人事と報酬と監査。経営者が自分で決めれば、どれも利益相反になる。だからこの三つを、経営者本人の手から外し、別の手に委ねる。それが委員会という発想だ。本稿は会社法とコーポレートガバナンス・コードに立ち戻り、なぜ三領域を分けるのかを確かめ、資材審査の「起案と承認の分離」と同じ思想がそこに流れていることを読み解く。
01「自分で自分を採点する」という無理
指名・報酬・監査の三つには、共通点があります。どれも、経営者が自分自身を対象にしてしまう領域だという点です。誰を後継に選ぶか(指名)、自分にいくら払うか(報酬)、自分の執行は適正だったか(監査)。経営者がこれらを握れば、評価する者と評価される者が同じになる。自己評価に陥りやすい三領域、と言い換えてもいい。
評価する側と評価される側が一致すれば、牽制は成り立ちません。だから統治の設計は、この三つを経営者の手から切り離し、独立した別の手に渡す。前回までに見た社外取締役の独立性が「外の目」を入れる話だったとすれば、委員会は、その外の目をどの領域に、どう配置するかを具体化する仕組みです。
02三つの領域 ── 指名・報酬・監査
切り出される三つを、それぞれが何を扱うかで並べます。
誰を選ぶか
取締役・経営陣の選解任と後継者計画を扱う。社長が自分の後継や再任を実質的に決めれば、保身が混じる。選任の入口を独立した目に委ねる。
いくら払うか
経営陣の報酬の方針と水準を決める。本人が自分の報酬を決めれば、お手盛りになる。第三者の手で水準と業績連動を設計する。
適正だったか
執行と会計の適正を事後に検証する。執行者が自らの仕事を検証しても甘くなる。独立した検証の目を置く。
三つに共通するのは、当事者が自分を裁けば歪むという構造です。能力や善意の問題ではありません。同じ人物が選任・報酬・監査を握れば、自己利益が判断を曲げる経路が必ず開く。だから権限を分散させ、それぞれに独立した目を置く。
03法定の三委員会と、任意で補う設計
この発想を制度にしたのが、機関設計です。指名委員会等設置会社では、指名・報酬・監査の三委員会の設置が法定で、各委員会は過半数を社外取締役で構成しなければなりません(会社法 400 条、2 条 12 号)。委員会が決めた指名・報酬は、取締役会でも覆せない強い権限を持ちます。自己評価の歪みを断つために、決定権そのものを独立の手に移す設計です。
一方、監査役会設置会社や監査等委員会設置会社では、三委員会は必須ではありません。そこで多くの会社が、法定でない任意の指名委員会・報酬委員会を置いて補います。コーポレートガバナンス・コード補充原則 4-10 ① は、独立社外取締役を主要な構成員とする任意の委員会の設置を求めています。監督と執行の分離を、機関設計のレベルまで降ろした姿がここにあります。
04報酬は「方向づけの装置」である
三つのなかでも、報酬は性格が際立ちます。報酬は過去の働きへの対価であると同時に、経営者の行動をこれから方向づける装置でもあるからです。設計を誤れば、二つの方向に壊れます。本人に決めさせれば、お手盛り ── 自己決定による過大な報酬 ── に流れる。逆に固定額だけにすれば、リスクを取って価値を生む動機が細る。
だから報酬委員会は、お手盛りを防ぎつつ、業績連動の部分を組み込んで成長を促します。その物差しに入るのが、伊藤レポートが説く資本コストを上回る ROE という発想です。資本コストを意識した業績連動は、経営者の関心を当期の数字から中長期の価値創造へ向け直す。報酬の設計思想は、comply or explain と同じく、形式を整えることではなく、何を促したいかの説明で問われます。
05資材審査の現場へ ── 起案と承認は同じ手で握らない
ここまでの整理は、資材審査とどうつながるのか。三委員会の核にある思想は、ひとことで言えば「自分の仕事を自分で承認させない」です。これは資材審査の基本構造そのものと重なります。資材を作る起案者と、それを通す承認者を分ける。営業の数字を背負う者が自分の資材を自分で通せば、指名・報酬・監査を経営者が握るのと同じ歪みが起きます。
審査の独立性は、組織図の見映えではなく、この「当事者が自分を裁かない」構造を保てているかで決まります。起案者と承認者が実質的に同一になっていないか。承認者の評価や処遇が、通した資材の数で営業に従属していないか。委員会が経営者から独立を保つのと同じ問いが、審査の現場にも立っている。審査員は、統治が会社全体で採っている分離の思想を、資材一枚の単位で実装している立場にあります。
- 指名・報酬・監査は、経営者が自分を対象にしてしまう三領域。自己評価に陥るため、独立した手へ切り離す。
- 指名委員会等設置会社では三委員会が法定で、各委員会は過半数を社外取締役で構成する(会社法 400 条・2 条 12 号)。
- 監査役会設置会社等では、任意の指名・報酬委員会で補う(CG コード補充原則 4-10 ①)。
- 報酬は方向づけの装置。お手盛りを防ぎつつ、資本コストを意識した業績連動で中長期の価値創造を促す。
- 会社法第 400 条(委員会の組織等). 指名委員会・監査委員会・報酬委員会の各委員は取締役会の決議で選定し、各委員会の過半数を社外取締役とすべき旨を規定。
- 会社法第 2 条 12 号(定義). 指名委員会・監査委員会・報酬委員会を置く株式会社を「指名委員会等設置会社」と定義する。
- 東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード 補充原則 4-10 ①. 独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会の設置を求める。
- 経済産業省. 伊藤レポート(2014 年・最終報告書). 資本コストを上回る ROE と中長期的な企業価値向上を求め、報酬を含む経営の物差しに資本効率の視点を据えた。