月曜の朝、社長室の机に一枚の販促資材が置かれている。営業推進部が来期キャンペーンの軸にしたいと上げてきた、降圧薬のディテールエイド(MRが医師に見せる説明資料)だ。表紙の右下に小さな付箋があり、「四半期売上見込み 18億円」と走り書きしてある。私はその一行に目を落とす前に、本文三ページ目、有効性のグラフの下にある注釈で視線が止まった。十二年前、資材審査の机で、私が同じ種類の図に赤を入れた、ちょうどあの位置だ。審査員の目は、まだ消えていない。社長の目は、もうその隣の18億円を読んでいる。一枚の同じ書類の上で、二つの目が重なっている。この連載は、その重なりから始める。
同じ書類、二つの目
資材審査員だった頃、私はこの一枚を「適正かどうか」でしか見なかった。効能・効果の範囲を超えていないか。相対リスク減少だけを大きく書いて、絶対差を小さく隠していないか。注釈の文字が、本文と釣り合わない大きさになっていないか。机の引き出しには赤ペンが三本あり、一枚の資材に平均で七箇所の指摘を入れた。止めることが私の仕事で、止めたことを誰にも褒められないのが私の誇りだった。
いま同じ書類を、私は別の目でも読む。この一枚が四半期に18億円を運ぶ。MR400人が、これを携えて全国の循環器内科を回る。修正に二週間かければ、キャンペーンの初動が二週間遅れ、初動の遅れはそのまま数字に出る。経営者の目は、適正かどうかを問う前に、これが「届くか」を見る。二つの目は、互いに正しい。そして互いに、相手を急かす。
| 論点 | 審査員の目 | 経営者の目 |
|---|---|---|
| 有効性グラフ | 絶対差が併記されず、誤認を招かないか | 医師の記憶に残る、説得力のある一枚か |
| 三ページ目の注釈 | 効能・効果の範囲を一文字でも超えていないか | 競合に対する差別化点として読めるか |
| 修正にかかる日数 | 二週間。適正性は納期に優先する | 二週間。一日の遅れがそのまま売上の遅れだ |
| 最大のリスク | 行政指導・自主回収・会社の信用失墜 | 機会損失。出さなかったことのコスト |
椅子の高さ
昇進とは、肩書きが増えることではなく、見る位置が高くなることだ。社長の椅子は机より高く、机は各部門より高い。高くなるほど、一枚の資材は小さく見え、その隣に並ぶ数字は大きく見える。私はいま、四つの部門を同時に見下ろしている。見下ろすという言葉は傲慢に響くが、実際にはどの部門の景色も、私の椅子からは少しずつ歪んで見える。それぞれの部門が、それぞれの正義を持っている。そしてその正義は、たいてい正しい。
営業推進部
正義は速さにある。「一日早く届けば、今日コントロールされていない血圧の患者がいる」。彼らの数字は人命の代理変数だと、彼ら自身が信じている。だから審査の二週間は、現場には二週間の不作為に見える。
マーケティング部
正義は伝わることにある。「伝わらない正しさは、存在しないのと同じだ」。彼らは物語と差別化を設計する。注釈を小さくしたいのではない。主役のメッセージを、医師の記憶に一秒長く留めたいだけなのだ。
メディカルアフェアーズ
正義は誠実さにある。「データが言える範囲を、一歩も超えない」。彼らはマーケティングの熱に冷水を浴びせる役回りで、社内では好かれにくい。だが彼らがいなければ、有効性のグラフはいつのまにか効きすぎる薬の絵になる。
資材審査・ガバナンス部
正義は、止めることにある。「止めることでしか守れないものがある」。会社の信用、薬機法、患者の正しい理解。彼らは褒められない。出した資材は誰かの手柄になり、止めた資材は誰の記憶にも残らない。かつての私の椅子だ。
四つの正義は、どれも嘘ではない。嘘でないものほど、こじれたときに始末が悪い。だから、椅子の高さからは決められない。速さの正義と止める正義のどちらが上か、という問いの立て方が、そもそも間違っている。私が決めるのは順位ではなく、四つを同時に立たせ続ける構えのほうだ。それがこの椅子に座って最初に分かったことだった。
かつての自分の椅子
資材審査・ガバナンス部の部屋は、社長室の二つ下の階にある。月に一度、私はそこへ降りる。現部門長のM(私の二代あとの後任)が、案件のたまった会議室で、若い審査員に図の見方を教えている。彼が使っているチェックリストの何項目かは、十二年前に私が作ったものだ。様式は新しくなっているが、骨格は変わっていない。自分の手の癖が、他人の手で続いているのを見るのは、奇妙な既視感を伴う。
「社長、これ、止めるべきなんです。でも止めると、来期の数字が立たないと言われます」。Mはそう言って、例の降圧薬の資材を私の前に置いた。十二年前、私が上司に言いたくて言えなかった台詞を、いま彼が私に言っている。 ── 資材審査・ガバナンス部長 M
歯がゆさが二重に来る。一つは、彼の側の歯がゆさが手に取るように分かること。止める根拠は揃っているのに、止める権限の重さが釣り合わない、あの感覚だ。もう一つは、私自身の歯がゆさだ。いまの私は、彼に「止めろ」とも「通せ」とも、軽々には言えない。社長の一言は、現部門の判断を上から潰す。私が守りたいのは、彼が自分の椅子で「止める」と言い切れる強さのほうであって、私の鶴の一声ではない。守りたいものほど、口出しできない。
二君に仕える
社長は二人の主君に仕えている。一人は経営――売上、利益、成長という数字の主君。もう一人はコンプライアンス――規範、倫理、適正という規範の主君。古い言い回しでは、二君に仕えることはできない、とされる。忠を尽くす相手は一人でなければならない、と。だが製薬企業の社長の椅子は、まさにその不可能を職務として引き受ける場所だ。どちらか一方を選んだ瞬間に、この椅子は壊れる。
選ぶのではなく、両方を立たせる
両立は、足して二で割ることではない。18億円と適正性の中間に、9億円の妥協点があるわけではない。注釈を半分だけ小さくする、という解はない。両立とは、二つの主君が別々の言葉を話していることを認め、その間を翻訳し続ける作業だ。経営は「機会損失」と言い、コンプライアンスは「行政指導のリスク」と言う。同じ一枚の資材に、違う通貨で価格をつけている。私の仕事は、その二つの通貨の為替レートを、その場その場で決め、決めた根拠を文書に残すことだ。
精神論では、この椅子は一日も保たない。「両方とも大事にする」という言葉は美しいが、来期の予算会議では一円の力も持たない。必要なのは構えではなく、仕組みだ。誰が止められる権限を持つか。止めたとき、その人は不利益を被らないか。経営の言葉とコンプライアンスの言葉を、同じ会議の机に並べる場が、制度として存在するか。この連載で私が書きたいのは、葛藤を消す方法ではない。葛藤を消さずに、しかし会社を倒さずに、保ち続けるための統治の設計だ。
正義病 IV ── 二君に仕える ── 全 10 回の地図
- 第 1 回 (本回): 社長の椅子
- 第 2 回: 俯瞰すると、部門が見える
- 第 3 回: かつての自分の椅子に座る人
- 第 4 回: 二人の主君
- 第 5 回: 審査員の正義は、半分だった
- 第 6 回: 経営の論理に飲まれると、審査は壊れる
- 第 7 回: 部門長に「ノー」と言わせ続ける設計
- 第 8 回: 数字で測れないものを、経営会議へ
- 第 9 回: 両立を保つ仕組み
- 第 10 回 (最終回): 二君に仕える者の日々是好日
月曜の朝に置かれた一枚の資材は、夕方になってもまだ私の机にある。赤を入れるべきか、18億円に署名すべきか。十二年前の私なら、迷わず赤ペンを取った。営業推進部の部長なら、迷わず付箋の数字を指さした。社長の椅子に座る私は、そのどちらでもない。私はMを呼び、彼が自分の判断で止められるように、その日のうちに権限と納期の条件を一つ、文書で整えた。資材そのものは、彼の机へ戻した。決めるべきは一枚の資材の可否ではなく、こういう一枚が来るたびに二つの目が同じ机に座れる仕組みのほうだ、と腑に落ちる。四つの正義はどれも正しい。正しいものが、どこで人を縛る病に変わるのか――この一点を、これから一話ずつ追っていく。両立は精神では保てない。設計でしか保てない。その設計図を、これから一枚ずつ描く。日々是、こうして始まる。
- 昇進は肩書きではなく視座の高さを変える。同じ資材が、審査員には適正性、経営者には18億円として同時に見える
- 営業・マーケティング・メディカル・資材審査の四部門はそれぞれ正しい正義を持ち、椅子の高さからは優劣を決められない――正しい正義がどこで病に変わるかが、この連載の問いだ
- かつて自分が座った資材審査の椅子を見て感じるのは、後任Mへの既視感と、軽々に口出しできない歯がゆさだ
- 経営とコンプライアンスは別々の通貨で同じ資材に価格をつける。社長の仕事はその間の為替レートを決め、根拠を文書に残すこと
- 両立は精神論では保てない。権限・納期・場の制度設計でしか保てない――それが本連載の描く統治の設計図だ
- Robert Simons, Levers of Control (Harvard Business School Press, 1995) (境界システム(してはならないことの線引き)と診断的・対話的コントロールの区別。止める権限と数字を追う管理を、別々の梃子として設計する発想の土台。)
- Michael Power, The Audit Society: Rituals of Verification (Oxford University Press, 1997) (検証・審査が組織で果たす役割と、その儀礼化の危うさ。資材審査員の目が何を守り、何を見落としうるかを考える補助線。)
- Michael L. Tushman & Charles A. O'Reilly III, "Ambidextrous Organizations" (California Management Review, 1996) (探索と深化、相反する二つの要求を同時に抱える組織能力(両利き)。二君に仕えるという主題を、選択ではなく両立の構造として読む枠組み。)