競合品を誹謗したくなる瞬間に、必ず「失いたくない」という感情がある。平成31年から令和7年まで、監視事業の報告書が記録し続けた他社誹謗事例は、ほぼ例外なく、そういう場面で生まれている。この信条は、その感情を否定しない。誰でも感じる。ただ、その感情に任せることのコストと、根拠のある情報だけで向き合い続けることの長期の利益を、静かに比べてみようというものだ。競合他社への敬意とは、相手を称えることではない。自分が根拠のある言葉しか使わない、という選択だ。

So what / So why ── なぜこの信条が要るか

誹謗は「倫理の欠如」から生まれるのではない。競合という圧力がかかる局面で、「守らなければ」という感情が判断の閾値を下げるときに生まれる。平成31年から令和7年までの報告書を通覧すると、バイオシミラー切替の検討期、競合新薬の上市直後、四半期末のラスト3日間——つまり焦りが最も大きくなるタイミングに事例が集中している。それ自体が、誹謗の問題を「心の持ち方」だけで語れない理由だ。構造を知った上で、どこに線を引くかを決めなければならない。

公正競争が長期の利益になる理由は、医療者の記憶の長さにある。MRを年単位で観察している医師や薬剤師は、「根拠のない他社批判をした人」という印象を製品が変わっても持ち続ける。令和6年版報告書が「MR個人の資質の問題というよりも、営業組織による意図的な取組を疑う事案もみられた」と記録したのは、誹謗が個人の逸脱を超えて組織化したときの是正コストがいかに大きいかを示している。個人のフェアプレーは、そこへの最初の防波堤だ。

「競合品に触れない」という選択肢は、弱さではない。自社製品の有効性と安全性の両面を科学的根拠に基づいて伝え続ける人は、比較を持ち出さなくても「あなたの話は信頼できる」という評価を積み上げる。競合品に何かを言いたくなったとき、それは「自社品の説明だけでは足りない」というサインかもしれない。そのサインを無視して他社批判に向かうか、それとも自社品の何が足りていないかを正直に考えるか——その分岐が信条の中心にある。

信条 ── こうありたい

競合品の名前が頭に浮かんだとき、私はまず一つのことを確かめたい。「これは比較データのある話か」。データがあれば、自社品の不利な点も含めて提示できる。データがなければ、言わない。断り書きをつけても免責にはならないと、報告書は繰り返し示してきた。「データはないので参考として」という一言は、根拠のない批判を安全にする言葉ではない。

これらは完璧にできると言い切るための言葉ではない。焦りが強い場面では、この一行ずつが重くなる。それでもここに戻れる、という置き場所として書いておきたい。

日々の実践 ── 具体的な行動とチェック

切替を検討している医療機関を訪問する前に

医師・薬剤師から競合品について聞かれたとき

訪問前の1分自問

面談後の振り返り

試される場面 ── 重圧の下で

切替決定の前日、上長が同席するオンライン面談、四半期末の締め前——このタイミングで信条は最も削られる。「ここで何か言わなければ」という感覚は、誰でも持つ。問題はその「何か」が根拠のある情報かどうかだ。

令和6年版報告書の事例では、上司が同席した面談で担当者が他社2製品を名指しで誹謗していた。報告書はそれを「営業組織による意図的な取組をうかがわせる」と記録した。上司がいる場でのこういう発言は、「組織が認めた行動だ」という感覚を生む。だが逸脱かどうかは、上司が同席していたかどうかとは無関係に判断される。「承認されていると思った」は免責にならない。

また令和5年版の事例では、「先生はどのようにお考えでしょうか」という問いかけで医師に批判を言わせる構造が使われていた。「自分は言っていない」という意識があったとしても、報告書はその誘導を誹謗・中傷と判断した。迂回路は免責にならない。

重圧の下で人がどのような心理的プロセスをたどって誹謗に向かうか——その構造の詳細は、第2シリーズ第8回「競合という不安 ── 焦りが他社誹謗を生む」に接地している。「守りたい」という感情が「攻撃」に転じるまでの流れを知っておくことは、同じ場面で立ち止まる助けになる。

線を引くための問いは一つだけでいい。「今から言おうとしていることに、科学的根拠があるか」。根拠があれば言える。なければ言わない。それだけでいい。

拠り所 ── 折れそうな時に立ち返る

販売情報提供活動ガイドラインは4つの原則を掲げている。科学的・客観的根拠に基づくこと。有効性と安全性の両面を提供すること。公正競争を旨とすること。利益相反を透明にすること。これらは理念の言葉だが、折れそうな瞬間には具体的な戻り場所になる。「今しようとしていることは、科学的根拠があるか」という問いに戻れる。

誹謗が実際にどんな形を取ってきたかを確認したいとき、第1シリーズ第7回「他社製品の誹謗・中傷」は平成31年から令和7年までの全事例を記録している。「データはないので参考として」という断り書きも、医師への誘導質問も、因果関係未確認の口コミを「異常事態」と呼んだことも、すべて逸脱と判断されている。そこに並ぶのは、フェアプレーを選ばなかった人たちの記録だ。

その記録を読む意味は、糾弾のためではない。同じ重圧の下で、同じような感情を持ちながら、別の選択をしなかった人がいたという事実を知るためだ。その事実は「自分も同じ場面に立てる」ということを意味する。そして同時に、「自分はそこで別の選択ができる」ということも意味する。

公正競争は誠実さの問題でもあるが、それ以前に、長く働き続けるための現実的な選択でもある。根拠のある情報だけを届け続けた人が5年後に持っている信頼の蓄積は、誹謗で一時的にシェアを守った人が持つそれとは、質が違う。その信頼は、次の製品でも、その次の製品でも使える。

こうありたい ── 資材作成者の10の信条 ── 全 10 章の地図

  1. 第1回: 科学的根拠の管理者 ── 私は売る人ではない
  2. 第2回: 読み手の頭の中に責任を持つ
  3. 第3回: 結論を疑う良心 ── データに先導される
  4. 第4回: 全体に署名する ── 1スライドでなく文書全体
  5. 第5回: 語る義務 ── 有効性と安全性を対等に
  6. 第6回: 引き受ける ── 「医師が判断する」で逃げない
  7. 第7回: 数字との正しい距離 ── ノルマは制約、目的ではない
  8. 第8回 (本章): 競合他社への敬意 ── フェアプレーが信頼をつくる
  9. 第9回: 開かれていること ── Limitation(限界)・不確実性・利益相反を自ら言う
  10. 第10回: 良心を組織の仕組みに埋め込む ── 個人から組織へ、見える形で残す
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 公正競争は長期の利益計算だ。 根拠のない他社批判で一時的にシェアを守っても、医療者の記憶にはMRの言動が残る。その信頼の蓄積は次の製品でも次の次の製品でも活きる資産だ。
  2. 「データがないので参考として」は免責にならない。 報告書は断り書きのある他社批判も誹謗・中傷と判断してきた。言う前に根拠があるかを確かめるしかない——それだけが自分を守る。
  3. 比較するなら自社品の不利な点もセットで。 競合品の不利な点だけを提示することは、数字が正確でも選択的な沈黙として誹謗と見なされる。フェアプレーとは両面を出せる状態でだけ比較する、ということだ。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2018年9月25日付、医薬監麻発0925第1号)
  2. 厚生労働省「医薬品等適正広告基準」(2017年9月29日付改正、薬生発0929第4号)
  3. 日本製薬工業協会「プロモーションコード」(最新版)
  4. 厚生労働省「医療用医薬品の広告活動監視モニター事業報告書」平成31年版(2019年公表)
  5. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業報告書」令和2〜6年版(各年度公表)
  6. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動調査事業報告書」令和7年版(2025年公表)
  7. ダニエル・カーネマン著、村井章子訳「ファスト&スロー ── あなたの意思はどのように決まるか?」早川書房、2012年(損失回避バイアス・動機づけられた推論)
  8. キャロル・タヴリス、エリオット・アロンソン著、森内薫訳「なぜあの人はあやまちを認めないのか ── 言い訳と自己正当化の心理学」河出書房新社、2009年(局所合理化・責任の外部化)