01体制の設計 ── 人ではなく、仕組みで守る
まず出発点を確かめます。なぜ「体制」を論じるのか。答えは単純です ── 人は代わり、忘れ、疲れるから。優秀な審査員が一人いても、その人が異動すれば審査の質は落ちます。忙しい月には手が抜け、慣れれば緩みます。だから、特定の誰かの力ではなく、誰がやっても一定の質が出る仕組みを先に組む。これが体制設計の目的です。
製薬会社の場合、この仕組みは自由に決めてよいものではありません。販提G(=医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン、厚生労働省医薬・生活衛生局長通知、2018 年)が、社内に持つべき体制の骨格を求めています。要点を四つに分けると、次のようになります。
監督部門
資材や情報提供活動の適切さを見張る部門。販売や販促の部門から独立させる。作る人が自分で合格を出せば、甘くなるからだ。
審査・監督委員会
資材の適切性や活動の妥当性を、複数の目で評価する会議体。社外の有識者を入れることが望ましいとされる。一人の判断に委ねない。
手順書
審査の進め方、判定の基準、記録の残し方を文書にする。人が代わっても同じ手順で回せるようにする土台。
教育・研修
審査員も、資材を作る側も、規制と社内ルールを学び直す。判断の物差しを組織全体でそろえる継続的な営み。
ここで大事なのは、AI を審査に入れても、この四つの骨格は変わらないという点です。AI は道具であって、体制そのものではありません。監督部門が見張る対象に「AI が出した判定」が加わり、手順書に「AI をどう使い、どう確かめるか」が書き足され、教育に「AI の限界を知る」が加わる ── 変わるのは中身であって、骨格ではない。新しい道具が来ても、守るべき枠組みは同じだと押さえておきます。
02責任の所在 ── AI に負わせられないもの
体制を組むうえで、いちばん先に固めるべきは責任の所在です。何かあったとき、誰が答えるのか。ここが曖昧なままだと、便利な道具がそのまま「誰も責任を負わない仕組み」に化けます。
販提G は、責任の主体をはっきり人と組織に置いています。まず経営陣の責務。適正な情報提供のための体制を整え、監督し、必要な資源を割く責任は、現場ではなく経営にあります。そのうえで、資材を審査し合否を決める責任者がいて、監督部門が活動全体を見張る。責任は階層をなして、最後は経営に行き着きます。この構図は、AI を入れても一ミリも動きません。
ここで、混同してはならない線を一つ引いておきます。MR(=医薬情報担当者、医療用医薬品の情報を医療者に提供する担当)が扱えるのは情報提供までです。価格・在庫・納期・受発注・価格交渉といった取引や物流の条件は、MR の役割ではありません。それらは医薬品卸と病院の購買が受け持つ領域です。AI に資材や情報提供活動を支援させるときも、この役割の境目を越えさせない ── 情報提供の適切さを見る道具を、いつのまにか取引条件の判断に使わせない。体制の役割分担は、この線引きの上に立てます。
03ガバナンス ── 三つの線で、二重三重に守る
責任の所在が決まったら、次はそれを崩れにくい形に組みます。ここで役に立つのが、リスク管理の分野で広く使われる三線モデル(=スリーラインモデル、守りの役割を三層に分ける考え方)です。もとは金融や内部監査の世界で育った枠組みですが、審査体制にそのまま応用できます。
考え方はこうです。守りを一枚の壁に頼ると、そこが破れれば終わりです。だから役割の違う三つの線を重ね、一つがすり抜けても次で受け止める。審査に当てはめると、次のように整理できます。
| 守りの線 | 誰が・何をするか(AI との関わり) |
|---|---|
| 第 1 線:現場 | 資材を作る側と、一次審査を担う側。日々の業務の中で自ら律する。AI 支援ツールをまず使うのはこの層。ただし判定の最終確認は人が行う |
| 第 2 線:監督・コンプライアンス | 監督部門と審査・監督委員会。第 1 線から独立して、審査が基準どおり回っているかを見張る。AI ツールの使い方が手順どおりか、モデルの成績が保たれているかも監視する |
| 第 3 線:内部監査 | 第 1 線からも第 2 線からも独立した監査。体制そのものが機能しているかを、記録に基づいて確かめる。AI を含む審査の全体を、後から検証できる形で点検する |
この三層でいちばん効くのが独立性です。作る人が自分の資材を審査し、その人がまた監査もする ── これでは、どこかで甘さが混じっても誰も気づけません。役割を分け、互いに独立させるから、一つの線が緩んでも別の線が拾えます。第 6 回で触れた「二重の柵が同じところで開く」危険を、線を分けることで防ぐわけです。AI を入れると、この独立性がかえって重くなります。第 1 線が AI を便利に使うほど、第 2 線・第 3 線が「その AI を鵜呑みにしていないか」を見張る役割が増すからです。
04人員と役割 ── 誰が何を受け持つかを、紙に落とす
三つの線を絵に描いても、実際に人を割り当てなければ動きません。ここで効くのが、役割を一つずつ紙に落とす作業です。誰が判断し、誰が実行し、誰に相談し、誰へ報告するか ── これを曖昧にしたまま体制を名乗ると、忙しいときに「これは自分の仕事ではない」の隙間から漏れます。
審査員(第 1 線)
資材を一次審査し、逸脱を拾う。AI 支援ツールの出力を受け取り、文脈や図表まで含めて人の目で確かめる。判定の理由を記録に残す。
監督部門(第 2 線)
販売・販促から独立し、審査が基準どおりか監視する。逸脱があれば止め、傾向を経営へ報告する。AI の使い方の逸脱もここが拾う。
審査・監督委員会
難しい資材や活動の妥当性を、複数の目と社外の視点で評価する。一人では決めきれない微妙な線引きを、会議体として引き受ける。
情報システム・保守
AI ツールと辞書・モデルを保守する裏方。承認情報が変われば更新し、成績を測り直す。判断はしないが、道具の健全さに責任を持つ。
四つ目の情報システム・保守は、AI を入れて初めて重みを増す役割です。第 6 回で見たとおり、AI ツールは承認情報が変わるたびに辞書やモデルの更新が要ります。放っておけば古い物差しで審査し続け、見逃しが増えます。だから「道具を保つ人」を体制に組み込み、審査を判断する人とは別に置く。ここでも役割の分離が効きます ── 道具を作る人と、道具を使って判断する人と、その全体を監査する人を、混ぜないことです。
役割を割り当てるときの原則は一つ。一つの仕事に、責任を負う人を必ず一人決める。委員会や部門に丸ごと預けると、全員が「誰かがやる」と思って誰もやりません。合議で決めることと、責任者を一人置くことは矛盾しません。決めるのは合議、最後に名前で責任を負うのは一人 ── この二つを両立させます。
05リスク管理 ── 起こりうる崩れ方を、先に数える
体制は、うまくいく前提だけで組んではいけません。どう崩れうるかを先に数え、それぞれに手を打っておく。これがリスク管理です。AI を入れた審査体制で起こりうる崩れ方を、代表的なものから並べます。
- 見逃し ── 問題のある資材が、AI も人もすり抜けて世に出る。誇大(第 66 条)や未承認医薬品等の広告(第 68 条)に触れる資材が公開されれば、規制違反に直結する
- AI への過信 ── ツールの「合格」を確かめずに信じ、審査員の目が鈍る。便利さがそのまま見逃しの温床になる(第 6 回の自動化バイアス)
- モデルの劣化 ── 承認情報が変わったのに辞書やモデルを更新せず、古い物差しで審査し続ける。気づかぬうちに精度が落ちる
- 機密の漏洩 ── 未公開の資材を外部のクラウドに送り、情報が保存・学習に使われる。便利さと引き換えに機密を失う
- 属人化への逆戻り ── 手順が形骸化し、「あの人しか分からない」状態に戻る。第 5 回で標準化したはずの審査が、また個人技に依存する
これらに共通する打ち手が、予防と是正の両輪です。予防は、起きる前に手を打つこと ── 独立した監督、定期的なモデルの測り直し、機密の扱いを契約で縛ること、教育で目線をそろえること。是正は、起きた後に立て直すこと ── 第 7 回で扱った審査記録と監査証跡をたどり、なぜ漏れたかを突き止め、手順や道具を直す(=CAPA、是正・予防措置)。この二つを回し続けるのが、崩れない体制の実質です。
06監査 ── 体制が本当に動いているかを、外から確かめる
体制を組み、役割を割り当て、リスクに手を打った。それで終わりではありません。最後に要るのが監査です ── 組んだ体制が、絵に描いたとおり実際に動いているかを、後から確かめる仕組み。第 3 線の内部監査が、ここを受け持ちます。
監査の要は、記録に基づいて確かめることです。「ちゃんとやっています」という口頭の説明ではなく、第 7 回で残した審査記録と監査証跡をたどって、「いつ・誰が・何を根拠に・どう判断したか」を再現できるかを見る。記録が残っていなければ、監査は成り立ちません。だから体制設計と記録は、切り離せない一対です。
| 監査で確かめること | AI が入ると加わる論点 |
|---|---|
| 手順どおり審査されているか | AI ツールを手順書どおりに使い、出力を人が確認した記録が残っているか |
| 独立性が保たれているか | 作る人・使う人・保守する人・監査する人が分かれ、AI の判定に第 2 線が依存しすぎていないか |
| 逸脱に是正が打たれたか | AI の見逃しやモデル劣化が見つかったとき、原因を追い、道具と手順を直した記録があるか(CAPA) |
| 体制が最新の規制に合っているか | 承認情報や基準の改訂に合わせ、辞書・モデル・手順が更新されているか |
AI を入れると、監査の対象に道具そのものが加わります。「そのツールは、いつ・どの正解セットで・どんな成績だったか」「更新の履歴は残っているか」 ── 第 6 回で述べた検証の記録が、そのまま監査の材料になります。AI の判断も、人の判断と同じように後から検証できる形にしておく。これができていれば、規制当局の調査や社内の指摘があったとき、「この時期の審査は、この体制と、この実力の道具で支えていた」と、記録で説明できます。監査に耐える体制とは、つまるところ説明できる体制のことです。
07他章との接続 ── 体制は、全ての回を束ねる器
本回で見た体制とガバナンスは、このシリーズのほぼ全ての回を束ねる器です。個々の道具や手順は、体制の中に置かれて初めて働きます。読み合わせると、点が線になります。
- AI資材審査 第 5 回 ── 審査の標準化とAI ── 標準化した共通言語を、組織として持ち続ける器が本回の体制。手順書と教育は、標準を風化させないための仕組み
- AI資材審査 第 6 回 ── 支援ツールの実力と限界 ── 道具を過信も過小評価もしない距離感を、個人の心がけではなく体制の役割分担として固める。保守する人と判断する人を分けるのが本回
- AI資材審査 第 7 回 ── 審査記録・監査証跡とCAPA ── 本回の監査とリスク管理が使うのは、第 7 回で残した記録。記録なくして監査なし。体制と記録は一対で成り立つ
- AI資材審査 第 4 回 ── ルール設計 ── 情報システム・保守の役割が守るのは、第 4 回で作った辞書とルール。道具の中身は、設計したルールそのもの
よい道具も、よい手順も、それを支える体制がなければ続きません。人は代わり、忘れ、疲れます。だからこそ、特定の誰かの力ではなく、誰がやっても一定の質が出る仕組みを先に組む ── これが体制設計の芯です。販提G が求める監督部門・審査監督委員会・手順書・教育の四つは、AI を入れても変わらない骨格です。変わるのは中身だけ。新しい道具は、この器の中に置いて初めて働きます。
そのうえで、けっして手放してはならないものが責任の所在です。AI がどれだけ賢くなっても、資材を世に出す決定と、その結果への責任は、人と組織にしか負えません。「AI が通したから」は成り立たない。三つの線で二重三重に守り、役割を紙に落とし、崩れ方を先に数え、記録に基づいて後から確かめる。この構えを崩さないかぎり、AI は審査を速く、確かにします。次回は、ここまでの全てを踏まえ、この先 ── 人と AI がどう役割を分け合っていくのか、審査の将来像を描きます。
- 審査は個人の善意でなく仕組みで守る。販提G が求める骨格は、監督部門(作る側から独立)・審査監督委員会(社外の目を入れた合議)・手順書・教育の四つ。AI を入れても、この骨格は変わらない。変わるのは、AI をどう使い確かめるかという中身だけである。
- 責任は規制上も倫理上も人と組織にしかない。経営陣に体制整備の責務があり、AI の「合格」は免罪符ではなく人が確かめる出発点。守りは三線モデル(第 1 線=現場、第 2 線=監督・コンプライアンス、第 3 線=内部監査)で重ね、独立性を保つ。MR が扱えるのは情報提供までで、価格・在庫・納期など取引条件は範囲外という線も、道具に越えさせない。
- 役割は一つずつ紙に落とし、各仕事に責任者を一人決める。崩れ方(見逃し・過信・モデル劣化・機密漏洩・属人化)を先に数え、予防と是正(CAPA)の両輪で回す。監査は記録に基づいて体制が実際に動いているかを確かめる営みで、AI の判定も後から検証できる形にしておく。監査に耐える体制とは、記録で説明できる体制のことである。
- 厚生労働省 医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 薬生発 0925 第 1 号, 2018 年 9 月 25 日(2019 年 4 月 1 日適用).(経営陣の責務、監督部門・審査監督委員会の設置、手順書・教育・モニタリングを定めた社内体制の一次資料)
- 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止、承認前医薬品等の広告禁止、販売情報提供活動における情報提供の適正化の各条文)
- 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準の改正について. 薬生監麻発 0929 第 5 号, 2017 年 9 月 29 日.(薬機法の広告規制を実務基準に落とした通知。発出者は監視指導・麻薬対策課長)
- 厚生労働省. 医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令(GVP 省令). 厚生労働省令第 135 号, 2004 年.(製造販売後の安全管理体制と責任者の職責を定めた省令。品質保証の体制設計の枠組み)
- The Institute of Internal Auditors(内部監査人協会). The IIA's Three Lines Model. 2020.(守りの役割を第 1 線・第 2 線・第 3 線に分ける三線モデルの原典。ガバナンスと独立性の基礎)
- International Organization for Standardization. ISO 9001:2015 品質マネジメントシステム ── 要求事項. ISO, 2015.(責任と権限の明確化、PDCA、継続的改善など品質保証体制の国際規格)