「私はそう言っていない。○○教授がそうおっしゃっていた」「上司も同席していたので、問題ないと思った」「先生からご質問があったのでお答えしただけです」。この三つの文型には共通の構造がある。自分が決めたのではない、という感覚だ。行為の起点を別の人物に帰属させることで、逸脱の責任を手放す心理の機制。販売情報提供活動監視事業の7年分の記録を読むと、この転嫁は無意識どころか、洗練された形で繰り返されていた。

So what / So why ── この回の核心

責任の外部化とは、自分の行為の起点を他者に帰属させる心理プロセスだ。「KOLがそう言った」「上司が黙っていた」「現場から求められた」という表現は、一見、事実の記述に見える。だが行動経済学の文脈では、これは代理責任の放棄と呼ばれる。情報を選び、会議を設定し、スライドを届けたのは担当者自身であり、その事実は帰属先が変わっても消えない。

なぜ致命的か。販売情報提供活動ガイドライン(2019年9月25日付け薬生監麻発0925第1号)は、活動の責任主体が医薬品製造販売業者にあることを明記している。KOLが講演で逸脱した内容を話しても、場を企画し、スライドを届け、聴衆を集めたのが製薬企業である限り、責任は企業に帰属する。「演者が言ったこと」は免責根拠にならない。上司の沈黙は黙認であって指示ではないが、部下にとっては「組織が承認した」という信号として機能する。「求められた」体裁を演出した後に「求めに応じただけ」と言っても、誘導が先にあれば実態は情報提供ではなく誘導だ。

この心理が組織内に蔓延すると、誰も決定者にならない状態が生まれる。KOLは「企業の求め通りに話した」と言い、MRは「教授がそう言っていた」と言い、上司は「現場のMRが判断した」と言い、マーケティング部門は「医師から求められたデータを提供しただけ」と言う。全員が被害者として語り、誰も起点でないように見える。この「責任の循環消去」の先に、患者リスクが積み上がる。

重圧の構造 ── 誰から、どの締切で、どんな数字で

KOL関係の維持という圧。基幹病院の教授や著名な専門医(Key Opinion Leader、以下KOL)は、診療圏内の処方に影響する。その教授が学術講演会で「本剤は有効だ」と述べれば、その発言を商談で引用できる。KOLとの関係を維持するために企業は説明会を提供し、演者謝礼を支払い、スライドの「修正提案」を遠慮する。関係が壊れることへの恐怖が、スライドの事前審査を甘くし、不適切な内容への指摘を控えさせる。適応拡大の申請中、あるいは上市直後の四半期ノルマが重なる時期には、この遠慮の圧がとりわけ強くなる。

上司同席という文化がつくる沈黙の承認。MRのアポイントに上司が同行することは、医療機関への重要度の表明だ。しかしMRにとって、上司の同席は「自分が何を言っても上司が修正してくれるはず」という安全網にも転化する。その安全網への依存が、自分の説明の正確さを自分でチェックする動機を下げる。上司が黙っていれば「問題ない」と読み、問題があっても上司に責任の一部が移ったと感じる。こうして上司の「不作為」が、MRの逸脱を継続させる構造が成立する。

「医師が言っている」という引用の商慣行。「他院ではこのように使っているとおっしゃっていました」「医師が言っているので」という文型は、自分の意見ではなく他者の実践の紹介という体裁を取る。しかし具体的な処方方法、適応外の使用例、診断名の付け方の提案が、「医師が言っている」という形式で流通するとき、提案の起点はすでに担当者にある。四半期ノルマと適応拡大の期限が重なる時期、競合品がシェアを伸ばしている時期に、この引用の形式は強度を増す。

内面の再構成 ── 信条→心情→深層心理

信条:「私は医師が必要とするエビデンスを届けているだけだ。判断は医師がする。」

この信条は一見、正当だ。医師の自律的判断を尊重しているように見える。しかし「医師が必要とする」の内容を誰が決めているかが問題だ。担当者が先に「この医師はこの情報を求めているはずだ」と判断し、その求めを引き出す会話を設計し、KOLの発言を下敷きにスライドを選んでいるなら、情報提供者ではなく誘導者だ。信条の正当性を借りながら、実際には自分が情報の起点になっていることを見えにくくしている。

心情:安堵と依存が交差する上司の視線。上司が同席しているとき、担当者は安堵と圧力の両方を感じる。「上司が見ているから正確にやらなければ」という緊張と、「何かおかしければ上司が止めてくれるはず」という依存だ。後者が勝つとき、担当者は自分の説明の精度を自分でチェックするより、上司の反応を見て問題ないかを確認しようとする。上司が黙っていれば「OKのサイン」として受け取られる。この感覚は根拠がない、しかし非常にリアルだ。スタンレー・ミルグラムが権威への服従実験で示したように、権威者の存在が個人の道徳的責任感を縮小させる効果は、実験室の外でも観察される。

深層心理:④責任の外部化が最も強く動く。KOLの発言を引用する際、担当者は意識的に「教授が言ったことを伝えた」という形式を選んでいる。これは情報の正確な伝達ではなく、行為の起点の転嫁だ。責任の外部化(④)は、この転嫁を正当化する内的な語りを提供する。「私は専門家の見解を伝えただけだ」という語りが成立すると、自分の判断の責任を問われる必要がなくなる。

これに③不作為の罪が重なる。上司が同席して黙っていた場面で、担当者から「この説明は問題ありませんか」と確認しない。確認すれば上司が訂正する責任を負う。確認しなければ曖昧なまま進められる。「言わなかったことを問われた経験がない」という過去の無罰が、次回の不確認を許容させる。

さらに②局所合理化も重なる。「先生が聞いてきたから答えた」という一場面の切り取りは、その前の会話の誘導、アポイントの設定、スライドの選択という文脈を消去する。前後を切り取り、一つの発言交換だけを見れば「求めに応じた」に見える。この切り取りは無意識ではなく、自分を楽にするために選択されている。

下敷きの実インシデント

事例1:「○○教授も十分な効果が期待できると言っているので問題がない」── 権威引用による転嫁

媒体/製品領域:処方薬/口頭(個別面談)。令和7年度 販売情報提供活動調査事業報告書(厚生労働省委託事業)に収録。

何が起きたか:担当者が日本人集団のサブグループ解析データをもとに「日本人でもしっかりと差が出ている」と説明した。医療従事者が有意差がないことを指摘すると、担当者は「○○教授も十分な効果が期待できると言っているので問題がない」と回答した。

どこが責任の外部化か:自分の統計解釈の誤りを指摘された瞬間に、教授という権威者の発言に逃げ込んだ。説明の根拠を自分の判断から権威者の発言へと差し替えることで、誤りの責任を転嫁した。教授が実際にそう言ったとしても、その発言を販売情報提供の文脈で免責根拠として使うことは、ガイドラインが想定する行為ではない。有意差がないデータを「教授の言葉」で上書きする論法は、権威への依存(motivated reasoning + responsibility externalization)の複合だ。

逸脱根拠:ガイドライン第3の2(3)イ(比較に際し適切でないデータ提示の禁止)、医薬品等適正広告基準(有効性の優位性を示す比較表現の制限)。

事例2:「承認前はメーカーから言い出せない」── 「求められた」体裁の能動的な演出

媒体/製品領域:認知症治療薬(承認申請中)/口頭(個別訪問)。令和2年度 販売情報提供活動監視事業報告書に収録。分析編 vol.04「未承認の効能効果・用法用量の提示」も参照。

何が起きたか:担当MRが「今度、◯月に後発品が出ますよね」と薬剤師に話しかけ、薬剤師が「いろいろあるのでよくわからない」と返すと、MRはなおも話を続けた。薬剤師が本剤の名前を出した瞬間に、「承認前はメーカーから言い出せない」と述べながら、承認前製品のプロモーションを行った。報告した薬剤師は「自発的に問い合わせをしたつもりはなく、メーカー側に誘導され本剤の話になった」と述べている。ガイドラインの評価でも「あたかも医療関係者から情報提供を求められたかのように装った」とされた。

どこが責任の外部化か:「承認前はメーカーから言い出せない」という発言自体が、「私から始めたのではない」という転嫁の宣言だ。しかし実際には、話題を引き出すためのアポイント設定、話題転換のタイミング選択、「名前を出させる」会話の誘導がすべて担当者の側にあった。形式的には薬剤師が先に名前を出した。しかしその「先に出す」状況を担当者が設計していた。医療従事者が求めたように見える体裁を能動的に作り出し、その体裁をもって「求められた」と後から援用する構造は、ガイドラインが明示的に禁じる行為(同第3の2(1)イ)に当たる。

事例3:「MRの上司も同席していたが訂正もなかった」── 上司の沈黙が作る黙認の空気

媒体/製品領域:中枢神経系用薬/対面(院内製品説明)。令和7年度 販売情報提供活動調査事業報告書に収録。

何が起きたか:担当MRとその上司が来院し、製品説明を行った。MRは血漿中濃度推移グラフを示しながら「本剤は濃度のピークがなだらかで副作用が出にくい」と説明した。医療従事者が「この説明の裏付けとなるエビデンスがあるか」と尋ねると、「ない」と回答。後日、製薬企業のくすり相談センターに照会したところ、審査報告書では錠剤よりも副作用が少し多いという結果であること、会社として「副作用が少ない」というプロモーションは行っていないことが確認された。上司は同席しながら、MRの説明中に訂正しなかった。

どこが責任の外部化か:上司が同席して黙っていた事実は、MRにとって「問題ない」という信号として機能した可能性が高い。上司は「自分は何も言っていない」と言えるかもしれないが、その「言わなかった」ことが逸脱を止める機会を消した。MRの立場からは、上司の沈黙を承認と読む。この非対称な責任の認識が、組織内で逸脱を透過させる。組織として承認していない説明が、上司の不作為を経て継続した点で、③不作為の罪と④責任の外部化が複合している。

つくり手の内側 ── 逸脱が生まれる心理 ── 全 10 章の地図

  1. 第1回: 重圧の地図 ── 善意が歪むまでの距離
  2. 第2回: 信条の罠 ── 「良い薬を届けたい」が入口になる
  3. 第3回: 結論が先、データは後 ── 動機づけられた推論
  4. 第4回: 「このスライド1枚だけ」── 局所合理化
  5. 第5回: 語らない、という選択 ── 不作為の罪
  6. 第6回 (本章): 誰かのせいにできる構造 ── 責任の外部化
  7. 第7回: 数字の重力 ── ノルマとインセンティブの心理
  8. 第8回: 競合という不安 ── 焦りが他社誹謗を生む
  9. 第9回: 沈黙する組織 ── 同調圧力・審査の空洞化・開示したくない自分
  10. 第10回: 重圧を設計し直す ── 個人の心理と組織の仕組み
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. KOLの発言を引用しても、情報の起点が担当者にある限り責任は移らない。 「教授がそう言っていた」は逸脱の免責根拠にならず、ガイドラインは製造販売業者が活動の責任主体であることを明記している。
  2. 「求められた」体裁は能動的に演出できる。 承認前製品の事例が示すように、「医療従事者が先に名前を出した」状況そのものを担当者が会話設計によって作り出すことができる。体裁と実態が乖離するとき、実態が規制の対象になる。
  3. 上司の沈黙は黙認ではなく不作為だ。 同席して訂正しなかった事実は、MRの逸脱を止める機会を組織として逃したことを意味する。「自分は何も言っていない」は、「何も言わなかった」ことへの責任を消去しない。
出典・参考文献
  1. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン(厚生労働省、2019年9月25日付け薬生監麻発0925第1号)
  2. 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書 令和2年度(厚生労働省委託事業、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)
  3. 医療用医薬品の販売情報提供活動調査事業 報告書 令和7年度(厚生労働省委託事業、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)
  4. 医薬品医療機器等法(薬機法)第66条(誇大広告等の禁止)・第68条(承認前医薬品等の広告禁止)
  5. 医薬品等適正広告基準(厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長、最終改正2017年)
  6. 医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領(日本製薬工業協会)
  7. Stanley Milgram, Obedience to Authority: An Experimental View (Harper & Row, 1974)(権威への服従と道徳的責任の縮小に関する古典的実証研究)
  8. Lee Ross & Richard E. Nisbett, The Person and the Situation: Perspectives of Social Psychology (McGraw-Hill, 1991)(状況的帰属と行為者の自己認識のずれに関する社会心理学古典)