有効性を20分かけて語り、安全性は「最後の10秒」。その構造は嘘ではないが、医師の手元にあるのは偏った情報だ。「聞かれなかった」「時間が足りなかった」という言い訳は後から整う。しかし、語らなかったことで医師が誤った判断をし、患者が傷ついたとき、それは不作為の責任になる。この信条の核心はひとつだ。不利な情報を、自分から差し出す。聞かれてから答えるのではなく、聞かれなくても伝える。

So what / So why ── なぜこの信条が要るか

医師が処方を決める瞬間、手元にある情報がすべてだ。リスク管理計画(RMP)に「重要な潜在的リスク」として乳酸アシドーシスが明記されていても、説明会でその言葉が一度も出てこなければ、医師の判断材料には入らない。日本人部分集団で腎不全イベントのハザード比が1を超えたために当初薬事承認が見送られた経緯があっても、20分の説明会で語られなければ、存在しないも同然だ。情報の非対称は、語ったことではなく語らなかったことによって生まれる。

販売情報提供活動ガイドラインは「有効性及び安全性に関する事実に基づく正確な情報を提供する」と定め、続けて「ネガティブな情報についても提供すること」と書く。不作為もまた逸脱になる、という原則だ。製品の価値を正確に伝えることと、都合の悪いデータを差し出すことは、切り分けられない一体の義務だ。

この問題が繰り返し記録されてきたのは、個々の担当者の善悪の問題ではない。令和4年度の監視事業報告書は、有意差が出なかった国内第三相試験を説明しないという同じ省略が複数の医療機関で同時に確認されたと記録した。個人の判断が偶然一致したのではなく、組織として「このデータは出さない」と決めた可能性を示している。不利な情報を語らないことは、気づかないうちに組織の方針になる。

信条 ── こうありたい

私は、説得する人間ではなく科学的根拠を管理する人間でありたい。担当する製品を信じているし、患者の役に立てると思っている。だからこそ、有効性だけを語って終わりにしたいという気持ちも、正直ある。安全性の話をすれば先生が処方をためらうかもしれない。患者がこの薬を使えなくなるかもしれない。その怖さは本物だ。

でも、そこで立ち止まる。医師は処方する人間であり、リスクとベネフィットを自分で判断する人間だ。その判断を可能にするのが私の仕事で、判断の結論を誘導するのは私の仕事ではない。RMPに重要リスクとして挙げられているなら、その言葉を口にする。日本人集団でネガティブなデータがあるなら、聞かれなくても先に出す。禁忌患者がいるなら、適応の説明と同じ丁寧さで話す。語らなかったことが医師の記憶の中で「問題のない薬」という印象を作り上げるとき、私は結果に加担している。

迷いが消えるわけではない。「この情報を出すと採用が遠のく」という現実的な計算は、頭の中に常にある。それでも、説明が終わったとき「私は伝えるべきことを全部伝えた」と思えるかどうかを、自分への問いとして持ち続けたい。その問いが折れた瞬間が、語らない選択の始まりだと知っているから。

日々の実践 ── 具体的な行動とチェック

信条は行動に翻訳されなければ機能しない。説明会の準備から終了まで、以下のチェックを習慣にする。

説明前の準備

説明中の自問

説明後の振り返り

試される場面 ── 重圧の下で

この信条が最も試されるのは、語らないことを合理的に見せる圧力が重なる場面だ。

新薬立ち上げ期のKPI圧力 上市直後の数ヶ月、組織全体が採用率の数字を追う。週次で「〇〇病院、採用可否」が報告される体制では、採用につながりにくい安全性情報を積極的に出す動機は構造的に弱まる。「先生が気にするような情報を出さなくていい」という空気は、誰かが言葉にするより前に漂う。このとき、数字のプレッシャーと語る義務がぶつかる。

薬事委員会という試練の場 採用・不採用を決定する薬事委員会向けのヒアリングは、語る義務が別の形で試される場だ。令和5年度の監視事業報告書(資料番号001272191)は、循環器官用薬の事例を記録している。この薬剤は承認時に日本人での腎不全への進展抑制効果について議論があり、電子添文には「日本人では腎不全への進展抑制効果が弱い可能性がある」と注意喚起が記載されていた。しかし、院内の薬事委員会のためのオンラインヒアリングでは、この点は一切触れられなかった。医療従事者が質問して初めて、日本人部分集団に関するデータが「最初の説明で使用した一連のスライドとは別のスライド」として示された。報告書は「十分な説明時間を病院側が確保したにもかかわらず、ネガティブな情報提供を敢えて行わなかったことが疑われる」と評した。聞かれれば答えた、という事実は残る。しかし、差し出すのと引き出させるのとでは、医師・薬剤師の手元に届く情報の質が変わる。

「患者のため」という善意の言い訳 「安全性を強調すれば先生が処方をためらう。この薬を使えなくなる患者がいる」という思考は、善意に見える。しかし、その判断を下す権限は医師にある。私に許されているのは判断材料を揃えることで、結論を誘導することではない。善意の形をした動機づけられた推論に気づいたとき、一歩引く。

上長から「もっと有効性を前に出して」と言われたとき これは直接的な圧力だ。「安全性の話を減らして」ではなく「有効性をより強く」という形で来ることが多い。結果として安全性の時間が削られる。この場面での対応は、「有効性の説明を短縮するのは難しいですが、安全性の時間を確保するために全体を構成し直すことは可能です」という交渉だ。語る義務はコンプライアンスの要件であり、交渉の余地のある案件ではないと伝える。

重圧の下でこの信条がどう機能するか、またどう侵食されるかについては、内側から見る第5回「語らない、という選択 ── 不作為の罪」で詳しく分析している。語らないことを合理的に見せる4つの心理ドライバーと、その作動パターンを参照してほしい。

拠り所 ── 折れそうな時に立ち返る

「語る義務」が自分の中で曖昧になりかけたとき、立ち返れる原則がある。

販売情報提供活動ガイドラインは「有効性及び安全性のいずれについても、科学的根拠に基づく正確な情報を提供する」と定める。続けて「ネガティブな情報についても提供すること」と明記する。この「についても」が核心だ。有効性の話が終わったら安全性の話をする、ではなく、安全性情報の提供それ自体が独立した義務として存在している。

さらにガイドラインは「企業は科学的・客観的根拠に基づかない情報提供を行ってはならない」とも定める。語らなかったことで生じた偏った印象は、科学的・客観的根拠に基づかない情報提供が結果として生まれた状態と変わらない。省略による印象操作は、虚偽の主張と同じ帰結をもたらす。

記録が示す現実を、もう一度確認しておきたい。令和7年3月版の調査事業報告書(資料番号001520054)が記録した循環器官用薬の事例では、日本人部分集団で腎不全イベントのハザード比が本剤群で1を超えたために当初の薬事承認が見送られ、添付文書への注意喚起等を条件に承認された薬剤について、20分の製品説明会でその経緯が一切語られなかった。報告書は「有用性のみを説明し、安全性のリスクに関する情報について説明しないことは偏った情報提供である」と評した。20分間に何を語り、何を語らなかったか、その記録は残る。

同じ報告書には、さらに踏み込んだ記述がある。「指摘された時には謝罪すればよいと意図的に不適切な情報提供を行っていることが疑われるものもある。この場合、極めて悪質な情報提供ということで、本事業では注視している」。発覚してから謝る計算の上で語らない選択をするとき、それはもう個人の良心の問題ではなく、組織としての設計の問題だ。そこまで行き着かないために、今日の説明会の準備段階で自分に問う。

有効性と安全性を対等に扱った事例の記録と、対等に扱わなかった事例が残した帰結については、過去のインシデントから学ぶ第6回「有効性のみの強調・安全性情報の軽視」を参照してほしい。平成31年から令和7年まで7年間、毎年途切れなく記録されてきた逸脱の具体的な形を見れば、「語らなかっただけ」がどこへ続くか、よくわかる。

こうありたい ── 資材作成者の10の信条 ── 全 10 章の地図

  1. 第1回: 科学的根拠の管理者 ── 私は売る人ではない
  2. 第2回: 読み手の頭の中に責任を持つ
  3. 第3回: 結論を疑う良心 ── データに先導される
  4. 第4回: 全体に署名する ── 1スライドでなく文書全体
  5. 第5回 (本章): 語る義務 ── 有効性と安全性を対等に
  6. 第6回: 引き受ける ── 「医師が判断する」で逃げない
  7. 第7回: 数字との正しい距離 ── ノルマは制約、目的ではない
  8. 第8回: 競合他社への敬意 ── フェアプレーが信頼をつくる
  9. 第9回: 開かれていること ── Limitation(限界)・不確実性・利益相反を自ら言う
  10. 第10回: 良心を組織の仕組みに埋め込む ── 個人から組織へ、見える形で残す
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 語らなかったことも情報を作る。 有効性を詳しく語り安全性に触れない説明は、医師の記憶の中に「問題のない薬」という印象を作り上げる。これは虚偽の主張ではないが、帰結は同じだ。語る義務は「聞かれれば答える」ではなく「聞かれなくても出す」を基準にする。
  2. RMPの重要リスクは、名前を口にしてはじめて伝わる。 添付文書に書いてある、RMPに記載されている、では医師の判断材料には届かない。乳酸アシドーシス、多尿・頻尿、悪性腫瘍リスク、体重減少リスク。具体的な言葉を説明会の中で声に出すことが、情報提供の最低ラインだ。
  3. 不利なデータを最初から出すか、聞かれてから出すかは、別の行為だ。 令和5年度の監視事業報告書(資料番号001272191)が記録した薬事委員会向けヒアリングで、日本人部分集団のネガティブデータは質問されるまで別スライドに留まっていた。「聞かれれば答えた」は成立する。しかしその構造は「語る義務」を果たしていない。差し出すのと引き出させるのとでは、医師・薬剤師の手元に届く情報の質が変わる。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2018年9月25日)
  2. 厚生労働省 販売情報提供活動調査事業報告書 令和7年3月版(資料番号001520054)
  3. 厚生労働省 販売情報提供活動監視事業報告書 令和5年度(資料番号001272191)
  4. 厚生労働省 販売情報提供活動監視事業報告書 令和4年度(資料番号未確認)
  5. 日本製薬工業協会「医療用医薬品プロモーションコード」
  6. 医薬品等適正広告基準(厚生労働省)
  7. 薬機法第66条(誇大広告等の禁止)
  8. Bazerman, M.H. & Tenbrunsel, A.E. (2011). Blind Spots: Why We Fail to Do What's Right and What to Do About It. Princeton University Press.
  9. Tversky, A. & Kahneman, D. (1981). The framing of decisions and the psychology of choice. Science, 211(4481), 453–458.