01技術トレンド ── これから審査に届く AI
まず、これから資材審査の現場に届きそうな技術を、正直な言い方で並べます。「もう使える」ではなく「近づいている」。この距離感を間違えると、将来像はただの願望になります。いま伸びている方向は、大きく四つです。
マルチモーダル
これまで AI は本文の言葉だけを見ていました。グラフ、写真、表を含めて資材まるごとを読む力が育ちつつあります。図の軸を切り取った誇張や、写真の印象操作まで拾える方向です。
根拠への接地
RAG(=根拠となる文書を検索して答えに結びつける仕組み)で、承認情報や添付文書に照らして判断する。「なぜそう言えるのか」を出典つきで返せるので、追いやすくなります。
審査に特化した版
汎用の AI ではなく、審査用に調整し版を固定したモデル。第 7 回で見た「判断が揺れる」問題を抑え、同じ資材に近い判断を返す運用へ向かいます。
エージェント化
資材を集め、点検し、指摘を起票する ── この一連を AI が自分で進める。ただし通す判断は人に残す前提です。自走する範囲を、どこで止めるかが設計の勘所になります。
四つに共通するのは、AI が「言葉を並べる道具」から「根拠にたどれる道具」へ移りつつある点です。とはいえ、どれも精度は上がっても、確率で予測する性質そのものは消えません。速くなり、追いやすくなる。しかし、静かに間違える余地は残ります。この前提は、将来像のどこでも崩れません。
02人とAIの分担 ── どこを任せ、どこを残すか
技術が届くと、次に問われるのは分担です。何を AI に寄せ、何を人に残すか。ここで頼りになる考え方が、米国医師会(AMA)が早くから使ってきた augmented intelligence(=人の判断を置き換えるのではなく拡張する知能)という言い方です。AMA は、医療の AI を「人工知能」ではなく「拡張知能」と呼び、AI は医師を置き換えるのではなく助ける道具だと位置づけました。資材審査でも、この線引きがそのまま効きます。
整理すると、AI に寄せられる作業と、人に残る判断は、次のように分かれます。
| AI に寄せられる作業 | 人に残る判断 |
|---|---|
| 大量の資材から、誇大に読める候補や表記のゆれを一次抽出する | その候補が本当に承認範囲を超えているかの、最終の可否 |
| 本文の数字が、どの出典・どの承認情報から来たかを照合する | その出典で根拠として足りるか、文脈に合うかの妥当性判断 |
| 過去の指摘事例と照らし、似た型の逸脱を拾い上げる | 受け手や場面を踏まえ、今回それが問題になるかの読み |
| 審査の記録やログの下書きを、形をそろえて生成する | その記録が正しいかの確認と、通した責任を負うこと |
左の列は、量が多く、形が決まっていて、速さがものを言う作業です。右の列は、承認範囲との照らし合わせや、受け手を思い浮かべる読みや、責任の引き受け ── 一つしかない正解を、その場の文脈で決める仕事です。将来 AI がどれだけ賢くなっても、この右の列を丸ごと渡すことはできません。理由は第 5 回で見たとおりで、承認範囲の判断は、確率の予測ではなく、責任を伴う決めだからです。分担は動きますが、責任の置き場所は動きません。
03規制の進化 ── AIを前提に、ルールはどう動くか
変わるのは技術だけではありません。規制の側も、AI が入ることを前提に動き始めています。ここは将来像を読むうえで見落とせない部分です。
国際的には、三つの流れが目立ちます。第一に、欧州の AI 法(=Regulation (EU) 2024/1689、AI Act)。医療のような場面での AI を high-risk(=高リスク)に分類し、記録・透明性・人の監督を義務づけました。第二に、米国 FDA が示した、AI/ML を使う医療機器ソフトの管理の考え方。モデルを後から更新することを前提に、PCCP(=Predetermined Change Control Plan、更新の範囲と方法をあらかじめ計画して届け出る枠組み)で「勝手に賢くならない」を担保しようとしています。第三に、AI を組織で運用する国際規格 ISO/IEC 42001(=AI マネジメントシステムの規格、2023 年)。第 7 回で触れた、記録と追跡の物差しです。日本でも、厚生労働省が保健医療分野の AI 活用について重点領域を示し、開発の加速と適正な運用の両輪を議論してきました。
ここで、取り違えてはならない点があります。規制が AI を前提に細かくなっても、資材の中身を測る物差しそのものは変わらないことです。薬機法で、誇大広告の禁止は第 66 条、未承認医薬品等の広告禁止は第 68 条、販売情報提供活動における情報提供の適正化は第 68 条の 2。この配置は、書き手が人でも AI でも同じです。医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン(販提G、厚生労働省医薬・生活衛生局長通知、2018 年)も、適正広告基準(発出は厚生労働省医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長)も、道具の新しさで緩みません。
04守るべき原則 ── 変わっても動かない四つの柱
技術が届き、分担が動き、規制が AI を前提に細かくなる。それでも動かしてはならない柱があります。将来像の土台は、新しい技術ではなく、この四つの柱のほうです。
最終責任は人
AI がどれだけ拾っても、その資材を世に出す判断と責任は人が負う。「AI が通したから」は、どんな場面でも言い訳になりません。
判断は根拠に紐づく
どの承認情報・どの出典に照らしたか。第 4 回で見た根拠の点検は、AI が速くしても省けません。紐づかない判断は、追えない判断です。
追える・再現できる
誰が・いつ・何を・なぜ。第 7 回の監査証跡は、AI の判断が加わるほど重くなる。追えない審査は、正しくても正しさを証明できません。
中身で判断する
AI 生成でも人の手書きでも、測るのは書かれた中身。生成の主体で審査の甘辛を変えないこと。物差しは主体に依りません。
もうひとつ、将来 AI が審査に深く入るほど、意識して守りたい線引きがあります。資材審査が守るのは、あくまで情報提供の中身が承認範囲や規制に収まっているか、です。医薬情報担当者(=MR、Medical Representative)が扱うのは医薬品の情報提供であって、価格・在庫・納期・受発注や価格交渉は、その担当ではありません。それらは医薬品卸と病院購買のあいだの取引・物流の話で、資材審査が測る対象とは別系統です。AI に「資材まわりを何でも任せられそうだ」という空気が出たときこそ、この境界を混ぜないこと。将来像でも、審査が向き合うのは情報の適正であって、取引の合理化ではありません。
05患者中心という軸 ── すべての判断が向く先
ここまでの柱を、一本の軸が貫いています。なぜ資材審査があるのか、という問いへの答えです。それは、組織を守るためでも、規制に叱られないためでもありません。最後に向くのは、資材を受け取る医療者の先にいる、患者の安全と適正な使用です。この軸を見失うと、審査は形だけの点検に痩せます。
世界保健機関(WHO)は、医療における AI の指針として、六つの原則を掲げました ── 人の自律を守ること、安全と公益を優先すること、透明性と説明可能性を保つこと、責任の所在を明らかにすること、公平で包摂的であること、そして持続可能であること。並べてみると、どれも技術の話ではありません。人に向いた原則です。AI が資材審査を速くしても、この六つが向く先は動きません。
だから、将来 AI がどれだけ賢くなっても、審査員に残る最後の問いは変わりません ── この資材を受け取った医療者は、患者に正しい判断を下せるか。AI はこの問いを速く扱う手伝いはできますが、問いそのものを引き受けることはできません。
06まとめ ── 将来像を一枚に
ここまでを一枚に畳みます。将来の資材審査は、次のように動いていきます。
- 技術は届く ── マルチモーダル、根拠への接地、審査特化の版、エージェント化。AI は「言葉を並べる道具」から「根拠にたどれる道具」へ移る。ただし静かに間違える性質は消えない
- 分担は動く ── 量が多く形の決まった作業は AI へ寄る。承認範囲の判断・妥当性の読み・責任の引き受けは人に残る。AI は人を置き換えず、拡張する
- 規制は前提化する ── AI 法、PCCP、ISO/IEC 42001 が「AI をどう管理するか」を足す。だが誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2 という中身の物差しは変わらない
- 原則は動かない ── 最終責任は人、判断は根拠に紐づく、追える・再現できる、中身で判断する。そして情報提供と取引・物流を混ぜない
- 軸は変わらない ── すべては患者の安全と適正使用に向く。速さも効率も、この軸に従う
将来像を語るとき、いちばん危ういのは、新しい技術に目を奪われて軸を見失うことです。逆に、軸と原則を先に固めておけば、どんな新しい道具が来ても、受け入れる範囲を落ち着いて決められます。変わるものと変わらないものを分ける ── これが、将来に備える唯一の確かな方法です。
07他章との接続 ── シリーズをどう束ねるか
本回の将来像は、これまでの各回の積み上げの延長にあります。最後に、シリーズ全体を一本の線で束ね直します。読み返すときの地図にしてください。
- 第 1 回 ── いま何が起きているか ── 出発点で描いた「何が変わり、何は変わらないか」の地図。本回は、その「変わらない」を原則として固め直した
- 第 5 回 ── 審査の標準化 ── 属人性を減らす共通言語は、人と AI の分担を成り立たせる土台。分担が動いても、共通の物差しがあれば判断はぶれない
- 第 7 回 ── 記録・監査証跡と CAPA ── 追える・再現できるという柱の実装。将来 AI の判断が増えるほど、この記録の設計が効いてくる
- 第 8 回 ── 審査員のAIリテラシー ── 将来像を現実に回すのは、AI を使いこなす人の力。原則を守るのも、軸を見失わないのも、最後は人の判断
AI が資材審査に入る時代は、もう始まっています。これから、AI はもっと速く、もっと根拠にたどれる道具になるでしょう。分担は動き、規制は AI を前提に細かくなります。それでも、この 10 回で確かめてきたことは一つに畳めます ── 道具が変わっても、原則と軸は動かない。最終責任は人が負い、判断は根拠に紐づき、審査は追える形で残り、測るのは書かれた中身。そして、すべては患者の安全と適正な情報提供に向きます。
将来を怖がる必要も、過信する必要もありません。変わるものは受け入れ、変わらないものは守る。その仕分けさえ間違えなければ、AI は資材審査を確かに速く、確かに丁寧にします。次回からは趣を変えて、審査を制度としてではなく、人の営みとして描くエッセイ「日々是好日」へ移ります。道具の話をひととおり終えた今こそ、その道具を使う人の日々に、目を向ける番です。
- これから審査に届く AI は、マルチモーダル・根拠への接地・審査特化の版・エージェント化の四方向で伸びる。AI は「言葉を並べる道具」から「根拠にたどれる道具」へ移り、速く追いやすくなるが、確率で予測する以上、静かに間違える性質は消えない。将来像はこの前提の上に立つ。
- 分担は動くが責任の置き場所は動かない。量が多く形の決まった作業(一次抽出・出典照合・記録の下書き)は AI へ寄り、承認範囲の可否・妥当性の読み・通した責任は人に残る(AMA の augmented intelligence の発想)。規制も AI 法・PCCP・ISO/IEC 42001 で「AI の管理」を足すが、誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2 という中身の物差しは変わらない。
- 変わっても守るべき四つの柱 ── 最終責任は人/判断は根拠に紐づく/追える・再現できる/中身で判断する ── を、患者の安全と適正使用という一本の軸が貫く(WHO 六原則)。資材審査が守るのは情報提供の適正であって、価格・在庫・納期・取引は MR の担当外で別系統。軸を上に、道具を下に置く順序を守れば、どんな新技術が来ても受け入れる範囲を落ち着いて決められる。
- 厚生労働省. 保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書. 2017 年 6 月.(医療分野で AI 活用を進める重点領域を示した、日本の初期ロードマップ。開発の加速と適正な運用の両立を論じた一次資料)
- World Health Organization. Ethics and Governance of Artificial Intelligence for Health: WHO Guidance. Geneva: WHO, 2021.(医療 AI の六つの倫理原則 ── 自律の保護・安全と公益・透明性・説明責任・包摂と公平・持続可能性 ── を示した国際指針)
- American Medical Association. Augmented Intelligence in Health Care (Policy H-480.940). AMA, 2018.(AI を「人工知能」ではなく「拡張知能」と呼び、医師を置き換えず助ける道具と位置づけた主要学会・団体の見解)
- U.S. Food and Drug Administration. Artificial Intelligence/Machine Learning (AI/ML)-Based Software as a Medical Device (SaMD) Action Plan. FDA, January 2021.(AI/ML を使う医療機器ソフトの管理方針。更新前提の管理〈PCCP〉の考え方を示した原典)
- European Parliament and Council. Regulation (EU) 2024/1689 laying down harmonised rules on artificial intelligence (Artificial Intelligence Act). Official Journal of the EU, 2024.(AI を用途別のリスクで分類し、高リスク領域に記録・透明性・人の監督を義務づけた法規制)
- ISO/IEC. ISO/IEC 42001:2023 Information technology — Artificial intelligence — Management system. 2023.(AI を組織で運用する際の記録・追跡・リスク管理を定めた国際規格)
- 厚生労働省 医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 薬生発 0925 第 1 号, 2018 年 9 月 25 日.(販提G。情報提供活動の適正化・記録・審査体制を求める通知)
- 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止・未承認医薬品等の広告禁止・販売情報提供活動における情報提供の適正化の各条文)