01資材審査という仕事 ── 社外に出す前の、最後の関所

はじめに、この仕事を言葉で押さえます。資材審査とは、製薬会社が医療従事者に渡す資材 ── 製品説明のパンフレット、スライド、Web ページ、メール、MR(=医薬情報担当者)が使う説明用の紙 ── を、社外に出す前に社内で点検する仕事です。作った人とは別の目が、一枚ずつ確かめます。確かめる中身は、だいたい次の五つに集約されます。

この点検の柵になるのが、薬機法(=医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)です。誇大広告の禁止は第 66 条、未承認医薬品等の広告禁止は第 68 条、販売情報提供活動などにおける情報提供の適正化にかかわる規定は第 68 条の 2 に置かれています。さらに、厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長が示す医薬品等適正広告基準の解説と、2018 年の販売情報提供活動ガイドライン(以下、販提 G)が、判断の物差しになります。

混同してはいけない一点: MR が扱えるのは、あくまで医薬品の適正使用のための情報提供です。価格・在庫・納期・受発注・値引き交渉といった取引や物流の話は、MR の仕事ではありません。そこは医薬品卸と病院の購買部門が担う領域です。資材審査もまた「情報提供として適切か」を見る仕事であって、取引条件を審査するものではありません。この線引きを外すと、議論全体がずれます。

02AI が入り始めた現在地 ── 「審査する AI」ではなく「審査を助ける AI」

では、いま現場で AI は何をしているのか。正確に言うと、審査そのものを AI が肩代わりしているわけではありません。入っているのは、審査担当者の手を速くする補助の道具です。下書きを書く、過去の指摘を探す、あやしい表現に印をつける ── この三つあたりが、実際に動いている使い方です。

ここで一つ、正直に断っておきます。医療機器に組み込む AI や、創薬に使う AI については、FDA(=米国食品医薬品局)などが規制の考え方を文書で示しています。しかし、資材審査そのものに AI を使うための専用の規制指針は、まだ整っていません。だから現場は、隣の領域(医療機器 AI の管理の考え方や、生成 AI 一般の限界)を手がかりに、自分たちで運用のルールを決めています。この「指針がまだ薄い」という現在地を、まず共有しておきます。

03AI ができること三つ ── 作る・検知・言語化

資材審査まわりで AI が実際に役立つ働きは、大きく三つに整理できます。作る・検知・言語化。これに、下ごしらえとしての「整える」を加えた四つを並べます。中心はあくまで前の三つです。

できること 01

作る

"たたき台" を作る

製品説明のリード文、図表のキャプション、想定 Q&A の下書き。ゼロから書く手間を減らす。ただし出てきた文は、そのまま出せる完成品ではなく、審査にかける前の素案にすぎない。

できること 02

検知

"候補" を拾う

過去の逸脱パターンと照らして、誇大の疑い、未承認をにおわせる言い回し、出典の欠落を拾い上げる。見落としを減らす網として働く。あくまで「候補」であって、白黒の判定ではない。

できること 03

言語化

"理由" を言葉にする

「なぜこの表現がまずいのか」を、第 66 条や適正広告基準に結びつけて説明文にする。ベテランの勘に頼っていた判断の根拠を、後から誰でも読める言葉に落とす。

できること 04

整える

"体裁" を揃える

社内テンプレートへの適合、用語の統一、リンクや出典表記の形式チェック。判断を伴わない機械的な整形は、AI に任せやすい下ごしらえの領域。

三つに共通するのは、どれも「下書き」や「候補」で止まるという点です。作った文は素案、拾った表現は疑いのリスト、言語化した理由は説明の案。最終的にそれを採るか捨てるかは、次に述べるとおり、人の判断に返ってきます。

04変わること・変わらないこと ── 速さは変わり、責任は変わらない

AI が入ると、資材審査の何が変わり、何が変わらないのか。混同しやすいので、表で分けて示します。左は AI で確かに変わるところ、右はどれだけ AI が賢くなっても人に残るところです。

変わること(AI で速く・広くなる)変わらないこと(人に残る)
下書きを用意する速さ ── 素案が数分で出る社外に出すという最終決裁と、そこに伴う責任
点検の網羅性 ── 過去事例と機械的に照合できる承認の範囲に収まっているかの解釈と判断
指摘の言語化 ── 根拠を文章にして残せる誇大か否か、未承認をにおわせていないかの最終判定
過去の指摘の検索 ── 似た事例をすぐ引ける安全性情報が効き目と釣り合っているかの重みづけ

要点はひとつです。AI は「速さ」と「網の広さ」を持ち込みますが、「判断」と「責任」は持てません。速く下書きが出るほど、社外に出す前に人が確かめる工程は、むしろ重みを増します。速度が上がった分を、確認の厚みに回す ── この釣り合いを崩さないことが、AI を入れるときの土台になります。

05限界と誇大の切り分け ── AI 自身が誇大を書くこともある

AI の限界を、資材審査の文脈で具体的に押さえます。いちばん危ないのは、AI が正しい文とまったく同じ自信で、間違った文を書くことです。これをハルシネーション(=もっともらしい嘘)と呼びます。存在しない文献を出典として挙げる、条文の番号を取り違える(誇大の第 66 条を第 68 条と書くなど)、承認されていない使い方を「一般的だ」と述べる ── こうした誤りが、見た目は完璧な文章の中に紛れ込みます。

もう一つの落とし穴は、AI が検知役だけでなく、誇大表現の生成役にもなるという点です。「よく効きます」「他剤より優れています」といった、まさに第 66 条が禁じる言い回しを、AI は求めに応じて滑らかに書いてしまいます。作る道具と点検する道具が同じ AI である以上、生成の側が規制の壁をすり抜けないよう、人が見張る必要があります。

切り分けの原則: AI は「候補を出す」ところまで。誇大かどうか、承認の範囲を超えていないかを判定するのは人です。AI が「問題なし」と言っても、それは「学習データの中では自然に見えた」という意味でしかなく、法令に照らして適法だという保証ではありません。判断は「誰が(何が)書いたか」ではなく「何が書かれているか」でなされます。

06人が握る要所 ── AI に渡してはいけない四つ

変わらないものを、もう一段はっきりさせます。次の四つは、どれだけ AI が進んでも、人が握り続ける要所です。ここを手放すと、審査という関所が意味を失います。

要所 01

承認範囲の判断

"はみ出し" を見る

効能・効果、用法・用量が承認の中に収まっているか。添付文書と資材を突き合わせ、わずかな逸脱も見分ける判断は、文脈の読みが要る。AI の照合は補助にとどまる。

要所 02

誇大・未承認の最終判定

"黒" を決める

第 66 条・第 68 条に触れるかどうか、暗示や強調のニュアンスまで含めた最終判定。候補を拾うのは AI でも、線を引くのは人。

要所 03

安全性情報の十分さ

"釣り合い" を測る

副作用や注意事項が、効き目の記載と釣り合う扱いになっているか。この重みづけは、患者の安全に直結する価値判断であり、機械の網では測れない。

要所 04

決裁と責任

"署名" を負う

社外に出してよいという最終の承認と、そこに伴う責任。「AI が通したから」は、どの場面でも言い訳にならない。署名する人が責任を負う。

この四つに共通するのは、いずれも価値判断と責任を含むという点です。作業(作る・拾う・整える)は渡せても、判断と責任は渡せません。AI 時代の審査担当者は、手を動かす人から、確かめて署名する人へと、役割の重心が移ります。

07シリーズ全 10 回の地図

本シリーズが扱う 10 回の構成を、あらかじめ地図にしておきます。読み進めるときの羅針盤にしてください。作る・検知・言語化という三つの働きを軸に、規制の柵を毎回確かめながら進みます。

  1. 第 01 回
    AI と資材審査 ── いま何が起きているか(本回)
    現在地と限界の全体地図、シリーズの出発点
  2. 第 02 回
    生成 AI が作った資材を、どう審査するか
    下書きを AI が書く時代の、点検の型と落とし穴
  3. 第 03 回
    誇大表現の検知 ── 第 66 条を機械に教える
    大げさな言い回しを AI に拾わせる仕組みと限界
  4. 第 04 回
    出典と引用の点検 ── ハルシネーションを審査で潰す
    存在しない文献・数字のずれを、審査の側で防ぐ
  5. 第 05 回
    承認範囲の判断は、なぜ人に残るか
    効能・用法用量の解釈と、AI が届かない線引き
  6. 第 06 回
    販提 G を AI で運用する ── 情報提供の適正化
    2018 年ガイドラインの物差しを、日々の点検に落とす
  7. 第 07 回
    監視事業報告書に学ぶ ── 逸脱事例から型を作る
    厚労省の一次資料を、審査の学習材料にする
  8. 第 08 回
    審査ログとトレーサビリティ ── 誰が何を判断したか
    AI の関与を含め、判断の記録をどう残すか
  9. 第 09 回
    審査チームへの AI 導入 ── 段階と役割分担
    被害の小さいところから、確かめながら広げる順序
  10. 第 10 回
    統合 ── AI 時代の資材審査を組織に根づかせる
    運用ルール、責任分担、組織としての設計

08他章との接続 ── AI Programming・AI Marketing・資材審査との読み合わせ

AI 資材審査シリーズは、本サイトの他の章と次のようにつながります。読み合わせると、AI をめぐる理解が立体的になります。

結語

資材審査に AI が入る時代は、たしかに来ました。ですが、その「入る」は、審査を肩代わりするという意味ではありません。下書きを速く用意し、あやしい表現の候補を拾い、判断の根拠を言葉にする ── AI が担うのは、そこまでです。作る・検知・言語化のどれも、「下書き」や「候補」で止まります。誇大かどうかを判定し、承認の範囲を見分け、安全性の釣り合いを測り、社外に出す決裁に署名する。この四つは、人の手に残ります。

この地図が示す結論はシンプルです。AI に作らせ・拾わせ、人が判定し・署名する。速く下書きが出る分だけ、確かめる工程を厚くする。とりわけ資材審査では、薬機法(誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2)と適正広告基準、販提 G という柵が、AI が書いた文にもまったく同じ強さでかかります。次回は、この地図を手に、いちばん切実な入口 ── 生成 AI が作った資材を、どう審査するかへ進みます。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 資材審査は、医療従事者に渡す資材を社外に出す前に社内で点検する仕事で、承認範囲・誇大の有無・未承認の示唆・安全性情報の併記・出典の正確さを確かめる。柵は薬機法(誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2)、監視指導・麻薬対策課長が示す適正広告基準、2018 年の販提 G。MR は情報提供に限られ、価格・在庫・納期・受発注は扱わない(取引・物流は卸と病院購買の領域)。
  2. AI が資材審査で担えるのは、作る(たたき台)・検知(候補を拾う)・言語化(理由を条文に結びつける)の三つと、整える(体裁)だが、いずれも「下書き」「候補」で止まる。AI はハルシネーションで存在しない出典や誤った条番号を自信満々に書き、求めれば誇大表現そのものも生成する。だから AI の「問題なし」は適法の保証ではない。
  3. 変わるのは速さと網の広さ、変わらないのは判断と責任。承認範囲の判断・誇大や未承認の最終判定・安全性情報の十分さ・決裁と署名の四つは人に残る。速く作れる分だけ確かめる工程を厚くし、判断は「誰が書いたか」でなく「何が書かれているか」でなされる。
出典·参考文献
  1. 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止・未承認医薬品等の広告禁止・情報提供の適正化に関する各条文)
  2. 厚生労働省医薬・生活衛生局長. 医薬品等適正広告基準. 平成 29 年 9 月 29 日 薬生発 0929 第 4 号(基準本体)。その解説は監視指導・麻薬対策課長通知として示される。(広告表現の適否を判断する物差しの一次資料)
  3. 厚生労働省医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 平成 30 年 9 月 25 日 薬生発 0925 第 1 号、2019 年 4 月適用.(販提 G。情報提供活動の適正化に関する一次資料)
  4. 厚生労働省. 販売情報提供活動監視事業 報告書(各年度).(医療用医薬品の広告・情報提供の逸脱事例をまとめた一次資料。社名は匿名化されている)
  5. 厚生労働省 保健医療分野における AI 活用推進懇談会. 報告書. 2017 年.(保健医療分野で AI をどう活用・管理するかの基本的考え方。資材審査専用ではないが、規制下での AI 運用の背景資料)
  6. U.S. Food and Drug Administration. Artificial Intelligence/Machine Learning (AI/ML)-Based Software as a Medical Device (SaMD) Action Plan. FDA, 2021.(医療機器としての AI 管理の考え方。資材審査そのものではなく、隣接領域の参照)
  7. U.S. Food and Drug Administration. Marketing Submission Recommendations for a Predetermined Change Control Plan for Artificial Intelligence-Enabled Device Software Functions. FDA, 2024.(AI 搭載医療機器の変更管理に関する指針。AI を規制下で運用する際の考え方の参照)