黙っていた方が楽だ、と感じる場面は必ず来る。都合の悪いデータ、引用した研究者のCOI(利益相反)、まだ確認できていない安全性情報。それを自ら言うことは、資材の価値を下げるように思える。しかし記録が示すのは逆だ。開示しなかった時こそ、信頼が壊れた。透明性は弱さではない。科学的根拠を誠実に管理する者だけが、長く信頼される。

So what / So why ── なぜこの信条が要るか

製薬資材が医師に届けるのは情報だが、医師が本当に受け取っているのは「この情報をどこまで信じてよいか」という判断材料だ。有効性データが正しかったとしても、引用した論文の著者が自社から報酬を受けていることが書かれていなければ、医師はバイアスの可能性を評価できない。日本人集団でネガティブな結果が出た事実が資材に載っていなければ、医師は存在しない情報で処方を決める。資材作成者が何を「言わないか」は、「言うこと」と同じくらい処方に影響する。

厚生労働省の販売情報提供活動監視事業は7年間にわたり、透明性の欠如がどう表れるかを記録してきた。COIスライドを「瞬きの間に消えてしまう程度」しか表示しない。安全性情報は20分のセミナーの最後の10秒に添付文書を投影するだけ。引用した論文の著者が主催企業の医学専門アドバイザーとして報酬を受け取っているのに、動画内で一切触れない。どれも「嘘をついた」わけではない。ただ、言わなかった。しかし報告書はこれらを逸脱として記録した。不作為もまた逸脱になる、という原則を7年間が証明している。

令和7年3月公表の調査事業報告書(資料番号001520054)は、令和6年度の9か月間に延べ18件の医薬品について違反が疑われ、疑義項目が延べ23件に上ったことを記録している。不適切な販売情報提供活動は、監視開始から8年を経てもなお繰り返されている。

資材作成者が透明性を保つ動機は、規制への服従より先にある。医師が正しい情報で処方を決めることが、患者に安全な薬が届く前提だ。その前提を守るために、不都合な事実も自分から言う。それが、資材作成者という仕事の核心だと思っている。

信条 ── こうありたい

私は説得者ではなく、科学的根拠の管理者でありたい。自社製品の価値を信じることと、その限界を正直に伝えることは矛盾しない。私がつくる資材は、医師が処方を決める時に手元に置かれるものだ。そこに「言わなかった事実」があれば、医師の判断は最初から欠けた地図の上に立っている。

COIは自ら開示する。引用した論文の著者が製薬企業から報酬を得ているなら、その事実を資材に記す。開示は論文の価値を下げない。読者に判断の材料を渡すだけだ。COIを瞬時に消えるスライドに押し込むのは、形式を守りながら目的を捨てる行為だ。開示するなら、読める形で。

不確実性は正直に言う。日本人部分集団のデータがネガティブなら、そのことを書く。直接比較試験がないなら、ないと言う。「作用機序から考えれば安全なはずだ」は仮説であって根拠ではない。確証が持てないことを確証があるように見せることは、誠実さを失う最初の一歩だ。

限界を自覚しながら、それでも資材をつくることができる。全データが揃うまで資材はつくれない、という意味ではない。今わかっていることを正確に、わかっていないことを正直に、それが私の仕事だ。迷いがある。不都合な事実を書いた時に上長や営業からどう言われるかが頭をよぎる。それでも言う、という選択を繰り返すことが、誠実さを仕事にするということだと思っている。

日々の実践 ── 具体的な行動とチェック

透明性は抽象的な心がけではなく、資材のどこかに具体的な記述として現れる。明日から試せる実践を挙げる。

試される場面 ── 重圧の下で

四半期ノルマの残り2週間に、「このCOI情報は本当に入れなければいけないか」という問いが浮かぶことがある。営業から「先生がこの部分を見て処方をためらうかもしれない」と言われることもある。締め切りが迫る中で「次回の改訂で対応する」という先送りが生まれる。これらは異常な状況ではなく、資材作成者なら誰もが経験する分岐点だ。

記録を見ると、透明性が削られる場面には一定のパターンがある。「COI開示はメーカーから求められなかったから行わなかった」という演者の説明は、令和3年3月公表の監視事業報告書に残っている。「求められなかった」という一文の裏側には、言わないことを選んだ誰かがいる。その選択を支えた心理は、責任の外部化と呼ばれる——自分の行為の起点を他者に帰属させることで、選択の責任を手放す機制だ(「試される場面」シリーズ第9回でこの重圧の構造を詳述している)。

重圧の下で透明性を守るための線引きは、一度決めておくと楽になる。COI情報は読める形で入れる、ネガティブデータは省かない、限界は本文に書く——この三つを自分のルールにしておけば、場面ごとに判断しなくて済む。「このケースだけは」という局所合理化が入り込む余地が減る。

上長や営業からの圧力に対しては、ガイドラインの言葉を使うことができる。「有効性及び安全性に関する情報を科学的・客観的な根拠に基づき提供する」「ネガティブな情報についても提供する」——これは内部の誰かの好みではなく、厚生労働省のガイドラインが定める原則だ。自分一人の意見でなく、規範の言葉を借りることで、圧力に対して立ち位置を保てる。

拠り所 ── 折れそうな時に立ち返る

「自ら言う」という選択が続かなくなる時は、なぜこの原則があるのかに戻る。

COIを開示しないと何が起きるか。平成31年3月公表の広告活動監視モニター事業報告書には、製品紹介動画で引用した安全性研究の責任著者が、当該製品の製造販売企業の医学専門アドバイザーとして報酬を受け取っていたにもかかわらず、動画内でその旨の表示がなかった事例が記録されている(第1シリーズ第8回「利益相反の不開示」)。医師は「中立な科学的根拠」として受け取った。しかしその根拠にはバイアスがかかっている可能性があった。COIを開示しなかったことで、医師は判断材料を一つ奪われた状態で処方を決めることになった。

安全性情報を省くと何が起きるか。20分のセミナーで有効性を詳述し、安全性情報は最後の10秒に添付文書を画面に映すだけ——令和2年3月公表の報告書が記録したこの構造は、形式上は「安全性情報も提供した」と言えるが、医師には届いていない。「語らない」という選択の逆像として、「自ら言う」という信条がある(第1シリーズ第5回「語らない、という選択 ── 不作為の罪」)。

販売情報提供活動ガイドラインは、情報提供の基本原則を「科学的・客観的な根拠に基づき」「有効性及び安全性に関する情報を提供する」と定める。中立性を担保するために「利益相反の透明性」を求めるのも同じ考え方の延長だ。これは規制上の義務である前に、医療情報を届ける者としての誠実さの条件だ。

自分がつくった資材を持って医師のところに行くとき、その資材に書いていない事実が処方を変えうるとしたら、その事実を書く責任は自分にある。誰かに求められるまで待つ必要はない。自ら言うことが、この仕事の背骨だと思っている。

こうありたい ── 資材作成者の10の信条 ── 全 10 章の地図

  1. 第1回: 科学的根拠の管理者 ── 私は売る人ではない
  2. 第2回: 読み手の頭の中に責任を持つ
  3. 第3回: 結論を疑う良心 ── データに先導される
  4. 第4回: 全体に署名する ── 1スライドでなく文書全体
  5. 第5回: 語る義務 ── 有効性と安全性を対等に
  6. 第6回: 引き受ける ── 「医師が判断する」で逃げない
  7. 第7回: 数字との正しい距離 ── ノルマは制約、目的ではない
  8. 第8回: 競合他社への敬意 ── フェアプレーが信頼をつくる
  9. 第9回 (本章): 開かれていること ── Limitation(限界)・不確実性・利益相反を自ら言う
  10. 第10回: 良心を組織の仕組みに埋め込む ── 個人から組織へ、見える形で残す
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 開示は資材を弱くしない。 COIや限界を自ら書いた資材が信頼を失うのではなく、書かなかった事実が後から明らかになった時に信頼が壊れる。透明性は防衛ではなく、長期的な信頼の基礎だ。
  2. 「読める形で伝える」が開示の最低条件。 COIスライドを瞬時に消えるほど短く表示することは、形式を守りながら目的を捨てる行為だ。開示が成立するのは、受け取った医師が内容を理解できた時だけだ。
  3. 「求められなかったから言わなかった」は誠実さの放棄だ。 COI開示は演者や作成者が自ら行う責任を持つ。主催企業が求めなかったことは、不開示の根拠にならない。透明性は受動的に守れるものではなく、自ら選ぶものだ。
出典・参考文献
  1. 厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(2019年9月25日)
  2. 厚生労働省 医療用医薬品の広告活動監視モニター事業報告書 平成31年3月版
  3. 厚生労働省 販売情報提供活動監視事業報告書 令和2年3月版(資料番号000652563)
  4. 厚生労働省 販売情報提供活動監視事業報告書 令和3年3月版(資料番号000819797)
  5. 厚生労働省 医療用医薬品の販売情報提供活動調査事業報告書 令和7年3月版(資料番号001520054)
  6. 日本製薬工業協会「医療用医薬品プロモーションコード」
  7. 日本製薬工業協会「医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領」
  8. 医薬品等適正広告基準(厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長)
  9. Bazerman, M.H. & Tenbrunsel, A.E. (2011). Blind spots: Why we fail to do what's right and what to do about it. Princeton University Press.
  10. O'Neill, O. (2002). A Question of Trust: The BBC Reith Lectures 2002. Cambridge University Press.