経営にとって、資材審査は二通りに見えます。速度を奪う障害物か、安全に速く走らせる制御装置か。ブレーキと呼ぶか、ハンドルと呼ぶか。どちらの比喩を選ぶかで、審査という機能の地位が決まります。本稿は、このシリーズを経営陣の物差しで締めくくります。なぜ審査がハンドルなのかを、法的義務とガイドラインの一続きの要求から確かめ、最後は現場へ戻します。
01比喩が、審査の地位を決める
審査を「ブレーキ」と呼ぶとき、それは速度を落とす装置として理解されています。ブレーキは無いほうが速い。だから審査は遅延コストとみなされ、最小化の対象になります。承認を待つ時間、差し戻しの往復、その全部が「失われた速度」として勘定される。
審査を「ハンドル」と呼ぶと、見え方が反転します。ハンドルは速度を奪う装置ではなく、事故を避けながら速く走らせるための制御です。カーブで車を道に留めるのはハンドルであって、ブレーキだけでは曲がれない。同じ審査でも、経営がどちらの比喩で理解するかによって、扱いは正反対になります。比喩は飾りではなく、予算と人員の配分を静かに決める枠です。
遅延コスト
速度を奪う装置とみなされ、最小化の対象になる。承認待ちと差し戻しが「失われた速度」として勘定される。
事故を避けて速く
速度でなく方向を制御する装置。曲がるために要る。速く安全に走らせる前提として組み込まれる。
扱いを左右する
どちらの比喩を選ぶかが予算と人員の配分を決める。比喩は飾りでなく、意思決定の枠そのもの。
02審査は、経営が負う法的義務の履行
ハンドルかブレーキかは、好みの問題ではありません。法は、審査体制を「あってもなくてもよいもの」とは扱っていないからです。
会社法362条4項6号は、内部統制システムの整備に関する決定を取締役会の専決事項とし、同条5項は大会社にその決定を義務づけます。大和銀行株主代表訴訟は、リスク管理体制の構築が取締役の善管注意義務の内容に含まれ、これを怠れば巨額の賠償責任が生じうることを示しました。資材審査の体制は、この内部統制の一部を構成します。経営が審査体制の構築を怠ることは、コスト削減ではなく義務違反の入り口です。取締役会の監督義務との接続は、取締役会の視点 第6回で内部統制構築義務として扱いました。
03販提Gは、審査を経営陣の責務として一続きで求める
会社法が体制の骨格を定めるなら、販売情報提供活動ガイドラインは製薬に固有の中身を埋めます。しかもそれを、現場の作業ではなく経営陣の責務として名指しします。
第2-1の経営陣の責務に始まり、第2-3の資材等の適切性の確保、第2-4の評価や教育、第2-5のモニタリングまで、体制整備・適切性確保・評価・監督が一続きで経営陣に課されています。審査はこの連なりの実行部分にあたる。販提Gの設計では、審査は経営から切り離された雑務ではなく、経営の執行そのものです。だから審査員の判断は、経営陣が法的に負う責務を現場で代行している行為だと読めます。
04だから、審査員はハンドルとして振る舞う
ここまでをまとめると、審査員が立つべき位置が見えてきます。止める存在ではなく、速く安全に進ませる存在。ブレーキではなく、ハンドルです。
そのために要るものは二つあります。経営の言語で価値を語ることと、義務の履行を支える実務です。リスク・資本コスト・速度という相手の物差しで「なぜこの記録を残すのか」「なぜこの表現を止めるのか」を説明できれば、審査は遅延ではなく制御として理解されます。そして記録と独立性が、内部統制が現に機能している証拠になる。審査員は経営執行のパートナーであり、止めるためでなく、方向を与えるために現場に立っています。経営陣の四層を締めくくるこの視点は、取締役会から見た審査の結論(取締役会の視点 第10回)とも重なります。日々の審査記録の一枚一枚が、経営がハンドルを握っている証拠になる。そこに、この仕事の手応えがあります。
- 審査をブレーキ(遅延コスト)と見るか、ハンドル(速く安全に走らせる制御)と見るか。比喩が審査の地位を決める。
- 審査体制は内部統制構築義務の履行(会社法362条4項・大和銀行事件)。構築を怠れば義務違反の入り口になる。
- 販提Gは第2-1から第2-5までを一続きで経営陣の責務として要求する。審査は経営の執行そのもの。
- 審査員は経営執行のパートナー。止めるためでなく、速く安全に進ませるために現場に立つ。
- 会社法第 362 条 4 項 6 号(内部統制システムの整備). 業務の適正を確保するための体制の整備に関する決定を取締役会の専決事項とする。資材審査の体制はこの内部統制の一部を構成する。
- 大和銀行株主代表訴訟(大阪地裁 2000 年 9 月 20 日判決). リスク管理体制の構築が取締役の善管注意義務に含まれ、これを怠れば巨額の賠償責任が生じうることを示した。
- 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン 第 2-1〜第 2-5. 経営陣の責務から資材の適切性確保・評価・モニタリングまでを一続きで規定し、審査体制を経営陣の責務として課す。
- 東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード 原則 4(取締役会等の責務). 取締役会に実効性の高い監督を求め、経営執行を監督する機能を規定する。