01全体像 ── 入力から引き渡しまでの時系列

1回の審査ランの流れはこうなっている。資材PDFと基準資料を受け取る → 紙面を機械の読める形に取り込む → 決定的照合(=コードで白黒が確定する検査) → 意味判定(=印象や含意をAIに問う検査) → 基準資料との突合 → 社会の目による通読 → 許容ポリシーの適用 → 統合とスコア → 監査記録 → 人間へ。重要判定だけは、この後さらに合議にかかる。各段は前の段の出力を受け取り、指摘を積み上げていく。順番には意味がある。迷わず確定できる検査を先に、判断の重い検査を後に置く。

02入力の確定 ── 資材の取り込みと基準資料の固定

最初に、検査の対象と、照らし合わせる相手を固定する。資材の取り込みでは、段組の判定や断片の結合を行い、読み取れなかった情報は捨てずに「要人間確認」の印をつけて下流に流す。欠測を無言で握りつぶさないことが、この段階の柵である。照らす相手は、電子添文(=医薬品の公式な説明文書)、審査報告書(=承認時に規制当局が評価した根拠の記録)、RMP(=市販後の安全対策計画)の三点だ(三点の役割分担は「構成要素」の稿にゆずる)。判定の基準は資材の内部にはない。資材が何を主張していようと、基準資料の記載に含まれていなければ逸脱候補になる。承認範囲の判定は電子添文の記載を基準原本とする ── 6原則の①補完の原則が、ここから先のすべての場面で発動する。

03決定的照合 ── 迷わない部分を先に潰す

NG語の有無。グラフの軸がゼロから始まっているか。症例数が基準を満たすか。必須記載が欠けていないか。こうした検査は同一入力なら必ず同一出力になるコードで確定する。AIには渡さない。計算や数え上げをAIに任せない分業は、再現性(=同じ資材を再検査したら同じ結果が出ること)を守るためである。弱い当たり、たとえば条件次第で可となる語のヒットは、棄却せず確信度を下げて残し、同じ項目の弱ヒットは代表1件に集約して「他N箇所」と注記する。ここに⑤見逃し優先(偽陰性=本当は違反なのに見逃すことを、偽陽性より重い失敗とする原則)が最初に顔を出す。

04意味判定 ── 合理的な読み手に何が残るかを問う

次に、事実かどうかではなく印象を問う段階に入る。ページ単位で「合理的な読み手の頭に何が残るか」をAIに複数回質問する。評価は三次元で行う。局所(一語の選び方)、近接(隣に何を並べたか)、全体(資材の構成が結ばせる像)である。事実の記述でも、見せ方で誤らせれば違反 ── ②二重の義務がここで発動する。複数回の質問のうち1票でも違反判定が出れば、多数決ではなくその指摘を採用する。これも見逃し優先の実行形だ。

安全性については検査が非対称になる。まず資材自身が載せている警告・禁忌・重大な副作用を抽出し、それを内部整合の基準として全ページの判定に同梱する。安全性を総括する記述が、自らの警告の最重大事象に触れず安心方向に要約していれば、希釈(=安心方向への薄め)として指摘する。有効性は厳しく安全性は緩く、という判定の非対称を認めない。③非対称開示義務の発動である。

05基準資料との突合 ── 承認の外に踏み出していないか

続く突合の段では、資材の主張を承認範囲・審査報告書・RMPと照らす。審査報告書には、機構(=医薬品医療機器総合機構。承認審査を行う当局)による有効性・安全性の評価が記録されている。「機構が有効性を認めなかった項目を有効と示唆する記述」のような齟齬は、この段で拾う。RMPに載る安全性の重要事項が資材に反映されているかも、ここで確かめる。

06社会の目 ── 明文の空白を素通りさせない

法令や基準の明文に当たらなかった領域は、これで安全確定ではない。資材全体を8つの視点(患者・家族・医療者・メディア・SNS・投資家・監督官庁・弁護士)で通読し、明文違反の手前にある倫理・品位・患者の権利への懸念を別レーンで検査する。明文ヒットのなかった箇所は、この社会の目の評価もCLEARになって初めて、システム上のWHITE(=一次スクリーニング上の「問題なし」判定)が確定する。これは機械の中の判定確定であって、人間審査の省略を意味しない。「書いていないから自由」を認めない⑥明文の空白=自律の原則は、この段の存在そのものとして実装されている。

07許容と統合 ── 落とす操作にも根拠を残す

すべてを指摘すればよいわけでもない。引用した臨床試験の記述として、試験デザイン上の用量・投与間隔が電子添文と異なるだけの記載や、所定の注記(承認用量外を含む旨の明示など)が付いた承認外データの提示は、あらかじめ定めた監査可能なポリシーで許容する。ただし注記があっても、効能・適応の承認外拡大、安全性の希釈・欠落、統計の偽装、動物実験からヒトへの外挿は許容されない。重要なのは、指摘を落とす操作にも根拠と記録を要求することだ。抑制・許容・撤回はすべて監査ログに残り、後から検証できる。

統合では、同じ箇所への重複指摘を最も厳しい判定に一本化する。その上で重大度×確信度×露出(=その記載が読み手の目に触れる度合い。掲載位置や大きさ)でスコア化する。BLACK(=明確な違反)が1件でもあれば、システムが付す候補ランクは自動的に最低になる。修正要否の最終判定は、これを受け取る人間が行う。

08合議と出力 ── 疑わしい判定は人間の側へ寄せる

重要判定だけは60名の仮想審査にかける。審査経験者らによる討論では反論と少数意見の明示を必須とし、当局系30票の過半で「修正要」の候補判定となる。割れた争点だけでなく、全員一致に見える争点も人間審査に回す ── 全員一致は疑うべき徴候として扱われるからだ。合議の後にも許容ポリシーは再度適用され、注記等で許容される争点は撤回される。この撤回も監査ログに残る。

出力の時点で、④検証可能性の原則が最も硬い形で働く。すべての指摘には規範原文の根拠と、対応する原子項目(=一つずつ独立に検査できる最小のチェック項目)のIDが必須で、欠けた指摘は生成の瞬間に拒否される。人間の審査担当者には、逸脱レポートと監査ログ(=入力、ルールとポリシーの版、判定の経路)が渡る。「なぜこの判定か」を規範の原文まで遡って再構成できる状態での引き渡しである。そして最終判定と責任は、人間の側に残る。システムは探す時間を肩代わりするだけで、判断の座を代わらない。

なお審査は一度で閉じない。規範が改定されればルールを更新し、過去に検査済みの資材で結果が変わらないことを確かめたうえで、既承認資材を再スキャンする。稼働前は人間審査と並走し、機械が沈黙した見逃しを週次で突き合わせる。1回のランは、この運用サイクルの中の一巡にすぎない。