前回は、依頼が成果物になるまでの道筋を順にたどった。今回はその成果物を一枚の紙として眺めるのをやめ、二つの目盛りに置き換えて見る。一つは「事実からズレていないか」、もう一つは「相手にちゃんと届くか」。この二つに分けて読むと、上手い下手の正体が見えてくる。
一枚の成果物を、二つの目盛りに分けて読む
健康診断を思い出してほしい。医師は「なんとなく元気そうですね」では済ませない。身長、体重、血圧、血糖値と、別々の目盛りに分けて測る。一つの印象を、いくつかの数字に翻訳する。資材を見るときも同じだ。「よくできた資料だね」という一言の感想を、ここでは二つの目盛りに翻訳する。
一つ目は「事実への忠実さ」。ここでは、書いてある主張が元の出典(臨床試験の結果や添付文書などの根拠)からズレていないか、という意味で使う。出典に戻ったとき、同じことが書いてあるか。これを「接地(せっち)」と呼ぶ。地面に足がついているか、という意味だ。二つ目は「伝える工夫」。同じ事実でも、相手が誤解せず、必要な情報にたどり着けるよう組み立てる力を指す。これを「設計力」と呼ぶ。読み手という相手まで届くか、という意味で「到達」とも言う。
成果物は一枚の紙に見えるが、中には二つの別々の力が刻まれている。「事実からズレていないか(接地)」と「相手に届くか(到達)」。この二つを分けて読むのが、第3回の作業だ。
なぜ分けるのか。一緒くたにすると、見栄えの良さに引きずられて、中身のズレを見落とすからだ。逆に、地味だが正確な仕事を「つまらない」と切り捨ててしまう。二つに分けて初めて、どちらが強くてどちらが弱いのかが言える。
四つの組み合わせ ── 同じ「上手そう」でも中身は違う
運転免許を考えてみよう。事故を起こさない安全運転と、目的地まで迷わず連れていく案内のうまさは、別の能力だ。両方できる人もいれば、安全だが道に迷う人、飛ばすが事故りそうな人もいる。資材も、忠実さと設計力を高い低いで組み合わせると、四つの型に分かれる。
| 型 | 忠実さ(接地) | 設計力(到達) | 成果物に出るサイン |
|---|---|---|---|
| 危ない素人 | 低い | 低い | 根拠もあいまい、読みにくい。出典に戻れず、話も散らかっている |
| 正しいが届かない | 高い | 低い | 事実は出典通りだが、字が詰まり要点が埋もれ、読み手が拾えない |
| 危ない売り込み | 低い | 高い | 見栄えと説得力は高いが、出典に戻ると言い過ぎ・すり替えがある。最も危険 |
| 本道 | 高い | 高い | 出典通りで、なおかつ相手が誤解せず要点に届く |
ここで一番こわいのが「危ない売り込み」だ。見た目が上手なので、ぱっと見では「本道」と区別がつかない。たとえば、効果を示すグラフだけ大きく載せて、効かなかった人の割合や副作用の注意を小さく端へ追いやる。一つひとつの言葉はウソではなくても、全体として読み手が「効く薬だ」と強く思い込む。これが「説得力のある誤認」だ。設計力が高いほど、ズレを隠す力も高くなる。だから設計力だけで評価してはいけない。
忠実さが、設計力の上限を決める
料理を思い出してほしい。腐った材料をどんなに名人が調理しても、出てくるのは見栄えの良い危険な皿だ。盛りつけ(設計)の腕は、材料(事実)が安全な範囲でしか意味を持たない。資材も同じで、事実がズレていたら、伝える工夫が上手いほど害が大きくなる。忠実さは、設計力が活きる天井を決める。
接地が天井を決める。出典からズレた主張の上にどれだけ上手い設計を積んでも、点数は伸びない。むしろ、上手いほど誤認が広がるので危険が増す。
だから読み取りの順番が大事になる。先に設計の上手さに目を奪われてはいけない。まず「この主張は出典に戻れるか」を確かめ、そのうえで「届け方は適切か」を見る。床(必ず満たすべき条件)と、総合点(どれだけ優れているか)を分けて考える、という第6回・第5回につながる発想の土台が、ここにある。順番を逆にすると、「危ない売り込み」を高評価してしまう。
報告された逸脱から、低忠実のサインを覚える
空港の手荷物検査を思い出してほしい。係員は怪しい人を顔つきで選んでいるのではない。X線に映った形を見て、危険物の「典型的な影」を覚えているから止められる。低忠実のサインも同じで、典型を先に知っておくと、現物の資材で気づける。厚生労働省の監視事業で実際に指摘された例を、典型として並べてみよう。社名はどの報告でも伏せられているので、ここでも「報告された事例では」と一般化して引く。
報告された事例では、あるグラフで、製品情報概要(正式な説明資料)の縦軸は正常なのに、説明スライドだけ縦軸の一部を引き伸ばし、二つの薬の差を実際より大きく見せていた。別の事例では、生存している割合を示す曲線で、本来0.8から始めるべき縦軸を0から始め、二剤に差がないように見せた。主要評価項目(その試験で最初に約束した一番の指標)は資料も用意せず、有意差(偶然では説明しにくい差)が出た副次的な結果だけを説明した例もある。日本人のグループでは差がないのに「差が出ている」と述べ、指摘されると「教授も問題ないと言っている」と権威に逃げた。わずか9例(4例 対 5例)で、統計の処理もないグラフから効果を主張した例もあった。どれも、伝える工夫ではなく、忠実さを削った跡だ。
こうしたズレの裏では、作り手の心理が働く。本人に嘘をついている自覚がない、というのが一番こわい。下の表は、報告された跡と、その背後で働く心理、そしてそれを止める力を並べたものだ。
| 成果物に残った跡 | 背後で働く心理 | 止める力 |
|---|---|---|
| 縦軸の一部を拡大/0始まりに変える | 動機づけられた推論(売りたい結論に、データの見せ方が引っ張られる) | 出典接地力 ── 元のグラフに戻れるか |
| 主要評価項目を出さず副次だけ説明 | 不作為の罪(語らないことで自分を守る) | 自己審査力 ── 出す前に自分で点検する |
| 「教授も問題ないと言っている」 | 責任の外部化(権威に判断を預ける) | 出典接地力 ── 根拠を人でなく資料に戻す |
| 9例で統計もなく効果を主張 | 局所合理化(今回だけ、これで十分と思う) | 釣り合い設計力 ── データの強さに見合う主張に絞る |
表の右端を見てほしい。低忠実のサインは、設計の上手さでは決して打ち消せない。止めるのはいつも「出典に戻れるか」という接地の力だ。だから測る側は、跡を見つけたとき作り手の人柄を責めるのではなく、二つの軸のうち縦(忠実さ)を一段下げて記録する。これらは特別な悪人の所業ではなく、圧力のかかった普通の作り手が陥る回路だからこそ、自分の中の同じ回路を見張るための符号化が要る。
成果物のどこを見て、二軸に符号化するか
校正刷り(印刷前の確認用ゲラ)を赤ペンでチェックする場面を思い浮かべてほしい。校正者は感想を書かない。「ここは原文と違う」「ここは読点がないと読み違える」と、具体的な箇所を指さす。二軸への符号化も同じで、印象でなく成果物の中の手がかりを指さして決める。
忠実さ(接地)を読む手がかりは、主張と出典の距離だ。グラフや数字が元データと一致するか。「改善する」と書いてある根拠が、本当にその試験で示されているか。条件(対象の患者、期間、用量)を省いて広げて言っていないか。出典に戻れる注記や参照がついているか。逆に、断定が強いのに根拠が薄い箇所は、接地が浮いているサインだ。
設計力(到達)を読む手がかりは、読み手の動きやすさだ。要点が最初に来ているか。専門語に言い換えや説明があるか。注意・リスク情報が、本文と釣り合った大きさと位置にあるか。図表が誤解を生む強調をしていないか。下の表は、同じ箇所をどちらの軸で見るかを整理したものだ。
| 成果物の中で見る所 | 忠実さ(接地)として読むと | 設計力(到達)として読むと |
|---|---|---|
| 効果を示すグラフ | 元データと数値・条件が一致するか | 効いた面だけ強調していないか、軸の取り方は公平か |
| 副作用・注意の記載 | 添付文書などの内容と食い違いがないか | 本文と釣り合う大きさ・位置で、読み手が気づけるか |
| キャッチコピー | 言い過ぎ・条件の省略で出典を超えていないか | 短く正確に要点が伝わるか、誤読を招かないか |
大事なのは、同じ一箇所を二つの目で見ることだ。一つの強調表現が、接地の目で見れば「言い過ぎ(ズレ)」、到達の目で見れば「上手い見せ方」と、別々に評価される。この二重の読みができて初めて、「上手いのにズレている」という最も危険な型を、見逃さずに捕まえられる。
つくった資材と行動から実力を測る ── 全 10 回の地図
- 第 1 回: 印象や自己申告でなく、実際につくった資材で測る ── 資材作成者の力は、本人の自己申告や周囲の印象でなく、実際につくった成果物と出したときの行動から測る。
- 第 2 回: どんな依頼を、どう形にしたかを順にたどる ── 印象や記憶ではなく、実際の制作の流れ──どんな依頼で、何を考え、どう手を動かし、何ができたか──を順番に聴き取り、行動の証拠から作成者の力を読み取る回。
- 第 3 回 (本回): その仕事から「事実への忠実さ」と「伝える工夫」を読み取る ── つくった資材を、事実からズレていないか(忠実さ)と、相手に届くか(設計力)の二つの軸に置き換えて見る。印象でなく、成果物の中の手がかりから読み取る回。
- 第 4 回: 正しく測るための約束ごと ── 作り手の実力を測るとき、測る側がズレないための6つの約束ごとを決める。
- 第 5 回: ものさしは三つ ── 正確さ・伝わりやすさ・釣り合い ── 資材づくりの実力を測る三つの尺度を定義し、それぞれを四段階で採点する。正確さは床、伝わりやすさは天井へ届く力、釣り合いは過不足の調整。
- 第 6 回: レベルをどう決めるか ── 出典に戻れるかが上限 ── 出典に戻れない作は、どんなに見せ方がうまくても水準を上げられない。接地が天井を決める。
- 第 7 回: どんな成果物が見えたら、どのレベルか ── 作成者の力を、目に見える成果物と行動の型からL1〜L4で読み分けるアンカー表。
- 第 8 回: その判定を、どこまで信じていいか ── つくり手の力をレベル判定するとき、その判定がどれだけ確かかは「証拠が目に見えるか」で決まる。見えにくい力ほど判定はぶれる。ぶれを認め、確からしさごと扱う回。
- 第 9 回: 本人だけでなく、審査者・発注者の評価も合わせる ── 本人・審査者・発注者・AIの四つの目を重ねると、本人には見えない「語らなかった逸脱」が浮かび上がる。
- 第 10 回 (最終回): 測った結果を、合否と育成計画につなげる ── 出した点数を、合否の床と次に伸ばす力の計画につなぐ最終回。
成果物を二つの目盛りに分ける作業は、感想を測定に変える第一歩だ。「上手そう」を、忠実さ(出典に戻れるか)と設計力(相手に届くか)に分解し、四つの型に置く。そこで一番気をつけるのは、見栄えの良さで中身のズレを見逃さないことだ。
次回は、この読み取りを誰がやっても同じ結果になるようにするための約束ごとを扱う。同じ成果物を見て評価がバラつかないよう、何を手がかりにし、何を見ないと決めるのか。二軸という共通の目盛りを、共通のものさしへと固めていく。
- 一枚を二軸に分ける. 成果物の「上手そう」を、事実への忠実さ(接地=出典に戻れるか)と伝える工夫(到達=相手に届くか)の二つの目盛りに翻訳して読む。
- 四つの型で最も危険は高設計×低忠実. 見栄えが良いほどズレを隠せる「説得力のある誤認」が生まれる。設計力だけで評価しない。
- 接地が天井を決める. 事実がズレていれば工夫が上手いほど害が増す。先に出典に戻れるかを確かめ、床と総合点を分けて読む。
- 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
- 厚生労働省「医薬品等適正広告基準」── 効能効果や安全性の表現が事実に基づくべきこと、誇大・誤認を招く表現を避けるべきことの一般的な考え方。
- 日本製薬工業協会「プロモーションコード」── 医療用医薬品の情報提供が正確・公平・客観的であるべきとする業界の一般的な行動基準。
- 行動評価面接(BEI)およびSTAR法の一般的解説 ── 印象でなく具体的な行動・成果物の事実から能力を読み取る評価手法の考え方。
- コンピテンシー評価に関する教科書的文献 ── 観察可能な行動指標(behavioral indicators)を用いて能力を段階的に判定する一般的枠組み。