利益は「余り」ではない。資本の使用料だ。出資者は、無償で金を預けない。期待したリターンを下回れば、会計上は黒字でも、その事業は価値を生んでいない。本稿は、貸借対照表に現れない「見えない家賃」── 資本コスト ── を手がかりに、なぜ利益が要るのかを条文とレポートに立ち戻って整理する。

01黒字なのに、なぜ物足りないと言われるのか

決算が黒字でも、株主や投資家から「物足りない」と返ってくることがあります。現場の感覚では理不尽に映る。だが、彼らの物差しは「黒字かどうか」ではありません。預けた資本が、期待に見合うリターンを生んだか。これが問われています。

出資者は、その会社に投じた資金を別の使い道に回すこともできました。他社の株、国債、預金。だからこそ、最低限これだけは超えてほしいという水準がある。この水準を下回れば、黒字であっても「自分の金を遊ばせている」と映る。利益は、この水準を超えて初めて価値になります。だから「なぜ利益が要るのか」という問いの答えは、儲けたいからではなく、預かった資本に値札が付いているから、です。

02資本コスト ── 貸借対照表に載らない家賃

資本は二つの源から来ます。銀行などからの借入(負債)と、株主からの出資(株主資本)。負債には利息という明示的なコストがあり、請求書が届きます。見落とされがちなのが株主資本のコストです。株主は配当と株価上昇という形でリターンを期待しており、これも立派な使用料 ── ただし請求書の来ない家賃です。

この二つを資金の構成比で加重平均したものが WACC(加重平均資本コスト)。事業が生むリターンがこの WACC を下回れば、会計上は黒字でも企業価値は目減りしています。黒字は成功の証明にはならない。見えない家賃まで払えているかが、価値を生んだか毀損したかの分かれ目になります。

負債コスト

見える家賃

借入に対する利息。契約で金額が決まり、請求書が届く。だれの目にも費用として認識されやすい。

株主資本コスト

見えない家賃

株主が配当・株価上昇に期待するリターン。請求書は来ないが、満たせなければ資本は静かに逃げていく。

WACC

超えるべき水準

負債コストと株主資本コストを資金構成比で加重平均した値。事業のリターンが最低限これを超えてはじめて価値が生まれる。

家賃という言い方をするのは、払い続けなければならない点が賃料に似ているからです。一度の黒字ではなく、毎期この水準を超え続けて、ようやく資本に見合った経営と評価されます。

03伊藤レポートの ROE 8% ── 数字より、その先の発想

2014 年、経済産業省のプロジェクト最終報告書(通称・伊藤レポート)は、資本効率の一つの目安として ROE 8% を示しました。この数字が独り歩きしがちですが、要点は 8% という水準そのものではありません。

レポートが求めたのは、資本コストを継続的に上回る超過リターン(エクイティスプレッド)を出し続けることです。資本コストが人によって違う以上、8% を超えれば足りる会社もあれば、足りない会社もある。一度超えても続かなければ意味がない。「資本コストを超えているか」を自分の頭で問い続ける発想こそが、レポートの核です。

04原則 5-2 ── コストを意識しない投資は、緩慢な価値破壊

この発想は、企業に課せられた作法にもなっています。コーポレートガバナンス・コード原則 5-2 は、自社の資本コストを的確に把握したうえで、収益計画や資本政策の基本方針を示すよう経営に求めます。資本コストの把握は、もはや任意の高度なファイナンス論ではなく、上場会社が説明責任として負う前提です。

裏を返せば、コストを意識しない投資は、出資者から見れば緩慢な価値破壊にあたります。派手な損失を出さなくても、資本コストを下回るリターンしか生まない投資を続ければ、価値は静かに削られていく。だから経営は、どの事業に資本を残し、どこから引くのかを資本コストの物差しで語らなければなりません。

05資材審査の現場へ ── 「見えない家賃」を背負った判断

ここまでの話は、資材審査の実務とどうつながるのか。審査員が向き合うのは資材であって財務諸表ではありません。だが、その資材を生む経営判断の背後には、この見えない家賃が必ず効いています。

強気な売上計画、急いだ製品の押し出し、短期で成果を見せたいという圧力。その源をたどると、多くは「資本コストを上回れ」という要求にぶつかります。経営陣はこの要求を KPI と予算に翻訳して現場へ下ろす。だから現場の前のめりは、担当者個人の資質ではなく、上流の資本コスト圧力の帰結であることが多い。審査員がこの家賃の存在を知っていれば、なぜ経営がそこまで急ぐのかを高い解像度で読める

そして家賃は、不祥事のあとに跳ね上がります。一度信頼を失った企業は、投資家からより高いリターンを要求され、資本コストが恒常的に上がる。罰金は一度きりでも、上がった家賃は毎期の負担として残ります(この経路は第 9 回・第 10 回で扱います)。資材審査は、この見えない家賃を上げないための活動でもある ── そう捉え直すと、審査は削るべきコストではなく、資本コストを抑える投資として立ち上がってきます。

Key Points ── 持ち帰る 4 つ
  1. 利益は資本の使用料。期待リターンを下回れば、会計上の黒字でも価値破壊にあたる。
  2. WACC は負債コストと株主資本コストの加重平均。事業のリターンが WACC を下回れば企業価値は目減りする。
  3. 伊藤レポート(2014)は ROE 8% を目安に示したが、要点は資本コストを継続的に上回るエクイティスプレッドの維持にある。
  4. CG コード原則 5-2 は資本コストの的確な把握を経営に求める。意識しない投資は緩慢な価値破壊と映る。
出典・参考文献
  1. 経済産業省. 「持続的成長への競争力とインセンティブ ── 企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクト最終報告書(伊藤レポート、2014). ROE 8% を一つの目安とし、資本コストを上回るエクイティスプレッドの継続を求めた。
  2. 東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード 原則 5-2(経営戦略や経営計画の策定・公表). 自社の資本コストを的確に把握したうえで、収益計画・資本政策の基本方針を示すことを求める。
  3. 会社法第 105 条第 1 項第 1 号(剰余金配当請求権). 株主が会社の利益から配当を受ける権利を規定し、株主資本に対するリターン期待(株主資本コスト)の法的な裏づけとなる。