「医師が最終的に判断するのだから、私はその材料を渡すだけ」。この一文は半分本当で、半分逃げだ。スライドを選んだのは私だ。会議を設定したのも、データを提示したのも、言わずに終えたのも、私だ。医師の判断の手前にある情報の形を決めたのが私である限り、結果から切り離されることはできない。この信条は、そのことを穏やかだが動かしがたい方法で自分に言い聞かせるためにある。
So what / So why ── なぜこの信条が要るか
医師の処方判断は医師がする。これは変わらない事実だ。しかし、医師が何を根拠にその判断をするかを、資材作成者と担当者は相当程度コントロールしている。どのデータを提示するか、どの副作用に言及するか、どの文脈で数字を見せるか、何を省いて終えるか。これらの選択が全部重なって、医師が受け取る「情報の形」になる。
販売情報提供活動ガイドライン(2019年9月25日付け薬生監麻発0925第1号)は、活動の責任主体が医薬品製造販売業者にあることを明記している。「演者が言った」「医師が求めた」という言葉が免責根拠にならないのは、場を設計し、資材を届け、情報の流れを作ったのが企業側だからだ。形式上の起点がどこにあっても、行為の実質的な起点は資材を作った人間にある。
責任の外部化は、気づかないうちに起きる。「KOLがそう言っていた」「上司も同席していたから問題ないと思った」「医師から質問があったので答えただけ」。これらの言葉は、7年分の監視事業報告書に繰り返し登場する。特定の悪人の言葉ではない。普通の担当者が、重圧を受けた時に自然に使う言葉だ(詳細はつくり手の内側 vol.06「誰かのせいにできる構造」)。この信条が必要なのは、そのずれに自分で気づくためだ。
信条 ── こうありたい
私は、自分が選んだ情報の結果に向き合う人でありたい。
スライドを作る時、私はデータを「選んでいる」。何を入れて何を省くか、どの数字を前に出してどの数字を後ろに置くか、その選択が医師の手元に届く現実の形を作る。選んだ以上、その形に責任がある。「医師が最終的に判断する」は本当のことだが、私は科学的根拠の管理者として、その判断の素材を作っている。管理者の仕事は、判断に必要な情報を偏りなく届けることだ。判断を誘導することではない。
もちろん、迷う。「このデータだけでも十分に伝わるはずだ」「競合と比較した時にこの方が見やすい」「先生から聞かれなかったから省いた」。こういう言い訳が頭をよぎる瞬間を、私は知っている。だから信条にする。迷った時に立ち返れる言葉として持っておく。
私は、言わなかったことにも責任を負う人でありたい。「嘘はついていない」では足りない。省いた副作用情報、取り上げなかった国内試験の結果、明示しなかった処方条件。これらは積極的な虚偽ではないが、医師の判断を歪めた可能性がある。その可能性を私が引き受ける姿勢を持つ、ということだ。
そして、KOLが講演で逸脱した内容を話しても、上司が黙っていても、医師が質問してきた形を取っても、それで「私は関係なかった」にならない人でありたい。場を設計したのが私なら、起点は私だ。
日々の実践 ── 具体的な行動とチェック
- 資材を完成させた後、「省いたもの」を書き出す。入れたデータではなく、入れなかったデータを一覧にする。副作用、国内試験の結果、承認の条件、競合との比較で不利になる数字。それらを省いた理由が「医師の判断に不必要だから」であれば問題ない。「都合が悪かったから」であれば立ち止まる。
- 「医師が判断する」という言葉を使いそうになったら、一度止まる。この言葉が出てくる時、たいていは自分の選択の結果から距離を置こうとしている。そのことに気づくだけで、判断が変わることがある。
- KOLの講演資料は、事前に確認する。演者の発言内容への責任はスポンサー企業にある。「演者が言ったこと」は企業の免責根拠にならない(ガイドライン第3の2(4))。確認しないことは、確認する機会を自分から捨てることだ。
- 上司が同席する場面では、自分の説明を自分でチェックする。「上司が修正してくれるはず」という安心感に乗らない。上司の沈黙は承認ではなく、ただ黙っていただけかもしれない。自分の説明の正確さの責任者は自分だ。
- 「医師から求められた」体裁が先にあったかを問い直す。会話を誘導して、医師が先に名前を出した形を作った場合、「求めに応じただけ」にはならない。実質的な起点がどこにあったかを自分に問う。
毎回できなくてもいい。ただ、「この資材を私は引き受けた」という感覚を持って席を立てるかどうか。それを基準にする。
試される場面 ── 重圧の下で
この信条が最も削られるのは、逃げ道が目の前に用意されている時だ。
KOLが講演で適応外の使用例を話した。スポンサーとして企業担当者が同席していたが、黙っていた。翌日、そのKOLの発言を引用した資材が社内で共有された。「教授がそう言っていた」という言葉が、資材の根拠になった。令和7年度の調査事業報告書に記録された事例は、この連鎖の中に複数の「引き受けない」選択があった(つくり手の内側 vol.06「誰かのせいにできる構造」)。
四半期ノルマが迫っている。競合品がシェアを伸ばしている。その状況で「このデータだけ見せよう」と思う瞬間は来る。それは悪人の発想ではなく、重圧を受けた普通の人間の発想だ。だからこそ事前に線を引いておく必要がある。
線の引き方は一つだ。「この説明で医師が処方した後、何か起きた時に、私はこの説明の内容を引き受けられるか」と問う。引き受けられないなら、変える。この問いは責任の重さを測るためではなく、自分の説明の誠実さを確認するためにある。
上司がその場で黙っていても、それは承認ではない。上司の沈黙を「大丈夫のサイン」として読む心理は、社会心理学が繰り返し記録してきたメカニズムだ(Stanley Milgram, Obedience to Authority, 1974)。権威者の存在は個人の道徳的責任感を縮小させる。だから意識して、自分で確認する。
拠り所 ── 折れそうな時に立ち返る
販売情報提供活動ガイドラインの根底にある原則は、「医療関係者が適切な情報をもとに自律的な判断を行えるよう支援する」ことだ。支援の前提は、情報が偏りなく届くことだ。有効性と安全性の両面、承認の範囲の内と外の区別、科学的根拠の強さに見合った言い方。これらが揃って初めて、医師の判断は支援される。どれかが欠けた情報は、支援ではなく誘導になる。
「適応外ではありますが」という前置きが免責にならないのは、このガイドラインの論理から明らかだ。平成31年から令和7年の7年間で、この前置きの後に未承認情報を提供した事例は毎年記録され続けた(過去のインシデントから学ぶ vol.04「未承認の効能効果・用法用量の提示」)。前置きの有無にかかわらず、情報の実質が問われる。
折れそうになった時に立ち返れる場所は、結局ここだ。「私は今、医師の判断を支援しているか、それとも誘導しているか」。支援の条件は、情報が偏りなく届くことだ。この問いが持てる限り、私は引き受けることができる。
それが難しい日は、難しい日として認識する。無理に「大丈夫だ」と思わない。難しいと感じているうちは、まだ誠実さの残滓がある。本当に危ないのは、「これで問題ない」という感覚が自然に来るようになった時だ。
こうありたい ── 資材作成者の10の信条 ── 全 10 章の地図
- 第1回: 科学的根拠の管理者 ── 私は売る人ではない
- 第2回: 読み手の頭の中に責任を持つ
- 第3回: 結論を疑う良心 ── データに先導される
- 第4回: 全体に署名する ── 1スライドでなく文書全体
- 第5回: 語る義務 ── 有効性と安全性を対等に
- 第6回 (本章): 引き受ける ── 「医師が判断する」で逃げない
- 第7回: 数字との正しい距離 ── ノルマは制約、目的ではない
- 第8回: 競合他社への敬意 ── フェアプレーが信頼をつくる
- 第9回: 開かれていること ── Limitation(限界)・不確実性・利益相反を自ら言う
- 第10回: 良心を組織の仕組みに埋め込む ── 個人から組織へ、見える形で残す
- 「医師が判断する」は免責にならない。 スライドを選び、会議を設定し、何を省いて終えるかを決めた以上、医師が受け取った情報の形に対して、作った人間は当事者だ。判断の起点を他者に帰属させても、行為の実質的な起点は変わらない。
- 「言わなかった」も引き受ける。 省いた副作用情報、取り上げなかった国内試験の結果、明示しなかった処方条件。これらは積極的な虚偽ではないが、医師の判断を歪めた可能性がある。不作為は逸脱としての重さを持つとガイドラインは求めており、「嘘はついていない」では足りない。
- 引き受ける姿勢の確認は一つの問いで足りる。 「この説明で医師が処方した後、何か起きた時に、私はこの説明を引き受けられるか」。引き受けられないなら変える。この問いは責任の重さを測るためではなく、自分の説明の誠実さを確認するためにある。
- 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン(厚生労働省、2019年9月25日付け薬生監麻発0925第1号)
- 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書 平成31年度(厚生労働省委託事業)
- 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書 令和2年度(厚生労働省委託事業)
- 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書 令和4年度(厚生労働省委託事業)
- 医療用医薬品の販売情報提供活動調査事業 報告書 令和7年度(厚生労働省委託事業)
- 医薬品医療機器等法(薬機法)第66条(誇大広告等の禁止)・第68条(承認前医薬品等の広告禁止)
- 医薬品等適正広告基準(厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長、最終改正2017年)
- 医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領(日本製薬工業協会)
- Stanley Milgram, Obedience to Authority: An Experimental View (Harper & Row, 1974)(権威への服従と個人の道徳的責任感の縮小に関する古典的実証研究)
- Lee Ross & Richard E. Nisbett, The Person and the Situation: Perspectives of Social Psychology (McGraw-Hill, 1991)(状況的帰属と行為者の自己認識のずれに関する社会心理学古典)