01なぜ機械に資材を読ませるのか
販促資材の審査は、読む仕事のように見えて、実際は探す仕事である。資材のどこかに承認範囲を超えた表現はないか。安全性の記載が薄められていないか。グラフの軸に細工はないか。審査担当者の時間の大半は、この探索に費やされる。資材は数十ページあり、規範(=守るべきルールの体系)は法律から業界の自主基準まで何層にも重なる。人間が全ページを全規範と突き合わせるのは、原理的には可能でも、毎回完全にやり切るのは難しい。
出発点は効率化ではない。見逃し防止である。このシステムは設計の最初に、偽陰性(=本当は違反なのに見逃すこと)を最も重い失敗と定義した。偽陽性(=違反でないのに違反と疑うこと)は人間が後で潰せるが、偽陰性は誰にも気づかれないまま資材が世に出る。読み手は患者と医師であり、誤った像を結ばされれば害を受けるのは彼らである。だから機械には「疑わしければ残せ、確証がなければ確信度を下げて残せ」と教えた。速くなるのは結果であって、目的ではない。
02何をするもので、何をしないものか
このシステムがすることは一つに要約できる。資材の記述・図表・構成が、承認事実(=その医薬品について承認された効能や用法の範囲)の中に収まっているかを、規範の原文に遡れる根拠つきで検出し、分類し、説明する。承認事実の判定では、電子添文(=医薬品の公式な説明文書)の記載を実務上の基準文書とする。ここで大事なのは「根拠つきで」の部分である。すべての指摘は、どの規範のどの文言に基づくかを示せなければ、そもそも指摘として生成されない。第三者(=当局・弁護士・記者など、社外の批判的な目)に見せて耐える指摘だけを出す。
しないことも三つ、はっきり決めてある。第一に、最終判定をしない。修正が必要かどうかを決めるのは人間の審査担当者である。第二に、医学的な真偽を裁定しない。引用された論文の中身が科学的に正しいかどうかは、このシステムの守備範囲の外にある。判定するのは、その論文の使われ方が承認事実と規範の枠に収まっているかだけである。第三に、社会の目(=患者・メディア・投資家など8つの視点から資材を見る検査)が強い警告を出しても、システムが直接資材を差し止めることはない。警告は人間へ、最も重い警告は経営層へ渡される。そこから先は人間の仕事である。
03一次スクリーニングという位置づけ
このシステムの判定語彙(=判定に使える言葉の一覧)には WHITE(=問題なしの判定)がある。ではシステムがWHITEを出したら、人間審査は省略できるか。できない。省略しない、と設計の前提に書いてある。
省力化されるのは「探す時間」である。数十ページから疑わしい箇所を洗い出し、該当する規範の原文を引き当て、なぜ問題かの説明を添える。ここまでを機械がやる。人間は白紙から探すのではなく、根拠つきの指摘リストから審査を始められる。短縮されるのはこの探索であって、判断ではない。責任は一切移転しない。この線引きが、これから読む3本すべての前提になっている。逆に言えば、この前提があるからこそ、機械には「見逃すくらいなら過剰に指摘せよ」という思い切った設計を与えられた。過剰な指摘の後始末は、最終判定者である人間が引き受けられるからである。
04この3本の読み方
セクションは本ページのほかに3本の記事からなる。順に読むことを勧める。
1本目は「設計思想」。なぜこう考えるか、を書いた。作り手と読み手のあいだにある情報の非対称から出発し、そこから導かれた6つの原則を、それぞれが答える反論とともに説明する。見逃し優先という選択が何を捨てる決断だったのかも、ここで述べる。
2本目は「コンポーネント」。何で出来ているか、を書いた。規範を法律から業界自主基準まで5つの層に並べた階層。BLACKからWHITEまで、判定に使える言葉をあらかじめ固定した語彙。法の検査と社会の目の検査を混ぜずに走らせる二レーン制。資材のチェック観点を一つずつ独立に検査できる形まで砕いた694の原子項目。そして、AIに異なる立場の専門家の役を演じさせて争点を討論させる仮想の合議。思想を支える部品の構造を並べる。
3本目は「実行プロセス」。1回の審査で何が起きるか、を書いた。資材PDFの取り込みから、決定的照合、意味判定、社会の目、統合とスコア、そして人間への引き渡しまでを時系列で追う。部品が実際に動く姿はここで見える。
思想を知らずに部品を見ても意味が取れず、部品を知らずに流れを追っても手品に見える。設計思想、コンポーネント、実行プロセスの順で読めば、なぜ・何で・どう、が一本につながるはずである。