01予測とは何か ── 「当てる」のではなく「賭ける」

まず言葉を正確にします。予測マーケティングの「予測」は、占いのように未来を言い当てることではありません。過去に似た人が、似た状況で、どう動いたか。その積み重ねから、「この人は次にこう動く確率が高い」という賭けをする。当たり外れではなく、確率の重みづけです。

たとえば、ある医師が特定の疾患領域の資料を続けて見ている。過去に同じ動きをした医師の多くが、その後で詳しい臨床データを求めた ── なら、次に出すべきはその資料だ、と賭ける。100% ではありません。外れることもある。予測とは、確実性ではなく「次の一手の優先順位づけ」だと捉えるのが正確です。

この「賭け」の精度は、データの量と質で決まります。けれど精度が上がるほど、別の問題が生まれます。当てられる側は、自分が「賭けの対象」になっていると気づく。そこで快と不快が分かれます。次章から、その仕組みを見ていきます。

02期待とデータ ── 期待不一致モデルで読む

なぜ「先回り」が、あるときは嬉しく、あるときは気持ち悪いのか。ここを感覚で語ると設計を誤ります。マーケティング研究の古典、Oliver の期待不一致モデル(=expectation-disconfirmation model、事前の期待と実際の体験のズレで満足度が決まるという枠組み、1980 年)が、きれいに説明してくれます。

このモデルの芯は単純です。人の満足は「体験そのもの」ではなく、「事前の期待」と「実際」の差で決まる。期待を上回れば満足(=ポジティブ・ディスコンファメーション)、下回れば不満。予測マーケティングは、この「期待」に直接触れる技術です。だから扱いを誤ると、満足の源が不満の源に反転します。

Case 01

期待の範囲内で先回り

"気が利く"

相手が「そろそろ欲しい」と薄々思っていたものを差し出す。期待の範囲内なので、驚きより「助かった」が勝つ。満足につながる先回り。

Case 02

期待を超えた見透かし

"気持ち悪い"

本人がまだ自覚していない、あるいは他人に知られたくない事柄まで言い当てる。「なぜ知っている」という不快が、便利さを打ち消す。

Case 03

外れた先回り

"うっとうしい"

見当違いの提案を繰り返す。期待を下回り、しかも押しつけがましい。予測の精度が低いときの典型的な失敗。

つまり気持ち悪さは、「相手が明かしたつもりのない情報まで、こちらが握っている」と気づいた瞬間に生まれます。Kahneman が『ファスト&スロー』(=Thinking, Fast and Slow、2011 年)で描いたように、人は速い直感(システム 1)で「見張られている」と感じ取ります。理屈より先に、身体が警戒する。予測の設計では、この直感の反応を読み違えてはいけません。

03CRM での実装 ── next best action という考え方

予測を CRM に落とし込むときの中心概念が、next best action(=ネクスト・ベスト・アクション、いま各顧客に対して取るべき最善の一手)です。全員に同じ案内を一斉に送るのではなく、一人ひとりの状態を見て「この人には、いま何をするのが最善か」を都度決める。予測はそのための材料を出します。

実装の骨格は、おおむね三つの層に分かれます。

next best action の要点は、「送れるから送る」ではなく「最善だから送る」に発想を変えることです。予測ができると、つい接触の回数を増やしたくなる。けれど相手にとっての最善は、しばしば「今は放っておく」ことです。予測の力を、押しつけの量ではなく、控えめさの精度に使う。ここで製薬らしさが問われます。

04MR 活動への応用 ── 予測は「代わり」でなく「支え」

製薬の現場で予測が直接効くのは、MR(=医療従事者に医薬品情報を伝える営業担当)の活動です。どの医師に、いつ、どの情報を届けるか。かつては MR の経験と勘が頼りでした。予測は、その勘を数字で補強します。ただし、置き換えるのではありません。

場面予測ができること人(MR)が担うこと
訪問の優先順位関心が高まっている医師を、行動データから浮かび上がらせる関係性・診療の文脈を踏まえ、訪問の可否と間合いを判断する
情報の選択過去の関心領域から、響きやすい情報の候補を出す承認範囲・目の前の患者像に照らし、何を伝えるか最終判断する
タイミング反応が出やすい時期のパターンを示す相手の多忙・状況を読み、押すか引くかを決める

予測が示すのは「候補」までです。最後に何を伝えるかは、承認された効能・効果の範囲と、目の前の医師・患者の文脈に照らして、人が決める。予測が「効きそうな情報」を上位に出しても、それが承認範囲を超えるなら選んではいけません。予測は優先順位づけの道具であって、規制の免罪符ではない。この一線は、生成コンテンツの回(第 5 回)と同じ構えです。

05過剰予測の気持ち悪さ ── 「便利」が「監視」に反転する点

予測の精度が上がるほど、皮肉なことに気持ち悪さのリスクも上がります。ここを軽く見ると、積み上げた信頼を一度で失います。過剰予測が不快に転じる典型を、三つ挙げます。

兆候 01

言い当てすぎ

本人がまだ言葉にしていない関心まで見透かす。「なぜ分かった」の警戒が、便利さを上回る。精度が高いほど起きやすい逆説。

兆候 02

逃げ場のない追随

一度見た情報が、あらゆる接点で追いかけてくる。関心が過去のものになっても止まらない。相手に「監視されている」と感じさせる。

兆候 03

説明できない提案

「なぜこれを勧められたのか」が相手に分からない。理由の見えない先回りは、便利さより不気味さを残す。

三つに共通するのは、相手の「予測されている」という自覚を、こちらが軽視している点です。快と不快を分けるのは精度そのものではなく、「相手の期待の範囲を尊重しているか」「なぜこの提案かを説明できるか」の二点。過剰予測は、この両方を踏み越えたときに起こります。境界を引くには、法律と説明可能性の二つが要ります。

06個人情報保護法との線引き

予測マーケティングは、突き詰めれば「個人のデータを集めて、その人の行動を推し量る」営みです。だから個人情報保護法(=個人情報の保護に関する法律。個人データの取得・利用・第三者提供のルールを定める)を、感覚ではなく条文の水準で踏まえる必要があります。要点を、実務の物差しに絞って挙げます。

論点法が求めること予測マーケでの注意
利用目的の特定・通知取得時に利用目的をできる限り特定し、本人に通知・公表する「予測に使う」ことを目的に含めず後から流用しない。目的外利用は本人同意が要る
要配慮個人情報病歴など機微な情報は、原則として取得に本人同意が必要医療領域は要配慮情報に触れやすい。疾患関心から病歴を推し量る設計は特に慎重に
第三者提供本人同意なしに第三者へ提供しない(例外規定を除く)外部データとの突合・共有は、提供の該当性と同意の有無を必ず確認する

とりわけ医療は、疾患への関心が「病歴」という要配慮個人情報を推測させかねない領域です。ある人が特定の疾患資料ばかり見ている ── それだけで、本人や近親者の病歴を推し量れてしまう。だから予測の設計では、「どこまで集め、何を推し量ってよいか」の線を、法律を土台にしつつ、法律より一段慎重に引くのが実務の作法です。集められるから集める、推し量れるから推し量る、ではない。

「同意」は一度取れば終わり、ではない: 予測マーケティングは、当初の利用目的を少しずつ広げたくなる誘惑と隣り合わせです。閲覧データを「サービス改善のため」と取得し、いつのまにか「行動予測のため」に流用する ── これは目的外利用にあたりえます。個人情報保護委員会のガイドラインは、利用目的の特定と、その範囲内での利用を繰り返し求めています。予測の材料を増やしたくなったら、まず「その目的で同意を得ているか」に立ち返る。ここを飛ばすと、便利さの追求がそのまま法令違反の入口になります。

07精度と説明可能性 ── 「よく当たる」より「理由が言える」

予測モデルを評価するとき、つい「どれだけ当たるか」だけを見がちです。けれど予測マーケティング、とりわけ医療では、精度と同じ重さで「なぜその予測か」を説明できること(=説明可能性、explainability)が問われます。理由を言えない先回りは、当たっていても不気味さを残すからです。

ここには、しばしばトレードオフがあります。複雑なモデルほど精度は上がりやすいが、なぜその結論に至ったかは説明しにくくなる。逆に、単純で理由の見える仕組みは、精度で劣ることがある。製薬 CRM では、この天秤を「精度優先」に倒しきってはいけません。医師にも患者にも、「なぜこの情報が届いたのか」を筋道立てて説明できることが、信頼の条件だからです。

実務では、次のように使い分けます。予測の精度は上げる。しかし相手に届ける段では、その提案の理由を人が説明できる形に翻訳しておく。「あなたが先週この領域の資料をご覧になったので、関連する最新データをお持ちしました」── このくらい素朴に説明できるなら、気持ち悪さは大きく減ります。説明できない精度は、製薬では使わない。これを原則に置きます。

08効果と落とし穴

予測マーケティングの効果は明確です。限られた MR の時間を、関心の高い相手に集中できる。的外れな接触を減らし、相手の負担も下げる。うまく設計すれば、送り手も受け手も得をします。けれど、落とし穴も同じくらい明確です。

これらに共通するのは、「測れるもの」に引きずられて「測りにくい大切なもの」を見失う構図です。信頼、視野の広さ、法令遵守 ── どれも短期の数字には表れにくい。だから予測の効果測定では、反応の数字と併せて、「この先回りは、相手の期待の範囲を尊重できているか」を必ず問い直す。数字が良いことと、正しいことは、別だからです。

09本サイトの他の章との接続

本回は、次の章と読み合わせると理解が厚くなります。

結語

予測マーケティングは、相手の「次に欲しいもの」を先読みして差し出す技術です。うまくいけば「気が利く」体験に、外せば「うっとうしい」に、そして見透かしすぎれば「気持ち悪い」に変わる。この分かれ目は、精度の高さではなく、相手の期待の範囲を尊重できているか、なぜこの提案かを説明できるかにあります。Oliver の期待不一致モデルが教えるように、満足は体験そのものでなく期待とのズレで決まる。予測は、その期待に直接触れる技術だからこそ、扱いに慎重さが要ります。

製薬で使うなら、二つの土台を外せません。一つは個人情報保護法 ── とりわけ疾患関心が病歴という要配慮情報を推し量らせる領域では、集められるから集める、ではいけない。もう一つは説明可能性 ── 「よく当たる」より「理由が言える」を優先する。予測は、接触の量を増やす道具ではなく、控えめさの精度を上げる道具として設計する。相手を見張るためでなく、相手の負担を減らすために使う。それが、先回りが信頼に変わる条件です。次回は、AI が作る「人格」で医薬を語れるか ── バーチャルインフルエンサーの倫理に進みます。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 予測は「未来を当てる」ことではなく「次の一手の優先順位づけ」。快と不快を分けるのは精度そのものでなく、相手の期待の範囲を尊重しているか(Oliver の期待不一致モデル)と、なぜこの提案かを説明できるか。
  2. 製薬 CRM の next best action では「送れるから送る」でなく「最善だから送る」。MR 活動では予測は候補を出すまでで、承認範囲と患者の文脈に照らした最終判断は人が担う。予測は規制の免罪符ではない。
  3. 疾患への関心は病歴(要配慮個人情報)を推し量らせる。個人情報保護法を土台に、利用目的の特定・目的外利用の禁止・要配慮情報の同意を守り、「集められるから集める」を戒める。精度より説明可能性を優先する。
出典・参考文献
  1. Oliver, R. L. A Cognitive Model of the Antecedents and Consequences of Satisfaction Decisions. Journal of Marketing Research, 17(4), 460–469. American Marketing Association, 1980. (期待不一致モデルの原典。満足が期待と実際の差で決まることを示す)
  2. Kahneman, D. Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux, 2011. (直感(システム 1)と熟慮(システム 2)の枠組み。「見張られている」という速い反応を読む土台)
  3. 個人情報保護委員会. 個人情報の保護に関する法律(平成 15 年法律第 57 号)および同法についてのガイドライン(通則編). 個人情報保護委員会. (利用目的の特定・目的外利用の禁止・要配慮個人情報の取扱いの一次資料)
  4. 厚生労働省 医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 厚生労働省, 2018. (販売情報提供活動の適正化を求める通知。情報提供と広告の線引きの基準)
  5. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準. 厚生労働省. (広告表現の物差しを示す課長通知。誇大・断定的表現の可否を判断する基準)
  6. 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2. 厚生労働省. (誇大広告=66 条、未承認広告=68 条、適正使用情報の提供=68 条の 2 の条文根拠)