資料をつくる人の中には、いつも二つの声がいる。一つは「もっと強く言いたい」という売りたい気持ち。もう一つは「事実から離れていないか」という正確の声。よい資材は、この二つを争わせず、片方にブレーキを踏ませながらもう片方を最大まで伸ばす。今回は、誇張に頼らずに伝わる強さをつくる「訴求設計力」を見ていく。

アクセルとブレーキを同じ足で踏む

運転免許を取るとき、最初に体で覚えるのは、アクセルとブレーキを同じ右足で踏み替えることだ。速く走りたい気持ちと、止まる安全。この二つは別々の人がやるのではなく、一人の足が受け持つ。資材をつくる人も同じだ。「もっと売りたい(伝えたい)」というアクセルと、「事実から外れてはいけない」というブレーキを、同じ一人が同時に握る。

ここで言う「訴求(そきゅう)」とは、相手の心に届くように伝えること、つまり「響く言い方」のことだ。訴求が弱ければ、正しいのに誰も読まない資料になる。訴求が強すぎて事実を超えれば、説得力のある誤解、つまり一番危ない資料になる。第4回で釣り合いを、第5回で誤解の先回りを見てきた。今回はその先、「正確という枠を守ったまま、どこまで強く届かせられるか」を扱う。

訴求はアクセル、正確はブレーキ。別々の人ではなく、つくり手一人が両方の足を持つ。ブレーキの利かないアクセルは事故を起こす。

大事なのは順番だ。先にブレーキ(事実の範囲)を決め、その内側でアクセルを最大まで踏む。逆に「強い言葉ありき」で書き、あとから事実に合わせて削るやり方は、たいてい削りきれずに誇張が残る。枠を先、強さは後。これが訴求設計の土台になる。

「強い言葉」より「正確な強さ」

料理人を思い浮かべてほしい。腕のいい人は、味を濃くするために塩をどんどん足したりしない。素材そのものの持ち味を引き出し、出汁(だし)で旨みを重ねる。塩を足すのは誰でもできる手っ取り早い方法だが、それは素材の質をごまかしているだけだ。資材の言葉も同じで、「画期的」「圧倒的」といった強い形容詞は、塩を足すのと同じ安易さがある。

誇張に頼らない説得には、いくつかの定番の手がある。一つ目は「具体と数字」。たとえば「多くの患者さんで」より「100人中およそ70人で」のほうが、強い形容詞を使わずに強く届く。事実に根ざしているぶん、ブレーキも利いている。二つ目は「条件を添えた言い切り」。「効きます」ではなく「この使い方で、この期間に、こういう人で確かめられた」と条件を付けると、弱くなるどころか信頼が増す。条件は逃げではなく、誠実さの証だからだ。

場面誇張に寄った言い方(危ない)正確な強さ(本道)
効果の伝え方「圧倒的な効果を実感」「承認された範囲で、◯週後にこの指標が改善した」
対象の広さ「あらゆる患者さんに」「この条件にあてはまる患者さんに」
比較の出し方「他のどれよりも優れる」「この試験では、この相手と比べてこの差だった」
安心感の出し方「副作用の心配なし」「主な副作用はこれ。頻度と対処はこう」

右の列は一見おとなしく見える。だが読み手の医療者にとっては、右のほうが判断に使える「強い情報」だ。強さとは音量ではなく、相手の行動を支えられるかどうかで決まる。

枠の中で工夫する ── 設計の自由は消えない

校正刷り(こうせいずり)を思い浮かべてほしい。印刷前の試し刷りには、文字数や枠の大きさという動かせない制約がある。腕のいい編集者は、その枠を「窮屈だ」と嘆くのではなく、枠があるからこそ言葉を選び抜く。制約は自由の敵ではなく、工夫を引き出す壁打ちの相手だ。

正確という枠も同じだ。「事実から出てはいけない」という制約は、訴求の自由を奪うように見えて、実は工夫の余地をはっきりさせてくれる。事実は変えられない。だが、どの事実を先に出すか(順番)、何にたとえるか(比喩)、どこを大きく見せるか(レイアウト)、誰の言葉で語るか(語り手)は、つくり手の設計に委ねられている。ここが訴求設計力の腕の見せどころだ。

事実は動かせない。だが「並べ方・たとえ方・見せ方・語り方」は設計できる。訴求の自由は、事実の外ではなく事実の内側に、たっぷりある。

たとえば、同じデータでも、患者さんが一番気にする生活の場面(「階段が上れるか」)から語り出すか、数値の表から入るかで、届き方はまるで違う。どちらも事実に忠実でありながら、設計次第で到達はまったく変わる。枠の中で工夫し尽くす。これがL3(なぜを理解して応用する段階)以上のつくり手がやっていることだ。

非代償の床 ── うまさで穴は埋められない

健康診断を思い出してほしい。問診票の書き方がどれだけ丁寧でも、血液検査の数値が基準を外れていれば「異常なし」にはならない。書類の見栄えで検査値の穴は埋められない。これを「非代償(ひだいしょう)」、つまり別のもので埋め合わせがきかない関係という。

訴求と正確の関係も、まさに非代償だ。どれだけ訴求設計がうまくても、出典(承認された根拠)に戻れない主張があれば、その資料は不合格になる。うまさは加点だが、接地(事実に紐づくこと)は床であり、床が抜けていれば加点は意味をなさない。第1回からくり返してきた合否の論理が、ここで訴求の話と重なる。

つくり手のタイプ訴求設計(到達)出典接地(忠実)評価
正しいが届かない惜しい。床はあるが伸びしろ
危ない売り込み最も危険。説得力ある誤認
本道合格かつ卓越

表のまん中、「高い訴求×低い忠実」が最も危ないことに注目してほしい。訴求が下手な人は、間違っていても誰も信じないから被害が小さい。だが訴求がうまい人が事実を超えると、読み手は信じてしまう。だからこそ、うまい人ほど自分のブレーキを強く点検しなければならない。力は、床があってはじめて誇れる。

段階で見る訴求設計力

運転免許に仮免から本免、そしてベテランへの道があるように、訴求設計力にも段階がある。第2回で示したL1〜L4の物差しを、この力にあてはめてみる。

段階訴求設計力のすがた
L1 その案件だけ言われた強い言葉をそのまま使う。なぜ強いか・なぜ危ないかは考えていない
L2 型を再現「具体と数字で言う」「条件を添える」といった型を覚えて使える
L3 なぜを応用読み手や場面に合わせ、枠の中で順番・比喩・見せ方を設計できる
L4 仕組みを設計誇張に頼らない訴求の作法を言語化し、チームの標準や点検表にして広げる

L2までは「強くしない技術」に見えるかもしれない。だがL3、L4に進むほど、訴求設計は「正確のまま、いかに強く届かせるか」という攻めの技術に変わっていく。守りと攻めは、同じ床の上で両立する。

良い資材をつくる人の力 ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 本質の問い ── つくる人は「正しさ」と「伝わりやすさ」の両方を背負う ── 資材をつくる人は事実への忠実さと伝える設計力を同時に背負う、という本シリーズの出発点を平易に描く序論。
  2. 第 2 回: 二軸で力を見る ── 「事実への忠実さ」×「伝える工夫」 ── 資材をつくる力を「事実への忠実さ」と「伝える設計力」の二軸で並べ、四つの型に分ける。最も危ないのは説得力だけ高い誤認。忠実さが設計の上限を決める。
  3. 第 3 回: 出典に必ず戻る力 ── すべての主張を承認された根拠に紐づける ── 資材の一つひとつの数字・図・言い回しを、承認された元データまでさかのぼれるかを問う回。孫引きと脚色を見つけ、接地(事実への忠実さ)の床を固める力を扱う。
  4. 第 4 回: 釣り合いを設計する力 ── 効果と副作用を同じ重さで ── 良い面と注意点を、配置・文字量・視線の流れで同じ重さに保つ設計の力。
  5. 第 5 回: 誤解を先回りする力 ── 読み手がどう読み違えるかを想像する ── 資材を出す前に、相手がどこで読み違えるかを先に見つけて防ぐ力。
  6. 第 6 回 (本回): 訴求と正確の両立 ── 売りたい気持ちに事実のブレーキをかける ── 正確という枠の中で、誇張に頼らず最大限に届かせる訴求設計力。事実のブレーキを利かせながら、伝わる強さをつくる第6の力を扱う。
  7. 第 7 回: 規制を形に翻訳する力 ── ルールを「禁止」で終わらせず設計に変える ── 規制を「やってはいけない一覧」として丸暗記するのではなく、なぜその規制があるのかを読み解き、資材づくりの設計指針に変える力を四段階で扱う。
  8. 第 8 回: 自分で先に審査する力 ── 出す前に、自分が一番きびしい審査者になる ── 提出前に自分の作を疑い、社内審査より先に自分が一番きびしい審査者になる力。
  9. 第 9 回: 指摘を受け止める力 ── 差し戻しを「否定」でなく「精度」に変える ── 差し戻しは人格否定ではなく資材の精度を上げる情報。感情と事実を切り分け、指摘を次の標準に変える力。
  10. 第 10 回 (最終回): 信頼を積む ── 「この人の資料は安心」へ、そして力の統合 ── 信頼は一回の出来栄えではなく、積み重ねでできる。「この人の資料なら出典に戻れる」という安心が審査者や発注者に貯まると、確認の手間が減り、8つの力が一つの仕事として回りだす。最終回。
結語

訴求と正確は、争う二つではない。同じ一人が、先にブレーキ(事実の枠)を決め、その内側でアクセル(伝わる強さ)を踏み切る関係だ。強さは音量ではなく、相手の判断を支えられるかで決まる。だから「画期的」と叫ぶより、「100人中およそ70人で」と具体に立つほうが、たいてい強い。

そして忘れてはならない床がある。どれだけ訴求がうまくても、出典に戻れない主張は不合格になる。うまさで穴は埋められない。次の第7回では、この「枠」そのもの、つまり規制というルールを「禁止」で終わらせず設計の言葉に翻訳する力を見ていく。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 枠が先、強さは後. 事実の範囲というブレーキを先に決め、その内側で訴求というアクセルを最大まで踏む。強い言葉から書くと誇張が残る。
  2. 強さは音量でなく有用性. 「画期的」より「100人中およそ70人で」。具体・数字・条件は、誇張に頼らず相手の判断を支える本当の強さになる。
  3. 接地は非代償の床. 訴求のうまさで出典の穴は埋められない。高訴求×低忠実=説得力ある誤認が最も危険。うまい人ほどブレーキを点検する。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省「医薬品等適正広告基準」および関連通知 ── 誇大広告の禁止や効能・効果の表現範囲に関する公的な考え方の一般的参照。
  2. 日本製薬工業協会「医療用医薬品プロモーションコード」 ── 正確・公正な情報提供のあり方を示す業界自主基準の一般的参照。
  3. 行動評価面接(BEI)およびSTAR法(Situation-Task-Action-Result)に関する一般的解説 ── 行動事実に基づいて能力を見立てる評価手法の標準的記述。
  4. コンピテンシー評価に関する教科書的文献 ── 力を段階(レベル)で記述・評価する考え方の一般的参照。