01着任二週間目の医師
四月に入社してきた先生と、審査室で初めて向き合った日のことだ。先生は循環器の臨床医を十五年やって、メディカル部門(製薬企業で医学・科学面を担う部署)に移ってきた人だった。来月改訂予定の情報提供資材について、部内のレビューにかける前に、上長から「まず審査室に話を聞いてこい」と言われて来たのだという。手には一段落の追記案があった。
「先月の学会で、いい発表がありました。多施設の前向き試験で、エンドポイント(試験で効果を測る指標)も堅い。この薬の新しい作用について、一段落加えたいのですが」
原稿を読んだ。データの引用は正確だった。出典も明記されていた。学術論文の一節としてなら、何も言うことはない。ただ、承認(国が品質・有効性・安全性を審査し、効能効果を含めて製造販売を認める手続き)された範囲を超えた作用が、確立した事実のように書いてあった。
「この作用、添付文書(医薬品の公式な説明文書)のどこかに載っていますか」
「いえ。まだ承認外です。だから最新情報として価値がある」
私は顔を上げた。
「この書き方だと、薬機法(医薬品の品質や広告を規制する法律)66条の誇大広告に当たるおそれがあります」
先生が、止まった。視線が原稿に落ちて、同じ段落を二度、往復した。
02フリーズの中身
先生は何も知らなかったわけではない。入社時の研修で、誇大広告や承認外情報の扱いは必ず聞かされている。ただ、自分の専門領域の、自分が信頼する発表となると話が別だったのだろう。知識はあった。それが手元の一段落と、まだつながっていなかった。
学会で新しい学説を唱えることは、科学ではあたりまえの営みだ。作法もある。仮説は語ってよい、ただし limitation(研究の限界)を添えて。演者は考察で必ず限界を述べ、批判を受け、知見が鍛えられていく。新しい発見を早く仲間に伝えることが、医学を前に進めてきた。先生はその作法に忠実な人だ。実際、原稿から落ちていたのは、その limitation の一行だった。学会の壇上なら質疑応答で補える留保が、資材では紙の上に残る。紙には質疑がない。
一方、私の手元には薬機法66条がある。医薬品の名称・製造方法・効能効果・性能について、虚偽または誇大な記事を広告・記述・流布してはならない。「何人も」とあるから、企業だけでなく誰にでも適用される。明示的でも暗示的でもだめだ。たとえば有利な数字だけを抜き出して大きく見せれば、嘘は一つも書いていなくても「効きすぎる印象」を与える。これが暗示的な誇大だ。なお、承認済みの薬について承認外の効能をうたえば66条(虚偽・誇大)、そもそも承認前の医薬品を広告すれば68条(未承認医薬品等の広告禁止)、という切り分けになる。
先生のフリーズは、知らなかったことがばれた瞬間ではない。二つの誠実さが、正面からぶつかった瞬間だった。
03同じ言葉が、場所で意味を変える
「先生の発表そのものが違法だ、という話ではないんです」
私はそう続けた。学会発表や学術論文は、科学者どうしの学術的な議論であって、広告規制のいう「広告」とは扱いが異なる。66条は「何人も」に適用されるのに学会発表が対象外なのは、発表者が誰かによるのではなく、そもそも広告に当たらないからだ。広告かどうかは三つの要件をすべて満たすかで判断される(平成10年の行政通知による整理)。買いたい気持ちにさせる狙いが明確であること。特定の商品名を明示していること。一般の人が知りうる状態にあること。一つでも欠ければ広告ではない。
だから、同じ内容でも意味が変わる。純粋に研究者の立場での学術発表なら、それは科学の議論だ。しかし企業が自社の薬の名前を付けた資材に載せて配れば、販売情報提供活動(企業が自社薬の情報を医療者へ伝える活動を指す行政上の呼び名)になる。企業の社員として講演会で語る場合も、口頭であってもこの活動に含まれうる。壇上ならいつでも自由、というわけではない。この活動にはガイドラインがあり、根拠は承認された範囲にとどめ、エビデンスに基づく正確で公平な情報を提供する、と決められている。ただし、医療関係者の側から求めがあった場合の未承認情報の提供は、別途条件付きで認められている。
「内容が変わったんじゃない。場所が変わったんです。場所が変わると、法律の上での意味が変わる」
先生はしばらく黙って、それから言った。「発表した本人が企業に入ると、自分の発表を自分で紹介できなくなるんですね」
「正確には、紹介できないのは資材の上でだけです。学術の場では、今も先生の発表です」
以前この日記で、論文に載っているからといって資材に載せてよいわけではない、という話を書いた(第27回)。あのときは、資材に載せられない話として書いた。今回は、発表した本人が資材の上では自分の知見を紹介できない話として、同じ規制に別の向きからぶつかった。
04私も逆向きに転んだことがある
偉そうに言える立場ではない。私は逆の失敗をしている。
昔、社内の研究者たちの勉強会に呼ばれたとき、発表スライドの表現に片っ端から赤を入れたことがある。「断定は避けて」「この強調は危ない」。研究者の一人が困った顔で言った。「ここは社内の科学の議論の場です。仮説を強く言えなかったら、議論になりません」。
正しかったのは彼だ。私は規制の常識を、科学の場に持ち込んでいた。先生と同じ転び方を、向きだけ変えてしていた。ただし、そのスライドが社外に一枚でも出るなら話は別で、そこは今も譲っていない。
科学の誠実さは、不確かなことを不確かなまま早く共有し、議論にさらすことにある。規制の誠実さは、不確かなことを確かなことのように患者や医療の現場へ流さないことにある。科学は、仲間内の批判に耐える議論の強さを信じている。規制は、届いた情報をうのみにしやすい患者や忙しい現場を守っている。どちらも間違っていない。守っている相手が違うだけだ。
05通訳のいる産業
その一段落は載せなかった。資材は、承認された効能の説明に、裏づけとなる論文と添付文書の記載を付け直して、翌月に世に出た。学会の新知見については「まだ資材で語る段階ではない」と、先生自身が判断した。
数か月経った今、先生は変わった。最近は先生の方から「これは広告に当たりますか」と先に聞いてくる。そして部内で相談ごとがあると、66条の話を臨床の言葉に翻訳して伝えるのが、誰よりうまい。臨床医が資材のどこをどう読むかを、体で知っているからだ。
新しく来た人がフリーズするのは、その人が二つの世界の境目に、体ごと立ったからだ。両方の言葉で悩んだ経験のある人だけが、双方へ翻訳できる。この産業には、学会の言葉と法律の言葉を行き来できる人が、もう少し要る。あの日止まった先生の数秒は、その始まりだったのだと思う。
(薬機法66条・68条と広告三要件の詳しい解説は /compliance/01-pharma-act.html にまとめてある)
- 学会で新説を唱えるのは科学の誠実さの営みそのもの。だが同じ内容でも、企業が自社薬の資材に載せて配れば販売情報提供活動になり、法律上の意味が変わる。変わったのは内容ではなく場所。
- 薬機法66条(虚偽・誇大広告の禁止)は「何人も」に適用され、暗示的な誇大も対象。承認外の効能をうたえば66条、承認前の薬の広告なら68条という切り分け。広告該当性は3要件(誘引意図・特定名称・一般人が認知しうる状態)で判断される。
- 科学の誠実さは不確かなことを早く共有し議論にさらすこと、規制の誠実さは不確かなことを確かなことのように現場へ流さないこと。守る相手が違うだけでどちらも正しい。両方の言葉を行き来できる「通訳」がこの産業には要る。
- 薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律) 第66条(虚偽・誇大広告の禁止)・第68条(承認前医薬品等の広告禁止).(本文の条文整理の原典)
- 厚生省医薬安全局監視指導課長通知. 薬事法における医薬品等の広告の該当性について. 医薬監第148号, 平成10年9月29日.(広告該当性の3要件を示した行政通知)
- 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018.(企業の情報提供活動の行動基準。未承認情報の求めに応じた提供の条件を含む)
- 日本製薬工業協会. 医療用医薬品プロモーションコード.(業界の自主規範)