利益相反(COI:Conflict of Interest)とは、研究者や講演演者が製薬企業から報酬・資金提供を受けているなど、情報の中立性に影響しうる利害関係のことだ。これを開示しないまま医師に情報を届けると、医師は「中立な科学的根拠」として受け取るが、実際にはバイアスがかかっている可能性がある。製薬会社が自社製品の安全性を示す動画で引用した論文の著者が同社の医学専門アドバイザーとして報酬を得ている者だった事例や、Web講習会でCOIスライドが「瞬きの間に消えてしまう程度」しか表示されなかった事例が報告書に記録されている。

So what / So why ── このカテゴリの本質

COI 不開示が問題なのは、医師が情報の「信頼できる度合い」を正しく評価できなくなるからだ。医学論文や講演の説得力は、エビデンスの質だけでなく「誰がそれを語っているか」にも左右される。同じデータでも、著者が製薬企業の医学専門アドバイザーとして報酬を得ているなら、研究設計・解析・結論への影響を独立して検証する必要がある。その前提情報がなければ、医師は判断材料を一つ奪われた状態で処方決定をしていることになる。

患者への影響は直接的だ。不必要な薬、あるいはリスク・ベネフィット評価がゆがめられた薬が選ばれる確率が上がる。COI を開示せずに情報を届けることは、「エビデンスの偽装」とまでは言わないとしても、医師の意思決定を構造的にゆがめる行為だ。

さらに問題を複雑にするのが、「形式上は開示した」という言い逃れが成立してしまう点だ。COI スライドをたしかに表示した。しかし「瞬きの間に消えてしまう程度」の時間しか表示しなければ、実質的な開示とは言えない。報告書が「内容を確認することができなかった」と明記した令和2年度の事例は、この抜け穴を象徴している。

What / Where / Why / How ── ガイドラインの何に逸脱したか

内容
What
具体的な逸脱行為
①引用論文の著者が主催企業から報酬を得ているのに、動画・スライド内でその旨を一切表示しない。②Web 講習会の冒頭にCOI スライドを提示したが、表示時間が極端に短く受講者が内容を読めない。③メーカー主催の Web セミナーで、発表者全員がCOI開示を行わない(企業側からも要求されなかった)。
Where
場面・媒体
医療関係者向け情報サイト上の製品紹介動画、院内説明会用のプレゼンテーションスライド、Web 講習会・Web セミナー。
Why
深層心理の動因
主な動因は③「不作為の罪(語らない・聞かれるまで言わない)」と④「責任の外部化(メーカーから求められなかったから開示しなかった)」だ。COI 開示は自社製品のポジティブなイメージを薄める可能性があるため、積極的に開示する動機が生まれにくい。「スライドに入れたかどうか」は確認されても、「どれだけ読めるか」は確認されない、という構造も放置を助長した。
How
ガイドライン上の根拠
「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2019年)は条立て構造を持たず、項目名称で原則を規定している。同ガイドラインの「提供する情報の範囲」に関する原則は、引用する文献のCOI を含む出典情報を正確に示すことを求めている。また、「利益相反の管理・透明性」に関する規定は、企業主催イベントでは演者のCOI を受講者が確認できる形で提示することを求めている。薬機法上も誇大広告規制(66条)や適正広告基準との整合性から、科学的根拠の信頼性に関わる情報の隠蔽は問題となりうる。製薬協の「医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領」でも、引用文献のCOI 情報の明示が求められている。

事例 ── あますことなく

平成31年度(2019年)

媒体・製品領域:医療関係者向け情報サイト上の製品紹介動画 / 鎮痛薬

何をしたか:製品紹介動画中で、本剤の安全性を示す根拠として引用した原著論文の責任著者が、本剤の製造販売企業の「医学専門アドバイザー」として報酬を得ていた。しかし、動画内ではその旨の表示が一切なかった。

どこが逸脱か:引用論文の著者が主催企業から報酬を得ているというCOI 情報を、動画受講者に知らせないまま「安全性の根拠」として提示。受講者はバイアスの可能性を判断する手段を持てなかった。

原文引用:「本剤の製造販売企業の『医学専門アドバイザー』として報酬を得ているにもかかわらず、動画中ではその旨の表示はなかった。」

媒体・製品領域:プレゼンテーション用スライド(院内説明会)/ 利尿薬

何をしたか:院内説明会で使用した説明スライドに、本剤の有効性を示す論文を引用した。しかし、その論文にはCOI があるにもかかわらず、スライド内でその旨の表示がなかった。

どこが逸脱か:対面の説明会という医師が直接情報を受け取る場で、引用エビデンスのCOI を開示せずに有効性を説明した。

原文引用:「COI があるにもかかわらず、スライド中ではその旨の表示がなかった。」

令和2年度(2020年)

媒体・製品領域:Web 講習会 / 入眠剤

何をしたか:Web 講習会の冒頭、主催企業と COI 関係のある演者の医師がCOI スライドを提示した。ところが表示時間が著しく短く、受講者が内容を読み取れる時間が与えられなかった。

どこが逸脱か:形式的には開示した体裁をとりながら、実質的に受講者がCOI 内容を把握できない状態を作り出した。「開示した」という事実だけを残し、開示の目的(受講者の理解)を達成しない典型的な形式遵守・実態不遵守。

原文引用:「COI スライドの提示時間が非常に短く、瞬きの間に消えてしまう程度であったため、内容を確認することができなかった。」

令和3年度(2021年)

媒体・製品領域:Web セミナー / 特定製品なし(複数の発表者)

何をしたか:メーカー主催のWebセミナーで、登壇したいずれの発表者もCOI 開示を行わなかった。発表者の説明によると、メーカー側からCOI 開示を求められなかったため、開示しなかったとのことだった。

どこが逸脱か:主催企業が登壇者へのCOI 開示要求を省略したことで、セミナー全体を通じてCOI 情報が受講者に届かなかった。「求められなかったから開示しなかった」という発表者の説明は、企業側に開示管理責任があることを逆に示している。

原文引用:「メーカーから COI 開示に関して求められなかったため、COI の表示を行わなかった。」

令和4年度(2022年)

確認された個別事例:0件。令和3年度に確認された Webセミナー事例は、同年度の不適切な販売情報提供活動の例として継続参照された。報告書の「今後の課題」欄では「登壇する医師や薬剤師等自身がCOI を明示するなどの義務を負うが、製薬企業も登壇者に対してガイドラインの内容を周知し、不適切な内容にならないよう注意喚起していくことが求められている」と記載され、再発リスクへの懸念が引き続き示された。

令和5年度(2023年)

確認された個別事例:0件。ただし報告書の総括では「セミナー等に登壇する医師や薬剤師等は自らCOI を明示する義務を負うが、製薬企業主催のセミナーについては、不適切な販売情報提供活動につながる恐れのあるものがないか、出典が曖昧な資料がないかなど、製薬会社もスライド内容等を確認するとともに、登壇する医師や薬剤師等にもガイドラインの内容をご理解いただき、不適切な内容にならないように注意喚起していくことも必要である」と、毎年同趣旨の注意喚起が継続された。

令和6年度(2024年)

確認された個別事例:0件。報告書の総括でも令和5年度と同文に近い形でCOI 開示に関する注意喚起が継続。チェック項目「✓ 利益相反があることを明示しない」が引き続き列挙された。

令和7年度(2025年)

確認された個別事例:0件。ただし報告書は「セミナー等に登壇する医師や薬剤師等は自らCOI を明示する義務を負うが、製薬企業主催のセミナーについては、不適切な販売情報提供活動につながる恐れのあるものがないか、出典が曖昧な資料がないかなど、製薬企業もスライド内容等を確認するとともに、登壇する医師や薬剤師等にもガイドラインの内容を理解いただき、不適切な内容にならないように注意喚起していくことが求められている」と記し、事業開始以来7年間にわたって同じ懸念が繰り返されていることを示した。チェック項目「✓ 利益相反があることを明示しない」も引き続き掲載されている。

まず過去のインシデントから学ぶ ── 全 9 章の地図

  1. 第1回: 事実誤認のおそれのあるデータ使用・加工
  2. 第2回: データ・グラフの恣意的な抜粋/加工/見せ方
  3. 第3回: エビデンスのない説明・信頼性に欠ける情報
  4. 第4回: 未承認の効能効果・用法用量の提示
  5. 第5回: 誇大な表現
  6. 第6回: 有効性のみの強調・安全性情報の軽視
  7. 第7回: 他社製品の誹謗・中傷
  8. 第8回 (本章): 利益相反(COI)の不開示
  9. 第9回: その他の不適切な営業手法
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 形式的開示は実質的開示ではない。 COIスライドを「瞬きの間に消える」時間しか見せないのは、開示したことにならない。受講者が読めて初めて開示が成立する。
  2. 主催企業に管理責任がある。 「求められなかったから開示しなかった」は言い訳にならない。企業がCOI開示を演者に求めなければ、その企業が不開示の原因を作ったことになる。
  3. 7年間ゼロにならない注意喚起。 個別事例は令和3年度以降ゼロが続く一方、毎年報告書の総括でCOI開示の注意喚起が繰り返されている。問題が解決したのではなく、監視の目が届きにくくなっている可能性を意識する必要がある。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)第66条・第68条
  2. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2019年9月25日)
  3. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業」報告書 平成31年度〜令和7年度(各年度)
  4. 日本製薬工業協会「医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領」
  5. 厚生労働省「医療用医薬品の広告活動監視モニター事業」報告書(適正広告基準関連)