自分では「ちゃんと作った」と思っている。でも、主要評価項目をそっと外したことや、COIを言わなかったことは、本人の目からはまず見えない。だから一人の採点では足りない。本人・審査者・発注者・AI、立場の違う四つの目を重ねて、初めて「語らなかった逸脱」が見えてくる。

健康診断を一人の医師だけに頼らない

健康診断を思い出してほしい。採血する人、画像を読む人、最後に総合判定する医師。なぜ役割を分けるのか。一人だと見落とすからだ。レントゲンを撮った人が「異常なし」と思っても、別の読影医が小さな影に気づくことがある。資材(医師や患者に渡すパンフ・説明資料)を作る人の実力を測るのも同じだ。本人一人の採点では、必ず死角ができる。

このシリーズはここまで、作った成果物と行動の証拠から力を測ってきた。第8回では「その判定をどこまで信じていいか」を扱った。今回はもう一歩進める。一人の判定者ではなく、立場の違う複数の目を重ねる。本人・審査者(資材を点検する役)・発注者(仕事を頼んだ営業や企画)・AI(機械の下読み)の四つだ。重ねる狙いは、点数を平均してならすことではない。むしろ逆で、四つの目のズレそのものを情報として読む。

一致は安心の材料ではない。ズレこそが、一人では見えなかった逸脱の在りかを指し示す。

四つの目は、それぞれ違うものが見える

料理を出す場面でたとえる。作った本人は「味」を一番気にする。お客(発注者)は「注文どおりか、約束の時間に出たか」を見る。衛生検査官(審査者)は「ルールどおりの手順で作られたか」を見る。そして帳簿やレシート(AI・記録)は「材料の出どころ」を黙って記録している。同じ一皿でも、立っている場所で見えるものが違う。

資材作りに戻すと、四つの目はこう対応する。罫線表で並べる。

視点一番よく見えるもの構造的に見えにくいもの
本人込めた意図、工夫、伝えたかったこと自分が「語らなかったこと」(不作為)
審査者(資材を点検する人)規制・基準からの逸脱、表現の踏み外しその資材が現場でどう使われ、どう受け取られるか
発注者(依頼した営業や企画)依頼の狙いに合っているか、納期、使い勝手狙いに引っ張られた「売りたさ」のゆがみ(動機づけられた推論)
AI・記録(出典照合、版管理)出典との一致、過去版との差分、言い回しの危険語文脈、相手の事情、たとえ話の妥当性

大事なのは、どれか一つが偉いわけではない、という点だ。四つはそれぞれ得意と苦手を持つ。苦手を別の目が補う。これが「重ねる」の意味だ。

不作為は、本人の目には映らない

校正刷り(印刷前の試し刷り)を自分で何度読み返しても、自分が書き忘れた一行には気づきにくい。「書いたこと」は見えても、「書かなかったこと」は視界に入らないからだ。資材作りで一番怖い逸脱は、まさにこの不作為──語らない・示さない・聞かれるまで言わない、にある。

監視事業報告書で報告された事例を見ると、この型がはっきり出る。報告された事例では、主要評価項目(試験で一番大事な、あらかじめ決めた評価のものさし)は資料も用意せず、有意差(偶然では説明しにくい差)の出た副次評価項目だけを説明した、という指摘がある。別の事例では、セミナーの発表者が誰も利益相反(COI=発表者と製品の金銭的なつながり)を開示せず、理由を問われると「求められなかったから」と答えた。どちらも、本人の中では「嘘はついていない」。言っていないだけ、聞かれなかっただけ、なのだ。

この「言っていないだけ」を、本人の自己採点で捕まえるのは難しい。なぜなら本人は、自分が外したものの存在を意識から落としているからだ。ここで効くのが視点の重ね合わせだ。実事例を、四つの目で追ってみる。

逸脱(報告された事例)本人の自覚どの目が止めるか
主要評価項目を出さず、有意差の出た副次評価項目だけ説明「都合の良い方を選んだ」自覚は薄い(局所合理化)審査者=必須項目の抜けに気づく/AI=試験計画の主要項目と資料の差分を照合
発表者全員がCOI未開示。「求められなかったから」不作為なので本人視点では問題に見えない(責任の外部化)審査者=開示ルール照合/記録=開示欄が空である事実を機械的に検出
追加適応で非劣性データしかないのに、旧適応の比較で「優位」と説明「依頼の狙い=強く見せたい」に引っ張られる(動機づけられた推論)発注者の狙いを知る審査者=文脈すり替えを見抜く/本人=指摘されて初めて気づく

表からわかるのは、不作為や文脈すり替えは、本人視点ではほぼ素通りすること。そして審査者・記録・AIが、別の角度から同じ逸脱を捕まえること。一人なら見逃すものを、四つの目のどれかが拾う。

ズレを「ならす」のではなく「読む」

運転免許の試験で、教官の採点と本人の自己評価が食い違ったとする。平均して中間点を付けたら、何のための試験かわからない。大事なのは、なぜ食い違ったかを見ることだ。本人が「できた」と思った場面を教官が減点した。そこにこそ、本人の死角がある。

視点統合でも同じだ。四つの評価が一致したら、その項目はおおむね安心してよい。問題はズレた項目だ。ズレは三つの意味のどれかを持つ。第一に、本人の死角(不作為など本人に見えない逸脱)。第二に、審査者・AIの過剰反応(文脈を知らずに危険語と判定した、など)。第三に、評価のものさし自体のズレ(第5回の三つのものさし=正確さ・伝わりやすさ・釣り合い、のどれを重く見るかが人によって違う)。

四視点の役割は採点者を増やすことではない。ズレた一点を見つけ、それが死角か過剰反応かものさしの違いかを切り分けることにある。

切り分けの順番はこうする。まず、ズレた項目について出典に戻れるか(接地)を確認する。これは第6回・第8回で繰り返した絶対の床だ。出典に戻って本人の主張が支えられないなら、それは本人の死角=逸脱として確定する。逆に出典で支えられ、審査者の指摘が文脈の取り違えなら、審査者側の過剰反応として記録し、ものさしを補正する。AIの役割はここで明確だ。AIは出典との一致、過去版との差分、危険な言い回しを機械的に拾うのは速い。しかし文脈や相手の事情はわからない。だからAIの指摘は「人が確認する候補のリスト」として使い、最終判断は人が担う。

重ねた評価を、誰が束ねるか

オーケストラには指揮者がいる。各奏者(四つの目)はそれぞれ正しく音を出すが、全体をどうまとめるかは別の役割だ。視点統合にも、四つの評価を突き合わせて最終判定に束ねる人が要る。ここで気をつけるのは、束ねる人が本人自身であってはならないこと。自分の成果物を自分で最終承認するのは、生成した本人が評価者を兼ねることになり、不作為の死角がそのまま残る。

現実的な束ね方を、軽い手順で示す。第一に、四つの評価を同じ表に並べ、一致した項目とズレた項目を分ける。第二に、ズレた項目だけを取り出し、出典に戻れるかで死角か過剰反応かを切り分ける。第三に、死角と確定したものは逸脱として記録し、本人にフィードバックする。断罪のためではない。第2回からこのシリーズが言ってきたとおり、狙いは作り手が自分の中の回路(動機づけられた推論・局所合理化・不作為・責任の外部化)を自分で監視できるようになることだ。四つの目で一度見えた死角は、次に作るとき本人が自分で気づける。それが視点統合の本当の効き目だ。

最後に床の話をもう一度。視点を四つに増やしても、訴求のうまさで出典の穴は埋められないという原則は動かない。最も危険なのは、説得力のある資料に潜む小さな誤認=高設計×低忠実だ。四つの目のうち一つでも「出典に戻れない」と告げたら、ほかの三つがどれだけ高評価でも、そこは床を割っている。重ねる目的は、その一つの警告を見落とさないためにある。

つくった資材と行動から実力を測る ── 全 10 回の地図

  1. 第 1 回: 印象や自己申告でなく、実際につくった資材で測る ── 資材作成者の力は、本人の自己申告や周囲の印象でなく、実際につくった成果物と出したときの行動から測る。
  2. 第 2 回: どんな依頼を、どう形にしたかを順にたどる ── 印象や記憶ではなく、実際の制作の流れ──どんな依頼で、何を考え、どう手を動かし、何ができたか──を順番に聴き取り、行動の証拠から作成者の力を読み取る回。
  3. 第 3 回: その仕事から「事実への忠実さ」と「伝える工夫」を読み取る ── つくった資材を、事実からズレていないか(忠実さ)と、相手に届くか(設計力)の二つの軸に置き換えて見る。印象でなく、成果物の中の手がかりから読み取る回。
  4. 第 4 回: 正しく測るための約束ごと ── 作り手の実力を測るとき、測る側がズレないための6つの約束ごとを決める。
  5. 第 5 回: ものさしは三つ ── 正確さ・伝わりやすさ・釣り合い ── 資材づくりの実力を測る三つの尺度を定義し、それぞれを四段階で採点する。正確さは床、伝わりやすさは天井へ届く力、釣り合いは過不足の調整。
  6. 第 6 回: レベルをどう決めるか ── 出典に戻れるかが上限 ── 出典に戻れない作は、どんなに見せ方がうまくても水準を上げられない。接地が天井を決める。
  7. 第 7 回: どんな成果物が見えたら、どのレベルか ── 作成者の力を、目に見える成果物と行動の型からL1〜L4で読み分けるアンカー表。
  8. 第 8 回: その判定を、どこまで信じていいか ── つくり手の力をレベル判定するとき、その判定がどれだけ確かかは「証拠が目に見えるか」で決まる。見えにくい力ほど判定はぶれる。ぶれを認め、確からしさごと扱う回。
  9. 第 9 回 (本回): 本人だけでなく、審査者・発注者の評価も合わせる ── 本人・審査者・発注者・AIの四つの目を重ねると、本人には見えない「語らなかった逸脱」が浮かび上がる。
  10. 第 10 回 (最終回): 測った結果を、合否と育成計画につなげる ── 出した点数を、合否の床と次に伸ばす力の計画につなぐ最終回。
結語

視点を重ねる目的は、採点者を増やして安心することではない。本人の自己採点では構造的に映らない不作為──主要評価項目を外す、COIを言わない、文脈をすり替える──を、別の角度から立つ目で捕まえることにある。だから一致ではなくズレを読み、ズレた一点を出典に戻れるかで切り分ける。出典に戻れない警告が一つでも出たら、ほかが高評価でもそこは床を割っている。

そして最終判定は本人以外が束ねる。四つの目で一度見えた死角は、次に作るとき本人が自分で気づける。視点統合は監視のためでなく、作り手が自分の回路を自己点検できるようになるための仕掛けだ。次の最終回では、こうして測った結果を、合否と育成計画にどうつなげるかを扱う。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 不作為は本人視点では映らない. 主要評価項目を外す・COIを言わない等の「語らなかった逸脱」は、本人の自己採点では構造的に見落とされるため、別の立場の目が要る。
  2. 一致でなくズレを読む. 四視点の役割は採点者を増やすことではなく、ズレた一点を見つけ、出典に戻れるかで死角・過剰反応・ものさしの違いに切り分けること。
  3. 最終判定は本人以外が束ねる. 自分の成果物を自分で最終承認すると死角がそのまま残る。AIの指摘は人が確認する候補リストとして使い、判断は人が担う。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書(令和6年3月ほか各年度). 指摘事例は社名匿名で公表。本稿の逸脱事例はここに基づく一般化。
  2. 厚生労働省「医薬品等適正広告基準」および解説 ── 比較・誇大・不作為に関わる広告表現の判断枠組みを示す公的資料。
  3. 日本製薬工業協会「医療用医薬品プロモーションコード」 ── 情報提供活動とCOI開示に関する業界共通の自主基準。
  4. 行動評価面接(BEI)・STAR法、および多面評価(複数視点の統合)に関する一般的な評価方法論の文献。