うまく見える資材ほど、出典に戻れるかを先に確かめる。元の数字や原文に指で戻せない作は、見せ方が巧みでも上の段に上げない。接地が、レベルの天井を決める。
天井のある建物 ── 出典が屋根の高さを決める
家を建てるとき、土台がゆるい場所には高い建物を載せられない。何階まで積めるかは、地面がどれだけしっかりしているかで決まる。資材づくりの評価も同じ考え方をとる。「接地(せっち)」とは、資材に書いた一文を、元の論文や添付文書の数字・原文まで指でたどって戻せること。この戻れる力が弱いと、どんなに見せ方が上手でも、その作の評価は上の段に届かない。これを「接地天井(せっちてんじょう)」と呼ぶ。
レベルは四段階で見る。L1=言われた通りその案件だけ。L2=型を覚えて再現できる。L3=なぜそうするかを理解して応用できる。L4=仕組みごと設計して標準を作れる。接地天井のルールは単純だ。出典に戻れない作は、見せ方や説明のうまさがどれだけ高くても、L1止まり、もしくは評価そのものを保留にする。土台がなければ二階は建てない。
料理の産地表示 ── おいしさは由来の偽りを救えない
料理人が皿を出す。盛り付けは美しく、説明もよどみない。だが「この魚はどこで獲れたか」を聞いて答えられなければ、その皿は出してはいけない。味の良さは、由来が言えないことを埋め合わせできない。資材も同じで、訴求(そきゅう=相手に良さを伝える工夫)のうまさで、出典接地の穴は埋められない。これが評価の床(必要条件)を分ける一線になる。
本シリーズの二軸を思い出してほしい。横軸は「事実への忠実さ(接地)」、縦軸は「伝える設計力(到達)」。四象限のうち最も危ないのは、低忠実×高設計、つまり「説得力はあるが事実からズレた作」だ。見た目が立派なぶん、読み手が信じてしまう。だから評価では、まず接地という床を踏んでいるかを確かめ、その上で総合点(卓越)を測る。順番を逆にしてはいけない。
「ないことの証明」という落とし穴 ── 言い切り事例
健康診断で「異常なし」と書くには、検査をして確かめた根拠がいる。検査もせずに「異常はありません」と書けば、それは事実ではなく願望だ。資材づくりにも、この危うい言い切りが起きる。
報告された事例では、十分な根拠がないのに文書へ「死亡リスクが増加することはない」と言い切った作り手がいた。確認すると本人は「現時点で明確でないからこう書いた」と答えた。明確でない、つまりデータがないことを、「ない」と断定する言葉にすり替えていた。別の事例では、重要な潜在的リスクなのに「リスクが少ないことが期待されます」とだけ強調していた。どちらも、元の出典に戻ると「そう言える根拠」が見つからない。接地できないのだ。
なぜこうなるのか。背後で四つの心理が働く。とくにこの言い切りでは「動機づけられた推論」が中心だ。売りたい結論が先にあって、データの読み方がそれに引っ張られる。本人は嘘をついているつもりがない。そこに「不作為の罪」が重なる ── 根拠がないことを正直に書かず、聞かれるまで黙っている。下の表で、事例と心理と、それを止める力を並べる。
| 報告された逸脱 | 背後の心理 | 止める力 | 接地で見ると |
|---|---|---|---|
| 根拠なしに「リスクが増加することはない」と言い切る | 動機づけられた推論(売りたい結論が先) | 出典接地力 | 元データに戻れない=g0 |
| 潜在的リスクを「少ないことが期待される」とだけ書く | 不作為の罪(都合の悪い点を語らない) | 自己審査力 | 原文に該当記述なし=g0 |
| 「現時点で明確でないから」と後から説明 | 責任の外部化(状況のせいにする) | 誤認予測力 | 不明をないにすり替え=g0 |
g=0は水準を上げない ── ゼロは掛け算で全部ゼロ
接地の度合いを、仮に0から3の点数で考える。g3=出典に正確に戻れる。g2=おおむね戻れるが一部あいまい。g1=戻ろうとした跡はあるが合わない。g0=戻れない、または元にない主張。掛け算を思い出してほしい。どんなに大きい数でも、ゼロを掛ければ答えはゼロになる。接地が0の作は、訴求設計が満点でも、総合の水準は上がらない。
これは厳しすぎる決まりに見えるかもしれない。だが理由がある。前の「言い切り」事例のように、接地のない一文は、読み手の判断を直接ゆがめる。医師がその一文を信じて薬を選べば、患者に害が及ぶ。だから接地は、加点項目ではなく、通過しないと先へ進めない関門(非代償ゲート=他の力で埋め合わせできない関所)に置く。下の表で、見せ方の点と接地の点が、最終レベルにどう効くかを示す。
| 接地(g) | 訴求設計 | 最終レベル | 考え方 |
|---|---|---|---|
| g3 高い | 高い | L3〜L4候補 | 床を踏み、卓越も伴う |
| g3 高い | 低い | L2前後 | 正しいが届きにくい。伸びしろは上向き |
| g0 戻れない | 高い | L1止まり/保留 | 最も危険。説得力ある誤認 |
| g0 戻れない | 低い | L1/評価外 | 土台なし |
評価者の手順 ── まず戻してみる、それから点をつける
校正刷り(印刷前の確認用ゲラ)を読むとき、ベテランはいきなり文章の巧みさを褒めない。まず数字と固有名を原稿と一つずつ突き合わせる。資材の評価者も同じ順でいく。最初にやるのは、目立つ主張を三つ選び、出典に戻せるか実際に試すこと。戻せれば接地の点をつけ、その上で伝え方の点を足す。戻せなければ、そこで一度止まる。
このとき大事なのは、作り手を「悪人」とみなさないことだ。言い切りも、不作為も、普通の作り手が締め切りと売上の圧力の下で陥る回路にすぎない。評価の目的は断罪ではなく、作り手が自分の中のこの回路 ── 結論が先に来ていないか、不明を「ない」と書いていないか ── を自分で見張れるようにすること。だから評価表には「どこで接地が切れたか」を必ず言葉で残す。次に同じ場面が来たとき、本人がそこで止まれるように。接地は、レベルの天井であると同時に、育成の出発点でもある。
つくった資材と行動から実力を測る ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 印象や自己申告でなく、実際につくった資材で測る ── 資材作成者の力は、本人の自己申告や周囲の印象でなく、実際につくった成果物と出したときの行動から測る。
- 第 2 回: どんな依頼を、どう形にしたかを順にたどる ── 印象や記憶ではなく、実際の制作の流れ──どんな依頼で、何を考え、どう手を動かし、何ができたか──を順番に聴き取り、行動の証拠から作成者の力を読み取る回。
- 第 3 回: その仕事から「事実への忠実さ」と「伝える工夫」を読み取る ── つくった資材を、事実からズレていないか(忠実さ)と、相手に届くか(設計力)の二つの軸に置き換えて見る。印象でなく、成果物の中の手がかりから読み取る回。
- 第 4 回: 正しく測るための約束ごと ── 作り手の実力を測るとき、測る側がズレないための6つの約束ごとを決める。
- 第 5 回: ものさしは三つ ── 正確さ・伝わりやすさ・釣り合い ── 資材づくりの実力を測る三つの尺度を定義し、それぞれを四段階で採点する。正確さは床、伝わりやすさは天井へ届く力、釣り合いは過不足の調整。
- 第 6 回 (本回): レベルをどう決めるか ── 出典に戻れるかが上限 ── 出典に戻れない作は、どんなに見せ方がうまくても水準を上げられない。接地が天井を決める。
- 第 7 回: どんな成果物が見えたら、どのレベルか ── 作成者の力を、目に見える成果物と行動の型からL1〜L4で読み分けるアンカー表。
- 第 8 回: その判定を、どこまで信じていいか ── つくり手の力をレベル判定するとき、その判定がどれだけ確かかは「証拠が目に見えるか」で決まる。見えにくい力ほど判定はぶれる。ぶれを認め、確からしさごと扱う回。
- 第 9 回: 本人だけでなく、審査者・発注者の評価も合わせる ── 本人・審査者・発注者・AIの四つの目を重ねると、本人には見えない「語らなかった逸脱」が浮かび上がる。
- 第 10 回 (最終回): 測った結果を、合否と育成計画につなげる ── 出した点数を、合否の床と次に伸ばす力の計画につなぐ最終回。
レベルを決める手順は、見せ方の巧みさから始めない。まず主張を出典に戻せるかを試し、戻れない作は上の段に上げない。接地が天井を決め、g=0は掛け算のゼロのように総合を引き下げる。これは厳しさのためではなく、説得力ある誤認 ── 最も危険な低忠実×高設計 ── を関門で止めるためだ。
そして評価は断罪で終わらせない。どこで接地が切れたかを言葉で残せば、作り手は次に同じ場面で立ち止まれる。出典に戻れるかは、レベルの天井であると同時に、育成の出発点になる。
- 接地が天井を決める.出典に戻せない作は、伝え方が巧みでも上の段に上げない。土台がなければ二階は建てない。
- g=0は掛け算のゼロ.接地が0なら訴求設計が満点でも総合は上がらない。接地は加点でなく通過必須の関門に置く。
- 評価は育成の出発点.どこで接地が切れたかを言葉で残せば、作り手は次に同じ言い切りの手前で立ち止まれる。
- 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
- 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 適正な情報提供の範囲と出典明示の考え方。
- 日本製薬工業協会. 製薬協コード・オブ・プラクティス. 科学的根拠に基づく情報提供と公正性の原則。
- 医薬品等適正広告基準(薬機法第66条・第68条関連). 誇大広告の禁止と未承認効能の標榜禁止。言い切り・誇張の判断基準。