人は、測られた指標に最適化する。短期の売上に連動する報酬を置けば、人は短期の売上を最大化する行動を取る。そのなかには、資材の表現を効きそうに見せる誘惑も混じる。リスクは外から降ってくるものだけではない。報酬の設計そのものが、組織の内側からリスクを作り出す。

01測られるものが、行動を決める

業績連動報酬は、努力を引き出す装置です。目標を数字で示し、達成度を報酬に結びつければ、人はその数字に向かって動く。ここまでは設計者の意図どおりです。問題は、その同じ仕組みが、数字の抜け道を探す動機も同時に生むことにあります。

so why ── 測りやすい指標は、たいてい売上や処方数です。逆に、資材の質やコンプライアンス遵守は測りにくい。報酬を売上だけに結べば、測りにくい価値は構造的に後回しになる。これは担当者の倫理観の欠如ではなく、設計が行動を歪めた結果です。何を測るかを決めた時点で、何が軽んじられるかも決まっている。

02報酬の二面性 ── 努力と、抜け道

同じ報酬が、望ましい努力と望ましくない近道の両方を引き出す。この二面性を見落とすと、「もっと頑張れ」という号令が、そのまま「もっと際どく攻めろ」という圧力に翻訳されてしまいます。

報酬とインセンティブをどう設計するかは、経営の中核的な意思決定です。評価表と報酬が理念に勝つという力学は、経営陣の視点 第 5 回で扱いました。リスク管理の側から見れば、その設計は「どんなリスクを内側から生むか」を決めるレバーでもあります。

03三つの設計レバー

報酬設計は、リスクを増やす方にも減らす方にも働きます。同じ「報酬」という道具が、置き方しだいで誘発装置にも抑制装置にもなる。代表的な三つを並べます。

誘発

短期売上への一辺倒な連動

測りやすい売上・処方数だけを報酬に結ぶと、測りにくい品質・コンプラが後回しになる。KPI の抜け道を探す動機が強まり、逸脱の確率が上がる。

是正

中長期業績との連動

コーポレートガバナンス・コードは、報酬を中長期の業績と連動させ、健全なインセンティブとして機能させることを求める(補充原則 4-2①)。短期偏重そのものが構造的なリスク源とみなされる。

抑制

クローバックとコンプラ指標

不正が後に判明したときに報酬を返還させるクローバック、コンプライアンス指標の報酬反映。暴走を事前に抑える設計であり、リスク管理は報酬委員会の議題でもある。

三つを見比べると、報酬は事後に効く罰則ではなく、事前に行動を方向づける設計だと分かります。どのレバーをどれだけ引くかで、組織が内側から生むリスクの量が変わる。

04逸脱資材は、悪意ではなく構造の産物

so what ── 審査員が日々向き合う逸脱資材の多くは、個人の悪意から生まれたものではありません。その根をたどると、営業目標と評価制度に行き着くことが多い。「なぜこの表現をしたのか」という問いの答えが、担当者の人格ではなく報酬構造にある、という見立てです。

この見立てを取ると、再発防止の道筋が変わります。犯人を見つけて叱る、審査を厳しくして一件ずつ止める ── それも要りますが、根は残る。同じ報酬構造が残れば、別の担当者が同じ逸脱を持ち込む。再発防止は、審査の強化である前に、制度の設計の問題です。

05審査の現場へ ── 制度設計として語る

では審査員は何ができるのか。一件の差し止めは対症療法にとどまります。効くのは、逸脱の背景にある報酬構造を言葉にして、制度設計の側へ問いを返すことです。厚生労働省の販売情報提供活動監視事業報告書が示すとおり、逸脱は特定の個人や一社に限らず反復して起きる。個人の問題なら反復しないはずのものが反復するのは、構造が同じだからです。

審査員が「この資材は基準に反する」とだけ言えば、現場は次の資材で同じ縁を攻めてきます。そこで止まらず、「この種の逸脱は、短期売上一辺倒の報酬が生んでいる」と経営の言葉で示せれば、議論は審査室から報酬委員会へ移る。リスクの源を断つのは、そちらの会議室です。

Key Points ── 持ち帰る 4 つ
  1. 人は測られた指標に最適化する。報酬の設計が、行動とリスクを内側から作り出す。
  2. 短期売上への一辺倒な連動は、KPI の抜け道(逸脱)を探す動機を強める。
  3. 逸脱資材は、個人の悪意よりも報酬構造の産物であることが多い。再発防止は制度設計の問題。
  4. CG コードは中長期連動の健全なインセンティブを求める。クローバックやコンプラ指標の反映で暴走を抑える。
出典・参考文献
  1. 東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード 原則 4-2・補充原則 4-2①. 経営陣の報酬を中長期業績と連動させ、健全な企業家精神を支えるインセンティブとして設計すべきことを規定。
  2. 経済産業省. 伊藤レポート(2014・「持続的成長への競争力とインセンティブ」最終報告書). インセンティブ設計と、資本コストを上回る持続的成長の関係を論じる。
  3. 厚生労働省. 販売情報提供活動監視事業報告書. 医療用医薬品の情報提供における逸脱事例と、その背景要因を継続的に報告(社名は匿名化)。