01属人性という課題 ── 同じ資材で、判断が割れる

まず、なぜ判断が割れるのかを分解します。属人性は「担当者がいい加減だから」起こるのではありません。まじめに審査しても、次のような理由で、人によって結果は変わります。むしろ、その源を知らないまま「もっと注意しろ」と言っても、ばらつきは減りません。

源 01

経験の差

見えるものが違う

ベテランは過去の指摘事例を体で覚えていて、危ない一文に反射で気づく。新人には同じ文がただの説明に見える。同じ資材でも、見えている危険の数が違う。

源 02

基準の解釈の幅

線の引き方が違う

「効果的」という一語を、承認範囲の中の妥当な表現と読むか、誇大の一歩手前と読むか。基準そのものが幅を持つので、どこに線を引くかが人によってずれる。

源 03

その日の状態

同じ人でも揺れる

締切前で急いでいるとき、疲れているとき、同じ審査員でも見落としが増える。属人性は人と人の差だけでなく、同じ人の中の日ごとの揺れとしても出る。

源 04

見る順番と文脈

流れで甘くなる

直前に厳しい資材を見た後は基準が厳しくなり、軽い資材が続いた後は緩む。判断が、その資材の中身だけでなく、周りの流れに引きずられる。

厚生労働省が公表する販売情報提供活動の監視事業報告を読むと、逸脱の多くは大げさな売り文句ではなく、「誰も引っかからずに通り抜けた一文」から生まれています。派手な違反は誰でも止められる。危ないのは、審査員によって見えたり見えなかったりする、境目の表現です。属人性を減らすとは、この「見えたり見えなかったり」を、全員に同じように見えるようにすることです。標準化の目的地は、ここにあります。

02基準を言葉にする ── 「なんとなく」を物差しに変える

標準化の第一歩は、AI でも仕組みでもありません。ベテランの頭の中にある判断を、言葉にすることです。「この表現はなんとなく危ない」── この勘は、長年の事例が体にしみ込んだ本物の知識です。ただ、言葉になっていないので、本人以外は使えません。だから、まず外に取り出します。

取り出し方は、危ない語を並べるだけでは足りません。大事なのは条件を書くことです。たとえば「効果的」という語。これを一律に禁じると、承認範囲の中で正しく使われた文まではじいてしまいます。そうではなく、「どんなときに問題で、どんなときは問題ないか」を言葉にします ── 承認された効能・効果の裏づけがあれば可、それを越えて優越性をにおわせれば不可、というふうに。この「線を引く条件」を書き出したものを、採点基準表(=ルーブリック、何をどう見るかを一覧にした表)と呼びます。

言葉にする作業そのものに、大きな効果があります。AI を入れる前から、審査員どうしで「この場合はどうする」を話し合い、条件を書き並べるだけで、解釈の幅が狭まります。書けない基準は、共有できません。逆に言えば、書けた基準は、新人にもベテランにも同じように効きます。標準化は、道具を入れる前に、まず言葉を揃えることから始まります。

暗黙知を消さない: 言葉にする過程で、ベテランの勘のうちまだ言葉にならない部分が必ず残ります。これは「不要なもの」ではなく、「これから基準に育てるべき鉱脈」です。判断が割れた事例を集め、なぜ割れたかを話し合い、少しずつ条件を書き足す。基準表は一度で完成せず、事例を食べて育ちます。

03AIで一貫性を保つ ── 疲れず、ぶれず、同じ物差しを当てる

基準が言葉になったら、そこで初めて AI が効いてきます。AI の最大の強みは、賢さではなく一貫性です。人間は千件目には疲れますが、AI は一件目と千件目に、まったく同じ物差しを当てます。その日の締切も、直前に見た資材の流れも、AI の判断を揺らしません。第 1 節で挙げた「その日の状態」「見る順番」による揺れを、AI は原理的に持ちません。

審査員ごとに違っていた物差しを、AI という一本の共通の物差しに置き換える。これが、AI を標準化に使うということの中身です。人が変わっても、日が変わっても、同じ資材には同じ指摘が返る。この再現性が、属人性のいちばん厄介な部分を削ります。

人の審査だけの場合AI を共通言語にした場合
審査員ごとに指摘の粒度が違う全員に、同じ基準で同じ観点の指摘が返る
同じ人でも、日によって見落としが揺れる一件目と千件目に、同じ物差しが当たる
ベテランの判断は本人にしか使えない言葉にした基準を、新人も同じように使える
なぜ通した/はじいたが、記録に残りにくいどの基準のどこに触れたかが、毎回残る

ただし、ここを誤解してはいけません。AI の一貫性は、正しさの保証ではありません。AI は、与えられた基準を毎回同じように当てるだけです。基準そのものが間違っていれば、AI は間違いを一貫して繰り返します。均一に間違えることは、ばらばらに間違えることより、かえって気づきにくい。だから、共通の物差しにする前に、その物差しが正しく目盛られているかを、人が確かめておく必要があります。AI が揃えるのは「同じ判断」であって、「正しい判断」ではありません。

04チェックリストの運用 ── 揃えた基準を、現場で回す形にする

言葉にした基準を、日々の審査で使える形に落とすと、多くの場合それはチェックリストになります。「承認された効能・効果の裏づけがあるか」「最上級・断定の表現はないか」「取引を思わせる語はないか」── 第 2 節で書き出した条件を、一つずつ確認項目に変えたものです。AI は、このリストを資材ごとに自動で埋め、引っかかった箇所を審査員に示します。

ここで運用の勘どころが二つあります。一つは、チェックリストは埋めるための道具ではなく、見落としを防ぐための枠だということ。項目に印をつける作業そのものが目的になると、審査は形だけになります。パイロットが離陸前に確認表を読み上げるのは、確認表を埋めるためではなく、慣れによる見落としを防ぐためです。資材審査のチェックリストも同じで、目的は「印」ではなく「見落としゼロ」です。

形骸化という落とし穴: チェックリストは、油断すると「埋めれば審査したことになる」作業に堕します。全項目に印がついていても、一つひとつを本当に見たかは別の話です。AI に自動で埋めさせるほど、この危険は増します。だから、AI が埋めた結果は「審査済み」ではなく「人が確かめるべき候補の整理」として扱う。前回述べた 足切りは自動、通過の判断は人 という非対称は、ここでもそのまま効きます。

もう一つは、チェックリストが古びること。承認情報が変わり、新しい違反の型が見つかれば、項目を足し引きします。誰がいつ更新し、どの版で審査したかを記録に残す ── この保守の設計は、前回のガードレールと地続きです。基準を言葉にし、チェックリストに落とし、版を刻む。標準化は、一度作って終わりではなく、回し続けて保つものです。

05教育への波及 ── 基準は、新人を育てる教材になる

標準化には、審査を揃える以外の効き目があります。言葉になった基準は、そのまま新人の教材になる。かつて新人は、ベテランの横について、指摘のたびに「なぜ今これを止めたのか」を盗んで覚えました。時間がかかり、教える人によって伝わる内容も違いました。基準が言葉になっていれば、新人はまず物差しそのものを学べます。

AI を挟むと、この学びが速くなります。新人が資材を審査し、AI が別の観点で指摘を返す。両者を突き合わせれば、新人は「自分が見落とした観点」をその場で知れます。ベテランが一件ずつ横につかなくても、AI が基準に沿った指摘を返し続けるので、練習の回数を稼げます。属人性は世代を越えて受け継がれがちですが、明文化された基準と AI の指摘があれば、その連鎖を断てます。

「なぜ」まで教える: ここに一つ、強い注意があります。AI が「この表現は危ない」と示すのを鵜呑みにするだけでは、新人は理由を考えなくなります。指摘を覚えるだけの審査員は、基準表にない新しい表現を前にすると、判断できません。基準の一つひとつに「なぜこの線なのか」── どの条文の、どの趣旨から来ているのか ── を添えて教える。物差しの目盛りだけでなく、目盛りの根拠まで渡すのが、育成の芯です。

06限界 ── 標準化は、微妙な判断を消せない

ここまで標準化の効き目を述べてきましたが、正直に限界を置きます。基準に書ききれるのは、線がはっきりしている部分だけです。資材審査の難しさは、多くが境目 ── 承認範囲のぎりぎり内側か、一歩外か ── にあります。この微妙な判断は、文脈で決まり、言葉にしにくく、AI がいちばん苦手とするところです。標準化は、この境目を消してはくれません。

むしろ、揃えすぎると別の害が出ます。安全側に振った基準を機械的に当てると、承認範囲の中で正しく使われた表現まで、大量にはじかれます。現場は「これは誤検知」と押し戻す作業に埋もれ、やがて基準そのものを信じなくなります。逆に、審査員が「基準表にあるものだけ見ればいい」と考え始めると、表にない新種の逸脱を、誰も止めなくなります。標準化は、考えなくてよくするための道具ではありません。

標準化の正しい置き場所: 揃えるべきは「明らかな線」を全員で共有することまでです。明らかにダメなものを、誰が見ても同じように止める ── そこまでを AI と基準表で固め、浮いた力を、境目の微妙な判断に注ぐ。標準化のねらいは、人の判断を置き換えることではなく、人が本当に頭を使うべき所へ、力を集めることです。最終の判断は、これまでの回と同じく、人が下します。

07他章との接続 ── 共通言語は、全巻をつなぐ

本回で組み立てた標準化は、このシリーズの他の回、そして姉妹シリーズと次のようにつながります。共通言語は、単独の技術ではなく、各回の道具を全員で使えるようにする土台です。

結語

属人性は、担当者の怠慢ではありません。経験の差、基準の解釈の幅、その日の状態、見る順番 ── まじめに審査しても、判断はばらつきます。標準化とは、このばらつきを減らすために、まずベテランの「なんとなく」を言葉にし、条件つきの物差しに変え、それを AI という一本の共通の物差しにして、全員で共有することです。AI の強みは賢さではなく、疲れずぶれない一貫性。ただし、その一貫性は正しさの保証ではないので、物差しが正しく目盛られているかは、人が先に確かめます。

揃えた基準はチェックリストとして回し、新人を育てる教材にもなります。ただし忘れてはいけないのは、標準化が消せるのは「明らかな線」だけで、境目の微妙な判断は残ること。揃えすぎれば正しい表現まではじき、審査員は考えなくなります。標準化のねらいは、人の判断を置き換えることではなく、人が本当に頭を使うべき所へ力を集めることです。次回は、この基準を実際に回す AI 審査支援ツールが、どこまでできて、どこで力尽きるかを、正面から検めます。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 属人性(人によって審査結果が割れる性質)は担当者の怠慢ではなく、経験差・基準解釈の幅・その日の状態・見る順番から生まれる。危ないのは派手な違反ではなく、審査員によって見えたり見えなかったりする境目の一文。標準化とは、この「見えたり見えなかったり」を全員に同じように見えるようにすること。
  2. 標準化の第一歩は AI ではなく、ベテランの「なんとなく危ない」を条件つきの物差し(採点基準表)に言葉化すること。それを AI という一本の共通の物差しにすると、疲れずぶれない一貫性で誰にも同じ指摘が返る。ただし AI の一貫性は正しさの保証ではなく、基準が誤れば均一に間違える。物差しの目盛りは人が先に確かめる。
  3. 揃えた基準はチェックリストとして回し(埋める作業でなく見落としを防ぐ枠として)、新人育成の教材にもなる。だが標準化が固められるのは「明らかな線」だけで、境目の微妙な判断は文脈依存で残る。揃えすぎは正しい表現まではじき、思考を止める。足切りは自動、最終判断は人 ── この非対称は変わらない。
出典·参考文献
  1. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課(委託事業). 医療用医薬品の販売情報提供活動監視事業 報告書. 各年度.(実際の逸脱事例を社名匿名で収録した公的一次資料。審査員によって見落とされやすい境目の表現の典型を確認できる)
  2. 厚生労働省 医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 薬生発 0925 第 1 号, 2018 年 9 月 25 日(2019 年 4 月 1 日適用).(情報提供活動の対象・方法・体制を定めた一次資料。審査基準の土台)
  3. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインに関する Q&A について.(販提G の運用上の疑義応答。基準を現場で当てる際の具体例)
  4. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準の改正について. 薬生監麻発 0929 第 5 号, 2017 年 9 月 29 日.(薬機法の広告規制を実務基準に落とした通知。判断の線引きの根拠。発出者は監視指導・麻薬対策課長)
  5. 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止、承認前医薬品等の広告禁止、販売情報提供活動における情報提供の適正化の各条文。基準の最上位)