知らなかったこと自体が、責任の理由になる。「報告が上がってこなかった」では済まない場面がある。取締役の監視義務は、どこまで及ぶのか。二つの判例を手がかりに、その射程と限界を整理する。

01「知らなかった」では済まない ── 監視義務の二つの面

取締役の仕事は、自分の担当を回すことだけではありません。他の取締役や使用人(従業員)の職務執行を監視する義務、そして自ら構築した内部統制が現に機能しているかを監視する義務。取締役はこの二つを負っています。前者は「人」への監視、後者は「仕組み」への監視です。

だから「現場が出した資材を知らなかった」という弁明は、それだけでは免責になりません。知らなかったこと自体が、監視を怠った証拠と読まれうるからです。報告が上がる経路を整え、上がってきたものを実際に見ていたか。問われるのは、結果としての無知ではなく、無知に至った過程です。

02監督権限を支えるのは、構成員各自の監視義務

取締役会には、取締役の職務執行を監督する権限があります(会社法 362 条 2 項 2 号)。だがこの権限は、会議体としての取締役会だけのものではありません。取締役一人ひとりが負う監視義務に裏打ちされて、はじめて実効性を持ちます。会議に出て承認印を押すだけでは、監督したことになりません。

この射程を広げたのが大和銀行株主代表訴訟(大阪地判平成 12 年 9 月 20 日)です。判決は、内部統制の構築義務にとどまらず、その運用を監視する義務まで取締役の善管注意義務に含めました。体制を作っただけでは足りず、現に動いているかを見ていなければ責任を問われる。怠った場合の賠償額は巨額に上りました。第 6 回で見た構築義務が「入口」なら、運用の監視はその「出口」にあたります。

03信頼の原則 ── ただし、体制が整っていてこそ働く盾

では、取締役はすべてを自分の目で確かめなければならないのか。そうではありません。信頼の原則があります。適切な体制が整い、疑うべき具体的な事情がなければ、取締役は部下や他の取締役を信頼してよい。組織は分業で動く以上、すべてを一人が点検するのは不可能だからです。

ただし、この信頼は無条件ではありません。体制に不備があれば、信頼は免責の盾にならない。報告経路が設計されていない、チェックが形だけ、という状況で「信じていた」と言っても通りません。これは資材審査でも同じです。審査体制が整っているかどうかが、「現場を信頼してよかったか」の分かれ目になります。第 2 回で見た善管注意義務の「過程を問う」発想が、ここでも効いています。

04体制と予見可能性が、責任の境界を引く

信頼の原則が実際にどう働くかを示したのが、最判平成 21 年 7 月 9 日(日本システム技術事件)です。従業員が通常想定しがたい巧妙な手口で売上を架空計上した事案で、最高裁は、相応のリスク管理体制を整えていた取締役の責任を否定しました。報告が上がってこなかったこと自体は、ここでは免責を覆しませんでした。

判断を分けたのは二点。相応の体制を整えていたか、そしてその不正を予見できたかです。体制があり、かつ予見しがたい不正であれば、結果が悪くても責任は問われない。逆に、体制を欠くか、予見できたのに放置すれば責任は残ります。大和銀行事件と読み合わせると、体制の有無と不正の予見可能性という二本の線が、責任の境界を引いていることが見えてきます。

構築

内部統制を作る義務

大会社の取締役会が負う体制整備の決定義務(362 条 4 項 6 号・5 項)。出発点であって、これだけでは足りない。

運用

機能しているか見る義務

作った体制が現に動いているかを監視する義務。大和銀行事件は、ここを怠った取締役の賠償責任を肯定した。

限界

信頼してよい範囲

体制が整い、予見しがたい不正なら責任は否定される(日本システム技術事件)。体制不備があれば、信頼は盾にならない。

05資材審査の現場へ ── 体制の有無が、責任の重さを変える

この監視義務の構造は、資材審査の実務に直結します。不適切な資材が世に出たとき、「審査部門が見落とした」「経営は知らなかった」で済むかは、体制が整っていたかどうかで変わります。審査の仕組みがあり、逸脱を上層へ上げる経路が動いていれば、信頼の原則が働く余地が生まれる。なければ、監視義務違反が正面から問われます。

だから審査記録は、現場の事務作業ではありません。体制が現に機能していたことを示す証拠です。誰が、いつ、どんな根拠で何を許容・不許容としたか。その記録の厚みが、有事に「やるべきことをやっていた」と語れるかどうかを決めます。次回(第 10 回)では、この審査記録が取締役会にとって統治の可視的な証拠になることを、さらに掘り下げます。審査員は、監視義務が現場に降りてくる最前線に立っています。

Key Points ── 持ち帰る 4 つ
  1. 監視義務は二面。他の取締役・使用人の職務執行への監視と、内部統制が現に機能しているかの運用監視。
  2. 取締役会の監督権限(362 条 2 項 2 号)は、構成員各自の監視義務に支えられて実効性を持つ。
  3. 大和銀行株主代表訴訟は、構築義務に加え運用の監視を怠った責任を肯定し、巨額の賠償を認めた。
  4. 信頼の原則は、相応の体制が整い不正が予見しがたい場合に働く(日本システム技術事件)。体制不備では盾にならない。
出典・参考文献
  1. 会社法第 362 条第 2 項第 2 号(取締役の職務執行の監督). 取締役会の職務として、取締役の職務の執行の監督を定める。
  2. 大和銀行株主代表訴訟(大阪地判平成 12 年 9 月 20 日). 取締役の善管注意義務にリスク管理体制の構築と運用の監視が含まれるとし、監視を怠った取締役の賠償責任を肯定。
  3. 最判平成 21 年 7 月 9 日(日本システム技術事件). 通常想定しがたい巧妙な不正につき、相応のリスク管理体制を整えていた取締役の責任を否定。体制の有無と予見可能性が責任の境界を画する。