資材の最終決裁者は、肩書きの並びを見ても分からない。同じ「経営陣」でも、CEO・CxO・執行役員では、決める範囲も、法的に負う責任も違う。誰が何を決め、誰が責任を負うのかという執行の分担を押さえないと、「誰の決裁か」で力点を変えるべき審査の現場で、相手を読み違える。本稿は、経営陣という一語が束ねている役割を、会社法と販売情報提供活動ガイドラインに立ち戻って整理する。
01「経営陣」という一語が束ねているもの
「経営判断だから」「経営マターで」。資材審査の現場では、経営陣はしばしば一つの主語として語られます。だが、その中身は分かれています。全社の舵を取る CEO、財務や業務やコンプライアンスといった機能を預かる CFO・COO・CCO などの CxO、そして委任された権限で日々の業務を回す執行役員。同じ「経営陣」でも、決める範囲も見ている視点もそろっていません。
この違いは、審査の力点に直結します。「誰の決裁か」で、見るべき論点は変わる。営業出身の CEO が押す資材と、コンプライアンス担当役員(CCO)が通した資材とでは、そもそもリスクの読み方が違います。相手を一括りの「経営陣」と見た瞬間に、その判断がどの視点から出てきたのかが読めなくなります。
全社最適
事業全体の方向と資源配分に責任を負う。個別機能の事情より、会社全体としての成果を優先しやすい立場。
機能最適
CFO は資本効率、COO は業務、CCO は法令遵守と、担当する機能の軸で判断する。同じ資材でも見る指標が分かれる。
委任された執行
多くは会社法上の役員ではなく、委任された権限で動く社内の職位。決裁印を押す立場と、法的責任を負う立場は一致しないことがある。
02責任は肩書きでなく、権限の委任構造で決まる
経営陣の「責任」を、肩書きの上下で測るのは危うい。会社法上、会社の業務執行を担うのは取締役であり、指名委員会等設置会社では執行役がこれを担います(会社法 418 条)。その決定の枠組みを握るのは取締役会です(362 条)。一方、世間で「執行役員」と呼ばれる人の多くは、会社法上の役員ではありません。取締役会や代表取締役から委任された権限で動く、社内の職位にすぎないことがあります。
つまり、稟議書に決裁印を押した人と、法的責任を最終的に負う人が、同じとは限らない。資材の決裁者が誰かを見るときは、肩書きの重々しさではなく、その人がどこから権限を委任され、どこに責任が連なっているかという委任構造で読む必要があります。役員が会社から職務を託された者として負う受託者責任の中身は、取締役会の視点・第 2 回で扱います。
03審査は「監督と執行の分離」の上に立っている
会社法は、意思決定と監督を担う取締役会と、業務を実際に遂行する執行とを分けています(362 条)。資材審査は、この執行プロセスの内部統制の一部です。現場が作った資材を執行のラインの中でチェックし、逸脱を止める。その仕組みが機能しているかどうかは、最終的に取締役会の監督責任に連なります。
だから審査の不備は、現場の一ミスでは終わらない。それは執行の統制の穴であり、突き詰めれば取締役会の監督義務違反の入り口になりえます。審査員が向き合っているのは一枚の資材ですが、その背後には、監督と執行という会社統治の構造が控えています。
04審査員の判断は、経営陣の責務の代行である
販売情報提供活動ガイドライン(販提G)第 2-1 は、資材等の適切性を確保する審査・監督の体制を整え、機能させることを、はっきりと「経営陣の責務」として位置づけています。つまり審査は、経営から切り離された事務作業ではありません。経営陣が法的・倫理的に負っている責務を、執行のライン上で具体化する行為です。経営がこの責務をどう外部に説明するか(comply or explain)は、取締役会の視点・第 3 回に詳しく扱っています。
この座標を持つと、審査員の言葉が変わります。「規則だから差し戻す」のではなく、「これは経営陣の責務の履行であり、私はその執行を代行している」と語れる。相手が誰の視点(全社最適か、機能最適か)で判断したのかを特定し、経営陣自身が負う責務に照らして説明する。それが、経営の意思決定を高い解像度で読み、相手に届く言葉を選ぶための第一歩です。
- 経営陣は一枚岩ではない。全社最適の CEO、機能最適の CxO、委任された権限で動く執行役員に執行は分かれ、その全体を監督するのが取締役会である。
- 責任は肩書きでなく権限の委任構造で決まる。執行役員の多くは会社法上の役員ではなく、決裁印と法的責任は一致しないことがある。
- 販提G第 2-1 は、資材審査体制の整備と機能を「経営陣の責務」として名指ししている。
- 審査は経営陣責務の執行ライン上にある。孤立した事務作業ではなく、監督と執行の構造に連なる行為である。
- 会社法第 362 条(取締役会の権限等). 重要な業務執行の決定と取締役の職務執行の監督、および内部統制システムの整備に関する決定を取締役会の権限として規定。
- 会社法第 418 条(執行役の職務). 指名委員会等設置会社において、執行役が取締役会の委任を受けた業務執行の決定と業務の執行を行う旨を規定。
- 東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード 原則 4(取締役会等の責務). 取締役会が監督機能を中核として企業価値の向上に努めるべきことを規定。
- 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン 第 2-1(経営陣の責務). 販売情報提供活動の適切性を確保する体制の整備と機能を経営陣の責務として位置づける。