グラフの縦軸を途中から始める、比較対照群のデータだけ外す、主要評価項目の代わりに都合のよい副次評価項目を大きく見せる。これらの操作は一見すると技術的な作図ミスに見えるが、受け手の処方判断を体系的に歪め、患者に不適切な薬が投与されるリスクを生む。平成31年から令和7年の監視事業報告書は、このカテゴリの逸脱を毎年記録し続けており、7年間で24件を超える。
So what / So why ── このカテゴリの本質
「So what(要するに何が問題か)」を一言で言えば、データの選択・加工・表示方法そのものが情報操作の道具になっていることだ。有効性のグラフから比較対照群を削る、副作用の一覧に「重篤」な項目だけ載せない、主要評価項目では有意差が出ていないのに副次評価項目を2ページにわたって詳述する――個別に見るとグレーに映るが、パターンとしては明確な意図をもった情報操作である。
「So why(なぜ致命的か)」は、医療者が判断の根拠とするデータそのものが汚染されるからだ。医師は「論文に書いてあること」「MRが見せたグラフ」を起点に処方を決める。そのグラフが縦軸を部分拡大していたり、対照薬のデータが丸ごと抜けていたりすれば、どれほど優秀な医師でも正確な判断はできない。効果を過大評価した薬が優先的に使われれば、より適切な代替薬への切替機会が失われる。副作用データを削られた薬が使われれば、モニタリングが疎かになり有害事象を見落とす。
このカテゴリは「嘘をついた」わけではないため、発見が難しいという特性がある。提示されたデータはすべて本物の論文や審査報告書から来ている。問題は「何を見せて、何を見せなかったか」にある。受け手が審査報告書や原著論文を自分で参照しない限り、操作に気づくことはほぼ不可能だ。
What / Where / Why / How ── ガイドラインの何に逸脱したか
What(具体的に何をする逸脱か)
大きく4類型に分けられる。①チェリーピッキング:複数のデータのうち都合のよいものだけを選択(不利な群・期間・サブグループの削除、有利な副次評価項目のみ詳述)。②軸・縦横比・補助線の操作:グラフ縦軸の部分拡大や横長化による差の誇張・矮小化。③主要評価項目と副次評価項目のすり替え:有意差の出ていない主要評価項目を数行テキストのみで紹介し、有利な副次評価項目だけをグラフで詳述する。④副作用・不利情報の削除:有害事象一覧から重篤な項目を外す、前投薬情報を記載しない、原著論文の一部だけを抜粋して副作用が少なく見せる。
Where(どの媒体・場面で起きるか)
製品紹介パンフレット、MRが院内説明会・新薬ヒアリングで用いるプレゼンテーションスライド、医療関係者向け情報サイトの座談会記事・動画、企業主催Webセミナー、メール一斉配信DM、MRの口頭説明など、ほぼすべての接触点で発生している。紙媒体だけでなく動画・メール・口頭でも同様のパターンが確認されている。
Why(なぜ作り手がやってしまうか)
報告書が指摘する深層心理には主に4つのドライバーがある。①動機づけられた推論:「この薬は有効だ」という結論を先に決め、それを支持するデータだけを探す。②局所合理化:「1枚のスライドだけだから」「口頭で補足すればよい」と個別の資材・場面で矮小化する。③不作為の罪:「聞かれなかったから言わなかった」という消極的な不開示。④責任の外部化:「医師が日本人データを求めるから」「教授の意向に沿った」など、選択の理由を外部に転嫁する。H31報告書②-13の事例では担当者自ら「医師は日本人データを求めるため」とサブグループ選択の理由を述べており、この構造が典型的に現れている。
How(ガイドラインの何に逸脱しているか)
販売情報提供活動ガイドライン(2019年9月)は「科学的・客観的根拠に基づき正確な情報提供を行うこと」(第2の2(2)①)を基本原則とし、「原著論文等から図表を引用する際には、データの抜粋・修正・統合等を行わないこと」「グラフの軸の尺度の変更、矢印・補助線の追加等を行わないこと」を明記する(医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領も同旨)。また「主要評価項目、副次評価項目又はサブグループ解析のいずれの結果を広告に使用するかを明示すること」も求められる。副作用情報を削除したり、不利なデータを意図的に提示しない行為は同ガイドラインの「特定の情報のみを提供することにより誤認を与えることのないよう留意すること」に反する。薬機法第66条(誇大広告の禁止)・製薬協コード・オブ・プラクティスも同様の要請を課している。
事例 ── あますことなく
平成31(2019)年度
この年度はカテゴリ②に14件が記録されており、全7年度で最多。手口の多様性も際立っている。
1次治療の内容が全例と日本人で大きく異なる(A剤投与率が全例5割・日本人2割、B剤投与率が全例3割・日本人7割)のに、その違いを示さず「日本人には効果が高い」と奏効率グラフを使用。
逸脱:前提条件の違いを隠したサブグループ結果の恣意的な提示。
原文引用:「1次治療の内容が全例と日本人で異なることが理由かもしれない」
国内試験でより低用量のQT延長が確認されているにもかかわらず、海外試験の高用量データのみを根拠に「QT延長の懸念はない」と安全性を強調。国内試験の結果を削除した情報提供。
逸脱:本剤に不利益となる国内試験の結果を示さず海外試験結果のみで安全性を強調した。
原文引用:「海外試験では12mg/日の用量でQT延長は認められなかったため、その懸念はない」
3群比較試験(プラセボ・本剤低用量・高用量)のうち「増量しても効果に大きな差はない」と示す高用量群を削除し、低用量群とプラセボ群の2群のみのグラフを提示。
逸脱:3群比較試験のうち1群または2群の結果のみを抽出してグラフを作成した。
適正使用ガイドに「本剤の対照群に対する優位性は確認されていない」と明記されているのに、Kaplan-Meier曲線でOS率が上回っている一部の期間のみを強調して優位性を主張。
逸脱:都合のよい期間のみのチェリーピッキング。
原文引用:「本剤の対照群に対する優位性は確認されていない」と適正使用ガイドにも記載されているにもかかわらず
対照薬との安全性比較試験の結果を原著論文から引用・翻訳する際、「悪性腫瘍」の項目のみを省略。悪性腫瘍は本剤では発生・対照薬では未発生という、本剤に最も不利な副作用だった。
逸脱:特に重大かつ本剤に不利な情報のみを示さなかった。
主要評価項目の縦軸はHbA1c「変化量」なのに、パンフレットでは「絶対値」に差し替えてグラフを作成。絶対値で示すことは原著論文・審査報告書の引用に該当しない。
逸脱:主要評価項目である変化量を絶対値に変更してグラフを作成した(軸の定義変更)。
動画内グラフで凡例を誤って逆に表示。加えてグラフを横長に縦横比変更し、血糖値の変動が実際より小さく見え「血糖コントロールが良好」との印象を与えた。
逸脱:グラフの引用に当たり、不正確な引用や縦横比の調整を行った。
原文引用:「グラフが横長になるように縦横比が変更されており、変動が小さく血糖コントロールが良好であるという印象を受けるグラフとなっていた」
原著論文では対照薬も同様に血圧上昇なしと示されているのに、パンフレットでは対照薬グラフを削除し本剤グラフのみを掲載。「本剤のみが血圧上昇リスクが低い」との誤認を誘導。
逸脱:対照薬のグラフを示さず本剤のグラフのみを掲載することで、本剤のみが血圧上昇リスクがないかのように見せた。
主要評価項目(罹病期間)は対照薬との比較なしに数行テキストのみで掲載。副次評価項目「ウイルス力価の変化量」「排出停止時間」は対照薬比較グラフを2ページにわたって詳述し優位性を強調。審査報告書では主要評価項目に有意差なし。
逸脱:優位性を示すことができる副次評価項目の結果のみを詳細に紹介している。
原文引用:「主要評価項目については対照薬との有意差がなく、データの示し方に恣意性が見られた」
第Ⅲ相試験の有害事象一覧に、審査報告書で「多く認められた有害事象」とされる「ケトアシドーシス関連事象」等を含む複数の項目が削除されていた。
逸脱:有害事象の一覧に、臨床試験で多く認められた事象を示さなかった。
原文引用:「ケトアシドーシス関連事象」等、複数の項目が削除されていた
副作用発現率が他社製品より著しく低く見えたため審査報告書を確認したところ、前投薬の記載がパンフレットから消えており、さらに試験目的「安全性の比較検討」が「薬物動態の同等性の検証」のみに差し替えられていた。
逸脱:安全性を評価する上で必要な前投薬の情報を記載しなかった。
原著論文の重篤な副作用が個別名称・詳細発現状況で記載されているのに、パンフレットでは複数項目を一括にまとめ注意すべき項目の記載を省略。数値不一致の箇所あり。患者満足度調査でも「回答不明の患者を除外して集計した」旨の記載を省略。
逸脱:原著論文からの引用において、不正確な引用や不適切な情報の削除・統合を行った。
原文引用:「重篤な副作用として、個別の名称とともに詳細な発現状況が記載されているが、パンフレットでは複数項目がまとめられており」
第Ⅲ相国際共同試験の主要評価項目(年間喘息増悪率)について、全例解析(各群約250例)を示さず日本人サブグループ(各群約15例)のみを紹介。担当者は理由を「医師は日本人データを求めるため」と説明したが、全例解析より日本人サブグループの方が良い結果だった。パンフレットにも同様の記載。
逸脱:主要評価項目について、症例数の少ないサブグループ解析の結果のみを紹介した。
原文引用:「医師は日本人データを求めるため」との回答を受けた
週1回投与群のうち「投与継続できた患者の中で出血しなかった割合」というデータを、審査報告書・総合製品情報概要にも記載のない独自解析として提示。投与継続できなかった脱落例が除かれており生存者バイアスがある。配布もされなかった。
逸脱:恣意的かつ優良誤認を招きかねない解析結果を紹介した。
原文引用:「何らかの理由で週1回投与が継続できなかったケースが脱落しているものであり、後者のデータの価値は乏しく、かつ優良誤認をしかねないものであった」
令和2(2020)年度
本剤の複数の臨床試験(評価目的・適格基準・用量が異なる試験を含む)の結果を合算。主要評価項目と副次評価項目の結果を同列で記載し、非劣性検証試験の対照群も記載せず、個々の試験の症例数も示さなかった。安全性ではRMPの説明がなく肝障害患者の安全性情報も不足。
逸脱:複数の試験を合算して本剤が他剤に比べて優れているかのような印象を与えるデータの抜粋・加工・見せ方を行った。
原文引用:「主要評価項目や副次評価項目の結果を同列で記載する…全体的に本剤が優れているような印象を与える資料となっていた」
本剤の投与期間別副作用発現率について「1.0%以上の副作用」のみを表形式で掲載。原著論文では「0.5%以上の副作用」が示されており、カットオフを引き上げることで原著論文に記載のあった3つの副作用が非掲載になった。
逸脱:副作用発現率が一定以上の副作用だけを示すことで、他に副作用が存在しないかのように見せた。
原文引用:「副作用出現率を一定の割合に限ることで、パンフレットでは、原著論文に記載されていた3つの副作用が示されていなかった」
令和3(2021)年度
審査報告書では本剤と他剤の投与に切り替えて実施された試験なのに、インタビューフォームや総合製品情報概要の試験デザイン図から他剤投与の記載が削除されており、本剤単剤への切替試験と誤解させる図表になっていた。
逸脱:他剤との併用があるのに、併用していないと受け取れる図表の加工を行った。
原文引用:「他剤の投与に関する記載がなく、本剤単剤への切り替えの場合の試験結果と誤解を招くような図表」
令和4(2022)年度
本剤群とA剤群の直接比較を行っていない試験デザインなのに、原著論文にはない「群間差推定値」を同一グラフ上に追記。総合製品情報概要や企業HPにも同様の記載があり、直接比較で本剤が優れるかのような印象を体系的に与えていた。
逸脱:引用元にないデータを追記し直接比較したかのような誤認を与えた。
原文引用:「原著論文にはない群間差推定値が加えられていた」
1枚のスライドに主要評価項目と副次評価項目のグラフを掲載したが、副次評価項目のグラフを主要評価項目より明らかに大きく表示。説明時にも副次評価項目である旨に言及しないまま有効性を説明した。
逸脱:主要評価項目をメインに説明すべきところ、副次評価項目のグラフを大きく示して有効性を説明した。
原文引用:「副次評価項目の結果であることには言及しないまま、副次評価項目を用いて有効性を説明した」
令和5(2023)年度
心不全では本剤も他剤も10mgのみ適応があるのに、糖尿病治療薬としての用量基準を持ち込み本剤10mgを「常用量」・他剤10mgを「高用量」と表現・図表化。直感的に本剤が標準的・他剤が高用量という誤認を与える薬価比較スライドだった。
逸脱:事実誤認を与えかねない図表で自社製品を有利に見せた。
原文引用:「本剤は『常用量』、他剤は『高用量』という表現・図表を用いて薬価を説明し」
患者向け資材に、全身作用型貼付剤の本剤が経口薬・局所貼付剤より効果が強く・広範囲に及ぶかのような図を掲載。本剤を濃い色で全身末端まで図示し「全身」文字を大きく強調、経口薬は薄い色で範囲も狭く図示するという視覚的誇大表現。
逸脱:誇大な表現で効果が強く広範囲に及ぶかのような印象を与えた(患者向け資材でのグラフ操作)。
原文引用:「効果が強く広範囲に及ぶかのような印象を与える図が掲載されていた」
令和6(2024)年度
元文献では投与頻度・投与者等5項目の患者・医師アンケートグラフが掲載されていたが、説明会資料では本剤が従来薬より有利に見える2項目のみを抜粋して提示した。なお対象は重度喘息患者(本剤の投与対象外)かつ海外調査で医療保障制度の違いも影響する文献だった。
逸脱:原著論文等から図表を引用する際にデータの抜粋・修正・統合等を行うことはガイドライン違反。
原文引用:「本剤が従来薬と比較して有利となると思われる項目のみを抜粋したものであった」
MRがメール配信した本剤と他剤の薬物相互作用比較グラフから、原著で確認されていたノンインタラクション群が削除されていた。削除によって本剤の相互作用が少ないかのような印象を与えた。
逸脱:図表引用時のデータ抜粋・修正・統合に当たる。
原文引用:「企業担当者から送られてきた一連の資料のグラフにはこの部分が削除されていた」
令和7(2025)年度
国際共同第Ⅲ相試験について「本剤は生命予後の改善を示した唯一の**病に対する治療薬です」とMRが口頭で説明し、パンフレットにも同様に記載。しかし生命予後の改善に関するデータは「全死亡までの期間」という副次的評価項目の結果だった。主要評価項目の結果ではない。
逸脱:副次的評価項目の結果を用いて「唯一の」治療薬と誇大に説明した。
原文引用:「生命予後の改善を示した唯一の薬であるといった説明は、誇大な表現である」
まず過去のインシデントから学ぶ ── 全 9 章の地図
- 第1回: 事実誤認のおそれのあるデータ使用・加工
- 第2回 (本章): データ・グラフの恣意的な抜粋/加工/見せ方
- 第3回: エビデンスのない説明・信頼性に欠ける情報
- 第4回: 未承認の効能効果・用法用量の提示
- 第5回: 誇大な表現
- 第6回: 有効性のみの強調・安全性情報の軽視
- 第7回: 他社製品の誹謗・中傷
- 第8回: 利益相反(COI)の不開示
- 第9回: その他の不適切な営業手法
- データの「選び方」が情報操作になる。 有効性グラフから対照群を外す、副作用一覧から重篤な項目を削る、副次評価項目だけをグラフ詳述するという操作はいずれも「嘘ではない」が、受け手の処方判断を体系的に歪める。受け手は審査報告書を自分で確認しない限り気づけない。
- 軸の操作と縦横比変更は目に見えない。 グラフの縦軸部分拡大・横長化・凡例の誤掲載は一見して「作図の都合」に見えるが、実際には差の大きさや変動の程度について、原著とは別の印象を与える。平成31年報告書だけで2件(②-6, ②-7)記録されている。
- 副次評価項目のすり替えは構造的に繰り返される。 主要評価項目で有意差が出ない薬でも、副次評価項目や日本人サブグループで有利な結果が出ることがある。そこだけを詳述するパターンは平成31〜令和7年度の毎年度に確認されており、資材作成・審査体制の設計問題でもある。
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(平成31年9月25日)
- 厚生労働省「医薬品の販売情報提供活動監視事業」報告書 平成31年度〜令和7年度 各年
- 日本製薬工業協会「医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領」
- 日本製薬工業協会「製薬協コード・オブ・プラクティス」
- 薬機法第66条(誇大広告の禁止)・第68条(未承認薬等の広告の禁止)