「私は事実に忠実です」と言う人ほど、つくった資材を見ると軸をいじっていることがある。言葉は嘘をつけるが、成果物は嘘をつきにくい。だから力は、印象や自己申告でなく、実際につくった資材と、それを出したときの行動から測る。

健康診断は「元気です」では合格にならない

健康診断を思い出してほしい。受診者が「私は健康です」と申告しても、それで合格にはならない。血圧を測り、血液を採り、数値を見る。理由は単純で、本人の感覚は当てにならないからだ。本当に体に異常がある人ほど「いつも通り元気だ」と感じていることがある。

資材作成者の力を測るのも、これと同じだ。「私は出典に忠実です」「分かりやすく伝えられます」という自己申告は、健康診断でいえば「元気です」にあたる。聞くべきは言葉でなく、つくった資材という数値である。資材は、つくり手が何を大事にし、どこで気を抜いたかを、本人の意図より正直に語る。

言葉は嘘をつける、成果物はつきにくい

面接で「事実を曲げたことはありません」と答えるのは簡単だ。本人もそう信じている。だが、つくった製品情報概要(医師に渡す製品の要点をまとめた冊子)を開くと、主要評価項目(その試験で一番大事だと最初に決めた指標)のグラフだけ縦軸が途中から始まっていて、わずかな差が大きく見える──こういうことが起きる。

ここで大事なのは、本人に「だました」自覚がない場合が多いという点だ。報告された事例では、生存曲線(時間とともに生きている人の割合を示す線)の縦軸を本来0.8から始めるべきところ0から始め、2つの薬に差がないように見せていた。指摘されるまで、つくった本人はそれを「見やすくしただけ」と考えていた。言葉では「忠実です」と言い、手は軸をいじっている。この食い違いは、言葉を聞いても分からない。資材を開いて、はじめて見える。

原則:評価の対象は「できると言ったか」でなく「何をつくったか」。言葉は意図を語り、成果物は実際を語る。両者がずれたら、成果物を信じる。

資材に読む、事実をズラす4つの心理

空港の手荷物検査を想像してほしい。検査員は旅行者の人柄を見ない。カバンの中身そのものをX線に通す。資材の評価も同じで、つくり手の人柄や熱意でなく、資材の中身に「事実がズレる兆候」が映っていないかを通す。報告された逸脱事例をたどると、その兆候は次の4つの心理に整理できる。

心理ドライバー資材に残る兆候(報告された事例)言葉だけでは見えない理由
動機づけられた推論(売りたい結論が先にある)有意差(偶然では説明しにくい差)の出た副次項目だけ説明し、主要項目の資料は用意しない本人は「大事な所を選んだ」と信じており、嘘の自覚がない
局所合理化(「ここだけ」)全体は正しい軸なのに、説明スライド1枚だけ縦軸を拡大して差を強調「全体は正しい」と本人が言うので、口頭では問題に見えない
不作為の罪(語らない)投与前の検査が必須なのに、概要には「検査を必要としない」とだけ書く「書いていないだけ」で、聞かれなければ表に出ない
責任の外部化(他人のせい)日本人の集団で差がないのに「差が出ている」と言い、指摘されると「教授も問題ないと言った」権威の名前は資料に残らず、口頭の弁解に逃げ込む

4つに共通するのは、どれも「悪人の犯行」ではないことだ。普通のつくり手が、売上の圧力や締め切りの下で、自分でも気づかないうちに滑り込む回路である。だから測る側は、人を疑うのでなく、資材という証拠を冷静に読む。

校正刷りを赤ペンで読むように、証拠を残す

印刷前の校正刷り(本番前の試し刷り)を思い浮かべてほしい。校正者は「たぶん大丈夫」では通さない。誤字や数字の食い違いを一つずつ赤ペンで指し、どの行が問題かを紙に残す。これがあとで「なぜ直したか」を説明できる証拠になる。

資材の評価も、印象を一言で述べて終わりにしない。「グラフの軸が途中から始まっている」「主要項目のデータが添付されていない」「検査が必須なのに不要と書いてある」と、資材の具体的な箇所を指し示す。自己申告と違い、これは誰が見ても同じ事実を確認できる。評価が人によってブレないのは、証拠が言葉でなく成果物に固定されているからだ。

行動も成果物の一部として見る

運転免許の試験を考えてみる。筆記で満点でも、路上で一時停止を無視すれば合格にはならない。実際の運転という「行動」が評価対象だからだ。資材作成者も同じで、できあがった紙だけでなく、出すときの行動が証拠になる。

報告された事例では、セミナーの発表者が誰も利益相反(その薬で得をする立場かどうか)を開示せず、理由を「求められなかったから」と説明した。これは紙の上の誤りではなく、出すときの行動の問題だ。聞かれるまで言わない、求められなければ開示しない──この「不作為」も、立派な証拠として記録する。つまり測るのは、完成物そのものと、それを世に出す一連の振る舞いの両方である。次回からは、この証拠主義のものさしを使って、依頼から完成までの過程を順にたどっていく。

つくった資材と行動から実力を測る ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回 (本回): 印象や自己申告でなく、実際につくった資材で測る ── 資材作成者の力は、本人の自己申告や周囲の印象でなく、実際につくった成果物と出したときの行動から測る。
  2. 第 2 回: どんな依頼を、どう形にしたかを順にたどる ── 印象や記憶ではなく、実際の制作の流れ──どんな依頼で、何を考え、どう手を動かし、何ができたか──を順番に聴き取り、行動の証拠から作成者の力を読み取る回。
  3. 第 3 回: その仕事から「事実への忠実さ」と「伝える工夫」を読み取る ── つくった資材を、事実からズレていないか(忠実さ)と、相手に届くか(設計力)の二つの軸に置き換えて見る。印象でなく、成果物の中の手がかりから読み取る回。
  4. 第 4 回: 正しく測るための約束ごと ── 作り手の実力を測るとき、測る側がズレないための6つの約束ごとを決める。
  5. 第 5 回: ものさしは三つ ── 正確さ・伝わりやすさ・釣り合い ── 資材づくりの実力を測る三つの尺度を定義し、それぞれを四段階で採点する。正確さは床、伝わりやすさは天井へ届く力、釣り合いは過不足の調整。
  6. 第 6 回: レベルをどう決めるか ── 出典に戻れるかが上限 ── 出典に戻れない作は、どんなに見せ方がうまくても水準を上げられない。接地が天井を決める。
  7. 第 7 回: どんな成果物が見えたら、どのレベルか ── 作成者の力を、目に見える成果物と行動の型からL1〜L4で読み分けるアンカー表。
  8. 第 8 回: その判定を、どこまで信じていいか ── つくり手の力をレベル判定するとき、その判定がどれだけ確かかは「証拠が目に見えるか」で決まる。見えにくい力ほど判定はぶれる。ぶれを認め、確からしさごと扱う回。
  9. 第 9 回: 本人だけでなく、審査者・発注者の評価も合わせる ── 本人・審査者・発注者・AIの四つの目を重ねると、本人には見えない「語らなかった逸脱」が浮かび上がる。
  10. 第 10 回 (最終回): 測った結果を、合否と育成計画につなげる ── 出した点数を、合否の床と次に伸ばす力の計画につなぐ最終回。
結語

力を測る出発点は、本人の言葉でも周囲の印象でもなく、つくった資材そのものに置く。資材は、軸の細工も、語らなかった禁忌も、添えなかった主要データも、つくり手の意図より正直に残している。

そして資材の中身には、4つの心理(売りたい結論が先、ここだけの合理化、語らない不作為、他人への責任転嫁)の兆候が映る。だから測る側は人を疑うのでなく、証拠を読む。次回は、その資材が「どんな依頼を、どう形にしたか」を順にたどる方法に進む。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 言葉でなく成果物を見る. 「忠実です」という自己申告は健康診断の「元気です」と同じ。測るのはつくった資材という数値で、言葉と成果物がずれたら成果物を信じる。
  2. 資材に4つの心理の兆候が映る. 売りたい結論が先(動機づけられた推論)、ここだけの細工(局所合理化)、語らない(不作為)、他人のせい(責任の外部化)。報告された逸脱事例はこの4回路に整理できる。
  3. 行動も証拠に含める. 完成した紙だけでなく、利益相反を「求められなかったから」開示しない等、出すときの振る舞いも記録する。証拠は誰が見ても同じ事実を確認できる。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
  2. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 製品情報概要やスライドで事実に基づく情報提供を求める基準。
  3. 日本製薬工業協会. 製薬協コード・オブ・プラクティス/医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領. グラフの軸や主要評価項目の扱いに関する自主基準。
  4. Spencer, L. M. & Spencer, S. M. Competence at Work(コンピテンシー評価の基礎理論). 自己申告でなく実際の行動・成果から能力を測る考え方の出典。