不祥事は罰金だけでは終わらない。一度傷ついた信頼は、資本コストという形で毎年の請求書になる。これが規範違反の本当の値段だ。本稿は、一回の制裁にしか目が向かない見方を、資本家の時間軸へ引き伸ばして読み直す。

01「罰金で済んだ」という錯覚

不祥事の報道で先に出るのは、課徴金や賠償の金額です。だから「いくら払って終わったか」で被害を測りたくなる。だが資本家はそこを見ていません。一回の支払いは決算の一行で消えますが、失った信頼はそのあと何年も価格に乗り続けるからです。

資本家にとって企業は将来キャッシュフローの束であり、その束を「いくらで割り引くか」が価値を決めます。割引率が資本コストです。不祥事が資本コストを押し上げれば、同じ将来計画でも企業価値は静かに目減りする。罰金は損益計算書の問題、資本コストは企業価値そのものの問題。この二つを混同すると、規範違反の値段を一桁見誤ります。

02大和銀行株主代表訴訟 ── 統制は「コスト」ではなく義務

規範違反の責任が、会社の外でなく内側の役員に向かうことを示したのが、大和銀行株主代表訴訟(大阪地判平成 12 年 9 月 20 日)です。判決は、取締役にはリスク管理体制(内部統制システム)を構築する義務があり、それは善管注意義務の内容に含まれると述べました。体制の整備を怠った結果として会社に生じた損害は、その役員の責任として問われうる。

ここが要点です。内部統制を「払えば減らせるコスト」と見るか、「払わなければ責任を問われる義務」と見るかで、経営の判断はまるで変わります。統制を削って当期の費用を浮かせる選択は、義務の不履行という別の負債を積む選択でもある。資材審査の体制も、この内部統制の一部分です。審査を「営業の足かせ」とだけ見る経営は、義務の側面を見落としています。

03事故の前に経路を断つ ── 会社法 362 条と COSO ERM

では、義務はいつ果たすべきか。事故が起きてからの後始末では遅い、というのが制度の立て付けです。会社法 362 条 4 項 6 号は、業務の適正を確保するための体制の整備に関する決定を取締役会の専属事項とし、同 5 項は大会社にその決定を義務づけます。体制の具体的な中身は会社法施行規則 100 条が列挙しています。決定するのは、事が起きる前です。

その体制を実際にどう組むかの枠組みを与えるのが COSO ERM です。リスクを洗い出し、許容範囲を決め、統制活動と監視を回す。設計の段階で逸脱の経路をふさいでおく発想がここにあります。なお、体制を「作った」だけでは足りず、現に機能しているかを監視する義務も別にある、という射程は次回(第 10 回)で扱います。

一時のコスト

課徴金・賠償

制裁金や損害賠償は、額が大きくても原則として一回限り。決算の一行で処理され、時間とともに視界から消えていく。

義務

内部統制の構築

大和銀行訴訟が示したとおり、体制整備は取締役の善管注意義務の内容。削れば費用は浮くが、義務の不履行という負債が残る。

恒常のコスト

資本コストの上昇

毀損した信頼はリスクプレミアムに変わり、毎年の資本コストに乗り続ける。罰金は一回、これは更新され続ける請求書。

04毎年の請求書 ── リスクプレミアムが上がる仕組み

信頼を失うと、なぜ資本コストが上がるのか。投資家はリスクの高い相手には高いリターンを要求するからです(リスクプレミアム)。一度逸脱を起こした企業は、また起こすかもしれないと見られる。その不確実性の上乗せが、株主資本コストにも負債コストにも反映されます。

結果として、同じ事業計画でも割引率が上がり、現在価値が下がる。罰金は一回の出費だが、上がった資本コストは毎年の負担として更新され続ける。しかも製薬のように信頼が事業の前提になっている産業では、一件の逸脱が製品全体の信頼に波及しやすく、上乗せ幅も大きく出ます。規範違反の本当の値段は、報道された制裁金額ではなく、その後に積み上がる資本コストの総額です。

05資材審査の現場へ ── 経路をふさぐ最前線

この経路は、資材審査の実務と直接つながります。不適切な情報提供は、厚生労働省の販売情報提供活動監視事業報告書が示すとおり、現実に起きている逸脱です(社名は匿名で公表されています)。一件の逸脱が信頼を削り、ここまで見たリスクプレミアムの経路を通って資本コストに乗る。審査は、その経路を事が起きる前にふさぐ役割を担っています。

だから審査員が経営に語るべきは、「規則だから差し戻す」ではありません。「これは無形資産である信頼の保全であり、資本コストの上昇を防ぐ投資だ」という、資本家の物差しの言葉です。逸脱を上層へ上げる経路の有無が機能を分けるのは、経営側の摩擦と協働の設計そのものでもあります。相手の物差しで価値を示せたとき、審査はコストセンターではなく、資本コストを抑える投資として理解される。それが、経営の意思決定を高い解像度で読み、こちらの判断を相手の言葉で返すということです。

Key Points ── 持ち帰る 4 つ
  1. 大和銀行株主代表訴訟は、取締役の内部統制システム構築義務を示した。統制は削れるコストではなく、怠れば責任を問われる義務。
  2. 会社法 362 条 4 項 6 号・5 項は大会社に内部統制整備の決定を義務づけ、COSO ERM がその実装の枠組みを与える。決定は事が起きる前に。
  3. 信頼の毀損はリスクプレミアムを押し上げ、株主資本コストにも負債コストにも乗る。割引率が上がれば企業価値は目減りする。
  4. 罰金は一回、資本コストは毎年。審査は逸脱の経路を事前にふさぎ、資本コストの上昇を防ぐ最前線にある。
出典・参考文献
  1. 大和銀行株主代表訴訟(大阪地判平成 12 年 9 月 20 日). 取締役のリスク管理体制(内部統制システム)構築義務が善管注意義務の内容に含まれ、整備を怠った場合に責任が問われうることを示した。
  2. 会社法第 362 条 4 項 6 号・5 項(内部統制システムの整備). 業務の適正を確保するための体制の整備に関する決定を取締役会の専属事項とし、大会社にその決定を義務づける。具体的内容は会社法施行規則 100 条が列挙。
  3. COSO ERM(全社的リスクマネジメント). リスクの識別・評価・統制活動・監視を統合し、事故の発生前に逸脱の経路を断つための実装枠組みを提供する。
  4. 厚生労働省. 販売情報提供活動監視事業報告書. 医療用医薬品の販売情報提供活動における逸脱事例を、社名を匿名としたうえで類型的に示す。