計の力。
- 第 5 回: 誤解を先回りする力 ── 読み手がどう読み違えるかを想像する ── 資材を出す前に、相手がどこで読み違えるかを先に見つけて防ぐ力。
- 第 6 回: 訴求と正確の両立 ── 売りたい気持ちに事実のブレーキをかける ── 正確という枠の中で、誇張に頼らず最大限に届かせる訴求設計力。事実のブレーキを利かせながら、伝わる強さをつくる第6の力を扱う。
- 第 7 回: 規制を形に翻訳する力 ── ルールを「禁止」で終わらせず設計に変える ── 規制を「やってはいけない一覧」として丸暗記するのではなく、なぜその規制があるのかを読み解き、資材づくりの設計指針に変える力を四段階で扱う。
- 第 8 回: 自分で先に審査する力 ── 出す前に、自分が一番きびしい審査者になる ── 提出前に自分の作を疑い、社内審査より先に自分が一番きびしい審査者になる力。
- 第 9 回: 指摘を受け止める力 ── 差し戻しを「否定」でなく「精度」に変える ── 差し戻しは人格否定ではなく資材の精度を上げる情報。感情と事実を切り分け、指摘を次の標準に変える力。
- 第 10 回 (最終回): 信頼を積む ── 「この人の資料は安心」へ、そして力の統合 ── 信頼は一回の出来栄えではなく、積み重ねでできる。「この人の資料なら出典に戻れる」という安心が審査者や発注者に貯まると、確認の手間が減り、8つの力が一つの仕事として回りだす。最終回。
つくる力を一本の物差しで「上手い・下手」と見ているうちは、最も危ない型を見落とす。事実への忠実さと伝える設計力を分けて並べた時、初めて「説得力ある誤認」という落とし穴が地図の上に現れる。
覚えておきたいのは順番だ。設計力は忠実さの上限を超えられない。だからまず床(事実に戻れるか)を確かめ、その上で伝え方を磨く。次回からは、この床そのものを一つずつ掘り下げていく。
- 力は二軸で見る. 「事実への忠実さ(接地)」と「伝える設計力(到達)」は別の能力。一語の「上手い」にまとめると大事な違いが消える。
- 最も危ないのは説得力ある誤認. 低忠実×高設計は、誤りが上手な見せ方で覆われ、読み手が疑わず信じてしまう。下手な誤りより危険。
- 忠実さが設計の天井. 事実への接地が浅いと、設計力が高いほど誤りが広く届く。床(忠実さ)を先に確かめ、その上で伝え方を磨く。
- 厚生労働省「医薬品等適正広告基準」 ── 製薬資材の表示が事実に忠実であるべき範囲を定める公的な基準。
- 日本製薬工業協会「医療用医薬品プロモーションコード」 ── 情報提供活動における正確性と公正な釣り合いの一般原則。
- 行動評価面接(BEI)およびSTAR法の一般的解説 ── 能力を「状況・行動・結果」で具体的に観察し評価する方法論。
- コンピテンシー評価に関する教科書的文献 ── 力を段階(レベル)に分けて記述・測定する考え方の一般的整理。