失敗には軽いものと重いものがある。誤字は直せるが、間違った理解は患者の体に残る。この回は、説得力のある誤認が地味な正しさよりずっと重いという、害の非対称性を扱う。

同じ「失敗」でも重さが違う ── 空港の検査に置きかえる

空港の手荷物検査を思い出してほしい。検査員が水のペットボトルを没収し忘れても、たいていは何も起きない。だが拳銃を見逃せば、機内で人が死ぬかもしれない。同じ「見逃し」でも、後に残る害の大きさはまるで違う。これを害の非対称性と呼ぶ。害の非対称性とは、起きたときのダメージが片方だけ極端に大きい、というかたよりのことだ。

製薬資材の失敗も同じだ。文字が小さい、図が見にくい、説明がくどい ── こうした失敗は地味で、読み手をいらつかせる。だが直せばすむ。一方で、データの見せ方をいじって医師に「この薬は効く」と誤って信じさせる失敗は、直したころには処方が動いてしまっている。患者の体に結果が残る。だから採否を決める人は、二種類の失敗を同じ重さで数えてはいけない。

軸を動かす ── 料理写真の盛りすぎ

飲食店のメニュー写真を思い出してほしい。料理を大きく、湯気を立てて、つやを足して撮る。実物より少し良く見せる。ここまでなら誰もが許す。だが、別の店の料理を撮ってきて自分の看板料理だと出したら、それは詐欺だ。見せ方の工夫と、事実のすり替えのあいだには、はっきりした線がある。

報告された事例では、この線が踏み越えられていた。ある主要評価項目(その試験でいちばん大事な、効くかどうかを決める指標)のグラフで、正式な製品情報概要では正常な目盛りだったのに、説明スライドだけ縦軸の一部を引き伸ばし、薬どうしの差を大きく見せていた。別の事例では、生存曲線(時間とともに生きている人の割合を示す線)の縦軸を、本来0.8から始めるべきところを0から始めて、二つの薬に差がないように見せた。数字は一つも書きかえていない。軸を動かしただけだ。だが受け取る医師の頭には、事実とは違う像が残る。

これは地味な失敗ではない。むしろ巧みだからこそ重い。読みにくい資料なら医師は「わかりにくいな」と身構える。だが軸を整えた美しいグラフは、疑う隙を与えずに誤った理解を届けてしまう。

なぜ作り手はやってしまうのか ── 自分では嘘と思っていない

こわいのは、こうした作り手の多くが「自分は嘘をついた」とは思っていない点だ。背後で四つの心理が働く。順に見ていく。

一つめは動機づけられた推論。売りたいという結論が先にあると、データの読み方も見せ方も、知らないうちにその結論へ引っぱられる。軸を動かした本人は「差を見やすくしただけ」と本気で思っている。二つめは局所合理化。「このスライドだけ」「今回だけ」と、全体は正しいのに一点だけ逸脱する。製品情報概要は正常な軸だったのに、説明スライドだけ動かした事例がまさにこれだ。三つめは不作為の罪。主要評価項目の資料を用意せず、有意差(偶然では説明しにくいほどのはっきりした差)の出た副次的な項目だけを説明する。語らないことで逃げる。四つめは責任の外部化。日本人の集団で差が出ていないのに「差が出ている」と説明し、指摘されると「教授も問題ないと言っている」と権威に責任を預ける。

実際の指摘事例背後の心理止める力
説明スライドだけ縦軸を引き伸ばし差を大きく見せた局所合理化(ここだけ)自己審査力
生存曲線の軸を0始まりにして差を消した動機づけられた推論出典接地力
主要評価項目を示さず有意差の出た副次項目だけ説明不作為の罪釣り合い設計力
サブグループで差がないのに「差が出ている」と権威を借りた責任の外部化誤認予測力

地味で正しい資材を低く見ない ── 健康診断のたとえ

健康診断を思い出してほしい。検査結果の紙は地味だ。色も飾りもなく、数字が並ぶだけ。だがその地味な紙は、あなたの体を正しく映している。一方、見栄えのいいサプリの広告は美しいが、あなたの体の事実とは限らない。どちらを信じて暮らすべきかは、考えるまでもない。

資材も同じだ。高忠実×低設計、つまり事実には正しいが伝え方が下手な資材は、たしかに物足りない。図は野暮ったく、要点もつかみにくい。だが、そこに書かれていることは出典に戻れば確かめられる。設計力は後から教えて伸ばせる。読みやすさは研修で直せる。

これに対し、低忠実×高設計 ── 事実はズレているのに見せ方だけ巧みな資材は、最も危険だ。本セクションが繰り返す二軸でいえば、事実への忠実さ(接地)が伝える設計力(到達)の上限を決める。接地が天井なのだ。設計がいくら高くても、土台の事実がズレていれば、その巧みさはまるごと誤認を運ぶ力に変わる。だから「地味だが正しい人」を「うまいが危うい人」より低く置く評価は、順序が逆さまだ。

採否では重さで分けて測る ── 運転免許の発想

運転免許を思い出してほしい。縦列駐車が下手でも免許は取れる。だが一時停止を無視する人には免許を渡さない。下手さは練習で直るが、止まるべき所で止まらない癖は人を轢く。だから試験は、項目ごとに重さを変えて測る。

資材の作り手を見極めるときも同じ発想がいる。読みやすさや図の美しさは、足りなくても後で伸ばせる加点項目だ。だが事実をズラさないこと ── 出典に戻れること、釣り合いを崩さないこと ── は、欠けた瞬間に不合格になる必要条件だ。これを非代償ゲートと呼ぶ。非代償ゲートとは、ほかの長所でその穴を埋めることを許さない関門のことだ。訴求のうまさで出典接地の穴は埋められない。

軽い失敗は加点で測り、重い失敗は床(必要条件)で測る。説得力のある誤認は、地味な正しさより必ず重い。

だから第2回の結論はこうだ。平均点で人を選んではいけない。地味で正しい作りを正当に評価し、巧みだが事実をズラす作りを、その巧みさゆえにむしろ強く退ける。害の非対称性を採否の物差しに組みこむこと ── それが、一人で資材を任せられる人を見分ける二つめの鍵になる。

一人で任せられる作成者の見分け方 ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 一人で任せていい作成者の見分け方 ── うまさの平均では決めない ── 独り立ちの可否は8つの力の平均点ではなく、出典に戻れるかという床で決める。
  2. 第 2 回 (本回): 事実をズラす作成は、地味な失敗よりずっと重い ── 見栄えの悪い正しい資材より、説得力のある誤認を生む資材のほうが、害がはるかに大きい。
  3. 第 3 回: 表現が巧みな人ほど、誤認を生んでも気づかれない ── 巧みな見せ方は誤認をもっともらしく覆い隠す。だから巧い作り手ほど審査の目をすり抜けやすい。
  4. 第 4 回: どれか一つでもだめなら不合格 ── 訴求力で穴は埋められない ── 独立して資材を作らせてよい水準は、得点の平均ではなく「どれか一つでも欠けたら不合格」という床で決める。訴求のうまさで出典の穴は埋められない。
  5. 第 5 回: 「出典に戻れるか」だけは特に高く求める ── 出典に戻れることは、訴求のうまさで埋められない絶対の床。ここだけは妥協しない。
  6. 第 6 回: きれいに作れることと、正しく作れることは違う ── 見た目の完成度と、出典への忠実さは別の力。きれいさで正しさを判定すると、最も危険な誤りを見逃す。
  7. 第 7 回: 「自分の資料は問題ない」と思い込む人は任せられない ── 自己評価と実力の差(乖離)を、訴求力とは別の独立した門として測る回。
  8. 第 8 回: 四つの関門 ── 下書き→自己審査→出典照合→釣り合い確認 ── 資材を一人で出せる人かどうかを、四つの関門を順に通れるかで見分ける。
  9. 第 9 回: 同じ基準で三人を見る ── 売り上手・正確職人・地味だが信頼できる人 ── 三つの典型を同じ床(出典に戻れるか)で並べ、平均点でなく非代償ゲートで合否を分ける物語。
  10. 第 10 回 (最終回): 合否を決める人の責任 ── お手本をそろえ、最後は人が決める ── 合否を決める人は、基準を言葉だけでなく実物のお手本でそろえ、機械任せにせず最後は自分の名前で判断する。
結語

失敗を平らにならして数えると、巧みな誤認が地味な正しさより高く評価されてしまう。それは順序が逆だ。軸をいじって美しく差を見せる作りは、読みにくいだけの作りより、はるかに深く相手をだます。

だから採否では二種類の失敗を分けて測る。軽い失敗は加点で見て、事実をズラす重い失敗は床で見る。説得力のうまさで出典の穴は埋められない ── この一点を物差しに据えることが、一人で資材を任せられる人を見分ける土台になる。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 害は非対称。読みにくいだけの失敗は直せるが、事実をズラして誤った理解を植えつける失敗は、患者の体に結果が残る。同じ重さで数えてはいけない。
  2. 巧みさは免罪符でない。軸を引き伸ばし生存曲線を0始まりにする作りは、数字を書きかえずとも誤認を運ぶ。美しいぶん疑う隙を与えず、むしろ重い。
  3. 接地が天井。事実への忠実さが設計力の上限を決める。訴求のうまさで出典接地の穴は埋められないため、重い失敗は床(必要条件)で測る。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
  2. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 適正な情報提供の範囲と逸脱の考え方の基礎資料。
  3. 厚生労働省. 医薬品等適正広告基準. 誇大・誤認を招く表現の禁止に関する基準。
  4. 日本製薬工業協会. 製薬協コード・オブ・プラクティス. 公正なプロモーションの自主基準。
  5. 薬機法 第66条・第68条. 誇大広告の禁止(66条)および未承認医薬品の広告禁止(68条)の条文。