エビデンスを捻じ曲げなくても、営業の「やり方」だけで不適切になる行為がある。承認後1年の処方日数制限を倍量処方で実質的に迂回させる提案、合同説明会の場を使った適応外使用の暗黙容認、演者スライドの監督部門審査を省いたまま講演会を開催すること、経過措置が終わったのに旧様式の添付文書を載せた資材を使い続けること——これらは内容の誤りではなく手続きと姿勢の問題だ。7年間の監視事業報告書に記録されたこれらの事例を一件も漏らさず整理する。
So what / So why ── このカテゴリの本質
「その他の不適切な営業手法」とは、情報の中身ではなく提供の仕方・手続きの省略・場の悪用に問題がある行為を指す。製品説明の正確さとは別の次元で、規制や業界ルールの根幹を傷つける。
たとえば、新薬の処方日数制限(承認後1年は原則14日以内)は、市販後の安全性データが十分に蓄積されるまでの間、患者への長期投与リスクを抑えるために設けられている。MRがその制限を「倍量処方」という抜け穴で回避する方法を医師に教えることは、制度そのものを形骸化させる。医師が知らずに従えば、安全性未確認期間に患者が長期服用するリスクを背負う。
利益相反(COI)の非開示や、演者スライドの事前審査省略も同じ構造を持つ。演者が製薬企業からの資金提供を受けている事実を隠したまま「客観的な」講演として聴衆に届けることは、情報の信頼性評価に必要な前提を奪う。スポンサー企業が演者のスライドを審査しないまま講演会を開くことは、企業が自社製品に関する情報の正確性に責任を持たないことを意味する。
旧様式添付文書の継続使用は一見軽微に見えるが、2019年の記載要領改訂(緊急安全性情報欄・警告欄の明確化など)は、医療現場での誤読リスクを下げるための制度変更だ。5年の経過措置が2024年3月末で終了した後も旧様式資材を配布し続けることは、医療従事者が最新の安全情報を正確に把握することを妨げる。
What / Where / Why / How ── ガイドラインの何に逸脱したか
What(具体的に何が起きるか)
- 処方日数制限のある新薬について、倍量処方によって実質的に長期処方が可能だと医師に提案する
- 合同説明会の場で、共同出席した他企業の担当者が適応外使用を詳細に説明し、自社製品担当者がそれを否定しない
- 企業主催講演会で演者が自社製品を過度に宣伝したり、承認外の用法を繰り返し紹介したりしても、スポンサー企業が事前審査をしていない
- COI(利益相反)に関するスライドを「瞬きの間に消えてしまう」ほどの短時間しか表示しない、またはそもそも表示しない
- 2024年3月末に経過措置が終了した旧様式添付文書を含む資材を、その後も院内説明会で配布し続ける
- 医薬品卸の営業担当者が、未承認の適応拡大が「承認される見込み」だとして医療機関に在庫購入を促す
Where(どの場面・媒体で起きるか)
MRによる口頭説明(診察室外・薬剤部)、企業主催の院内勉強会・講習会、Webセミナー・オンライン講演会、医療関係者向け情報サイトの製品動画、製品説明資材(パンフレット・スライド)、医薬品卸営業担当者との商談。
Why(なぜ起きるか:深層心理の4ドライバー)
①動機づけられた推論——「この薬は良い薬だから、処方を増やす方法を教えることは患者のためになる」と結論を先行させる。②局所合理化——「合同説明会での説明は相手企業の話だから自社の責任ではない」「演者が言ったのだから自社は責任を負わない」と責任を分割する。③不作為の罪——COI開示の時間管理は演者任せ、スライド審査は担当者任せ、と確認を怠る。④責任の外部化——「経過措置の終了は知らなかった」「上司も同席していた」と組織や環境に責任を転嫁する。
How(ガイドラインの何に逸脱するか)
販売情報提供活動ガイドライン(2019年9月厚生労働省)は、「不適正使用又は誤使用を誘発しないよう」販売情報提供活動において「②承認された効能・効果、用法・用量等以外の使用方法を推奨すること」を禁じている。処方日数制限の潜脱はこれに該当する。COI開示については、ガイドラインが「販売情報提供活動に関連して費用が支払われた者が発表を行う場合には、その旨を明示すること」と定めている。資材の事前審査については「販売情報提供活動の資材等は、使用される前に、予め、販売情報提供活動監督部門による審査を受けること」と明記されており、演者資料も例外ではない。旧様式継続使用は「最新の知見等を得たときは、適宜、更新・修正されること」に反する。卸営業による未承認情報の提供は、薬機法第68条(未承認医薬品等の広告禁止)の趣旨と、製薬協コードが医薬品卸売業者にも適用される規範に抵触する。
事例 ── あますことなく
平成31年度(2019年)
媒体・領域:緑内障・高眼圧症治療薬/企業担当者による口頭説明
何をしたか:14日処方制限のある新薬について、医師から「来院間隔が合わず採用が難しい」と伝えたところ、「1本処方すれば1か月は使用できるので、1か月ごとの来院間隔でも可能」と説明した。
逸脱点:処方日数制限(承認後1年間は14日以内)に反する使用方法を勧奨した。
原文引用:「1本処方すれば 1 か月は使用できるので、1 か月ごとの来院間隔でも可能である」
媒体・領域:慢性便秘症治療薬/企業主催の勉強会(口頭)
何をしたか:新薬の処方日数制限について尋ねたところ「投与量を増量できるため、適宜調節すれば長期投与も可能」と説明。同一担当者が「小児領域で副作用が少ない有用な薬剤であり、医師に勧めてほしい」とも発言したが、薬価収載時の留意事項(他の便秘症治療薬で効果不十分な場合の限定使用)については説明しなかった。
逸脱点:処方日数制限の潜脱を促すとともに、安全性情報の提供が偏っていた。
原文引用:「本剤は投与量を増量できるため、適宜調節すれば長期投与も可能」
媒体・領域:鎮痛薬/医療関係者向け情報サイト上の製品紹介動画
何をしたか:本剤の安全性を示すために引用した論文の責任著者が、製造販売企業の「医学専門アドバイザー」として報酬を得ていたにもかかわらず、動画中ではその旨を表示しなかった。
逸脱点:原著論文の利益相反(COI)を明示しなかった。
媒体・領域:利尿薬/院内説明会でのプレゼンテーションスライド
何をしたか:本剤の有効性を示すために引用した論文について、COIがあるにもかかわらずスライド中にその旨の表示がなかった。
逸脱点:説明スライド中に原著論文のCOIを表示しなかった。
令和2年度(2020年)
媒体・領域:組織接着剤/製薬企業・医療材料企業の合同製品説明会
何をしたか:組織接着剤(効能:縫合または接合した組織からの体液等の漏出があり、他に適切な処置法のない場合に限定)と吸収性組織補強材の合同説明会において、医療材料企業の担当者が縫合により組織閉鎖が可能な舌癌切除手術後への適応外使用について、写真入りの講演資料を用いて詳細に説明した。製薬企業側はその説明内容について否定等をしなかった。
逸脱点:合同説明会の場で適応外使用が詳細に説明され、製薬企業がそれを容認した。ガイドラインは「承認された効能・効果、用法・用量等以外の使用方法を推奨すること」を禁じており、黙認も同様に問題となる。
媒体・領域:入眠剤/Web講習会
何をしたか:主催企業とのCOI関係がある演者の医師が冒頭にCOIスライドを提示したが、提示時間が非常に短く「瞬きの間に消えてしまう程度」だったため、受講者が内容を確認できなかった。
逸脱点:COIの明示義務は形式的に果たしても、内容を確認できる時間が与えられなければ実質的な開示とはならない。
原文引用:「COI スライドの提示時間が非常に短く、瞬きの間に消えてしまう程度であったため、内容を確認することができなかった」
媒体・領域:鎮痛剤/MRによる口頭説明
何をしたか:薬事承認後1年以内のため長期処方不可の本剤について、MRが医師に対し「倍量処方として実質14日分以上の処方が可能」と説明した。
逸脱点:承認後1年以内の処方日数制限の趣旨(市販後安全監視期間の確保)を意図的に迂回させる提案であり、制度を形骸化させる。
原文引用:「倍量処方として実質 14 日分以上の処方が可能だとの説明を行った」
媒体・領域:輸液類全般(特定製品でない)/企業主催の講習会
何をしたか:企業主催の講演会にて、演者が過度に主催企業の製品を宣伝した。
逸脱点:ガイドラインは「企業が主催・共催・後援等をする講演会等のプロモーション活動については、当該企業の責任において適切に行われるよう管理すること」と定めている。演者の発言も主催企業の責任範囲にある。
令和3年度(2021年)
媒体・領域:抗インフルエンザ薬/医薬品卸の営業担当者による口頭説明
何をしたか:卸の営業担当者が、未承認の適応拡大について「承認がなされる見込み」だとして、医療機関に本剤の在庫購入を促した。
逸脱点:ガイドラインの対象は「医薬品製造販売業者、その委託先・提携先企業及び医薬品卸売販売業者が行う販売情報提供活動」を含む。未承認の効能効果を根拠に購入を勧誘することは薬機法第68条(未承認医薬品等の広告禁止)の趣旨に反する。
原文引用:「適応拡大について承認がなされる見込みだが、本剤の在庫は置かなくてよいか?」
媒体・領域:(特定製品でない)/メーカー主催のWebセミナー
何をしたか:メーカー主催のWebセミナーで、いずれの発表者もCOI開示を行わなかった。発表者によれば「メーカーからCOI開示に関して求められなかったため」。
逸脱点:COI開示はスポンサー企業が演者に求め、管理する責任がある。企業が求めなかったことで複数の演者が全員未開示という事態が生じた。
原文引用:「いずれの発表者も COI 開示を行わなかった。発表者によれば、メーカーから COI 開示に関して求められなかったため、COI の表示を行わなかった」
媒体・領域:不眠症治療薬/企業担当者による口頭説明
何をしたか:新医薬品上市後の処方日数制限への対応として、「用法用量で認められた1日の上限量の半分の量を2錠14日分処方することで、実質的に28日分の処方ができる」という倍量処方の提案を医師に行った。
逸脱点:1回の処方で実質28日分を交付させるための具体的手法を教示しており、処方日数制限の趣旨を正面から否定する行為。
原文引用:「用法用量で認められた 1 日の上限量の半分の量を 2 錠 14 日分処方することで、実質的に 28 日分の処方ができる」
令和4年度(2022年)
令和4年度の疑義報告事例の分類は①〜⑥(未承認効能、データ加工、エビデンスなし、誇大表現、他社誹謗、安全性軽視)のカテゴリのみで、「COI不開示」「その他の不適切な営業手法」に該当する疑義事例の報告はなかった。
令和5年度(2023年)
媒体・領域:骨粗鬆症治療剤/企業担当者による院内説明(対面)
何をしたか:院内宣伝の許可を得るため薬剤部に事前説明を行った際、レビュー論文の概念図を示し「本剤は**よりもアナボリックウインドウが良く、骨吸収を過度に起こさないので優れている」と説明した。確認するとこの概念図は骨代謝効果を発揮する期間を概念的に示したものであり、実際の臨床効果を直接示したデータではなかった。
逸脱点:臨床効果を示すデータなく、概念図だけを根拠に自社製品の優位性を主張した。ガイドラインは「信頼性・正確性が十分でない情報に基づいた説明」を禁じている。
原文引用:「本剤は**よりもアナボリックウインドウが良く、骨吸収を過度に起こさないので優れている」
令和6年度(2024年)
令和6年度の疑義報告事例の分類は①〜⑦(未承認効能、データ加工、エビデンスなし、事実誤認、有効性のみ強調、他社誹謗)のカテゴリで構成されており、「その他の不適切な営業手法」に特化したカテゴリの事例報告はなかった。
令和7年度(2025年)
媒体・領域:漢方製剤/院内製品説明会の製品説明資材
何をしたか:2024年下期に開催した院内製品説明会で、担当MRが旧様式の添付文書の内容が掲載された製品説明資材を配布した。医療用医薬品添付文書の記載要領は2019年4月1日に改訂され、5年間の経過措置期間が設けられていたが、2024年3月31日に経過措置は終了していた。
逸脱点:ガイドラインは「販売情報提供活動の資材等は、関係法令や本ガイドラインを遵守して作成されなければならず、最新の知見等を得たときは、適宜、更新・修正されること」と定める。経過措置終了後も旧様式資材を使用し続けることはこれに反する。
媒体・領域:アレルギー用薬/企業主催講演会のスライド(①〜⑥の複数項目に同時該当)
何をしたか:製薬企業主催の講演会で、演者の医師が承認された用法用量とは異なる「短時間投与法」や「少量長期投与」を繰り返し紹介した。他社製品B剤について「A剤とB剤は全く同じものだから切り替えても安全」とエビデンスなく説明し、最後のスライドには「A剤は安全、簡単、患者メリット大」と記載した。演者が作成したこれらの資料は、販売情報提供活動監督部門による事前審査を経ないまま希望する受講者に配信された。事案発覚後の是正措置でも、受講者全員を対象とした訂正活動は行われなかった。
逸脱点:ガイドラインは「販売情報提供活動の資材等は、使用される前に、予め、販売情報提供活動監督部門による審査を受けること」と定めている。承認外用法の推奨、他社製品の誹謗、安全性の軽視、誇大表現が複合的に含まれていたにもかかわらず、審査という最後の防衛線が機能しなかった。
原文引用:「演者の医師が、本剤 A 剤について、承認された用法用量とは異なる、短時間投与法や少量長期投与などを繰り返し紹介した」「販売情報提供活動監督部門による事前の審査を経ないまま、希望する受講者に対して配信した」
まず過去のインシデントから学ぶ ── 全 9 章の地図
- 第1回: 事実誤認のおそれのあるデータ使用・加工
- 第2回: データ・グラフの恣意的な抜粋/加工/見せ方
- 第3回: エビデンスのない説明・信頼性に欠ける情報
- 第4回: 未承認の効能効果・用法用量の提示
- 第5回: 誇大な表現
- 第6回: 有効性のみの強調・安全性情報の軽視
- 第7回: 他社製品の誹謗・中傷
- 第8回: 利益相反(COI)の不開示
- 第9回 (本章): その他の不適切な営業手法
- 処方日数制限の潜脱は制度の形骸化だ. 「倍量処方で実質28日分」という提案は薬事制度を法の抜け穴で無効化する行為であり、市販後安全監視という制度目的そのものを損なう。
- 演者と資材の管理責任は企業にある. COI未開示も、監督部門の事前審査を受けていない講演スライドも、「演者が言った」では免責されない——スポンサー企業が負う責任の範囲に含まれる。
- 手続きの省略は内容の誤りと同じ重みを持つ. 旧様式添付文書の継続使用、合同説明会での適応外説明への黙認、卸営業による未承認情報の伝達——どれも「内容は正しいかもしれない」では免責されない逸脱である。
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」平成31年度(2019年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和2年度(2021年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和3年度(2022年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和4年度(2023年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和5年度(2024年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和6年度(2025年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書」令和7年度(2026年3月)
- 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2019年9月25日)
- 日本製薬工業協会「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するコード・オブ・プラクティス」
- 厚生労働省「医療用医薬品の製品情報概要等に関する作成要領」