01生成資材が増える現場 ── 作る速度だけが上がった
まず、いま起きていることを言葉にします。ここでいう資材とは、医療用医薬品の情報を医療従事者や患者に届けるための資料 ── パンフレット、説明スライド、Web ページ、メール、動画の台本などをまとめて指します。従来、こうした資材は担当者が下書きを作り、社内の審査を通し、直し、また出す、という往復を重ねて仕上げていました。一本仕上げるのに数週間かかることも珍しくありません。
生成AIは、この下書きの工程を数分に縮めました。すると何が起きるか。審査の部署に届く資材の本数が増えます。ところが、一本あたりを確かめる時間は変わりません。読んで、条文と照らし、出典を当たり、承認された効能の範囲かを見る ── この作業は、AIが下書きしたからといって短くならないからです。入口だけが太くなり、出口が同じ太さのまま。だから詰まります。
ここで資材審査とは何かを、はっきりさせておきます。資材審査とは、資材が薬機法や社内基準、販売情報提供活動のガイドラインに反していないかを、公開する前に確かめる工程です。そして資材は、あくまで情報提供のための資料です。薬機法は、販売情報提供活動における情報の適正化を第 68 条の 2 に置いています。価格・在庫・納期・受発注といった取引の話は、資材に載せる情報ではありません ── それは医薬品卸と病院の購買部門がやり取りする領域で、資材や MR(=医薬情報担当者)の情報提供とは別の話です。この線引きは、後で審査の柵として効いてきます。
02量産の三つの罠 ── なぜ「速い」が「危ない」になるか
資材が速く大量に作れること自体は、悪いことではありません。問題は、生成AIの作り方に固有の癖があり、それが本数の多さと掛け算になると、審査をすり抜ける確率が上がることです。罠は大きく三つあります。
それらしい嘘
存在しない試験や出典、承認されていない効能を、生成AIは本物とまったく同じ自信で書きます。第 1 回で見たとおり、AIは「ありそうな続き」を書くので、「あってほしいデータ」が実在するかのように紛れ込みます。
小さな逸脱の数
一本ずつ見れば軽い ── 少し盛った見出し、出典の欠け、断定気味の言い回し。だが本数が増えるほど、そのうちの一本が審査を素通りする確率は上がります。数が守りを薄くします。
同じ間違いの複製
同じAIに同じ指示を出せば、同じ癖の逸脱が全部の資材に複製されます。人の手作業なら一人分の間違いで済むものが、AIでは一斉に量産される。一箇所直せば済む話ではなくなります。
三つの罠に共通するのは、いずれも「見た目は完璧」という点です。明らかに変な資材なら、審査で誰でも止められます。危ないのは、承認範囲を超える効能をさらりと書いた一文や、実在しない出典を添えた一行が、整った資材の中に自然に収まっている場合です。承認の範囲を超える効能をうたえば薬機法第 66 条の誇大広告にあたりますが、その一文は、読み飛ばせるほど自然な顔をしています。
03入口・途中・出口の三関所 ── 人が全部を読まない設計
では、増える一方の資材をどう審査するか。答えは「人が全部を読み直す」ではありません。それでは詰まります。かといって「全部AIに任せる」でもありません。それでは罠を見逃します。現実的な答えは、審査を三つの関所に分け、機械で絞り込んでから人が要所を確かめる、という形です。
- 入口 ── 作らせる前の指示: 生成AIに資材を作らせる、その指示(プロンプト)の段階で、要件と禁止事項を先に埋め込みます。承認された効能・効果の範囲、使ってよい出典、避けるべき誇大表現。ここで枠を渡しておくと、下流で落とす手間が減ります。いちばん安い関所です。
- 途中 ── 生成直後の一次ふるい: 出てきた資材を、機械的なチェックに通します。禁止語の検出、承認された効能との照合、出典が実在するかの確認。AIとルールで、明らかな逸脱をここで落とす。人の目に届く前の粗ふるいです。
- 出口 ── 人の最終審査: 一次ふるいを抜けたものだけを、人が読みます。承認し、記録し、責任を負う。この関所は自動化しません。判断と署名は、最後まで人の仕事です。
大事なのは、三つとも人が全部を読むわけではない、という点です。入口で枠をはめ、途中で機械が絞り、出口で人が要所だけを確かめる。速度を落とさずに守りを保つには、確かめる場所を絞り込むしかありません。人の時間は、機械が拾えないところ ── 文脈の読み、微妙な断定、誤解を招く余白 ── に集中させます。
04ガードレールの併用 ── 機械の柵で人の目を空ける
途中の一次ふるいを支えるのが、ガードレールです。ガードレールとは、生成物が人の目に届く前に置く、機械的な柵のこと。運転で言えば、道を外れそうな車を物理的に押し戻す縁石です。資材審査では、次のような柵を並べます。
- 承認範囲との照合 ── 資材の効能・効果が、承認された範囲を超えていないか。超えれば薬機法第 66 条の誇大にあたりうる。
- 品目の確認 ── まだ承認されていない品目を広告していないか。未承認医薬品等の広告は第 68 条で禁じられている。
- 出典の実在チェック ── 引用された試験や文献が、本当に存在し、内容と一致するか。
- 禁止語・表現の検出 ── 「最高」「絶対安全」のような断定、承認外の期待をあおる言い回し。
柵はもう一つあります。資材そのものの線引きです。資材は情報提供のための資料であって、取引の道具ではありません。価格・在庫・納期・受発注・値引き交渉は、資材に載せる情報ではない。これらは医薬品卸と病院の購買部門が扱う領域で、MR の情報提供とは別です。ところが生成AIに資料を作らせると、頼んでもいない「今なら在庫豊富」「特別価格」のような販促文句を、気を利かせたつもりで混ぜてくることがあります。そうした混入を落とすのも、審査の柵の役目です。
ガードレールを機械が受け持つ狙いは、人の目を空けることにあります。禁止語の検出や出典の突き合わせは、休まず淡々とやれる機械の得意分野です。そこを任せて、人は機械が拾えない判断に時間を使う。柵は人を置き換えるためではなく、人をもっと大事な場所に回すために置きます。
05多対象への出し分け ── 相手が変われば物差しも変わる
生成AIの得意技の一つが、出し分けです。一つの素材から、医師向け・薬剤師向け・患者向けを、それぞれ別バージョンで作れる。かつては対象ごとに書き直す手間があったものが、指示一つで並列に出てきます。便利です。ですが、ここに落とし穴があります。対象が変われば、当てる規制の物差しも変わるのです。
とりわけ患者・一般向けは注意が要ります。医療用医薬品を一般の人に向けて広告すること自体、原則としてできません。医療従事者向けの資材で許される専門的な記載が、患者向けでは通らない ── この差を、生成AIは自動では区別してくれません。同じ素材から機械的に出し分けると、医師向けの表現がそのまま患者向けに流れ込む危険があります。
| 医療従事者向けの資材 | 患者・一般向けの資材 |
|---|---|
| 処方・調剤の専門家が読む前提 | 専門知識のない人が読む前提 |
| 効能・用法・臨床データを専門的に記載できる | 医療用医薬品の一般向け広告は原則できない |
| 審査は承認範囲・出典の正確さを重く見る | 審査は誤解や不安をあおらないか、効果を断定していないかを重く見る |
| 主なリスクは承認外効能・誇大(66 条) | 主なリスクは未承認・一般向け広告規制(68 条) |
対象に応じて情報提供の仕方を変える、という発想は新しいものではありません。世界保健機関(WHO)は 1988 年の「医薬品プロモーションの倫理基準(Ethical Criteria for Medicinal Drug Promotion)」で、宣伝は正確・公正・裏づけのあるものであるべきとし、読み手が処方者か一般の人かに応じた配慮を求めました。生成AIの出し分けにも、この古い原則をそのまま当てます。速く作れることと、相手に合わせて正しく作れることは、別の話です。
06効果と限界 ── AIは一次ふるいまで、判断は人
ここまでの仕組みを入れると、審査は確かに速くなります。禁止語の検出、出典の照合、承認範囲との突き合わせ ── 機械は休まず一次のふるいをこなし、人は落ちてきたものだけを見ればよくなる。増える本数に、人の目を増やさずに対応できます。これが効果です。
ですが、限界を正直に見ておく必要があります。
- 見つけたものしか落とせない ── AIの一次ふるいは、学習した逸脱のパターンを拾って落とします。裏を返せば、前例のない新しい種類の逸脱は素通りしうる。止めるべきものを通す「見逃し」が、いちばん怖い失敗です。
- 「通った」は「正しい」ではない ── ふるいを抜けたことは、逸脱がないことの証明ではありません。第 1 回の「動いた ≠ 正しい」と同じ構図です。
- 判断と責任は人に残る ── 承認の署名を、AIに肩代わりさせてはいけません。「AIが確認したから」は、どの場面でも言い訳になりません。
07他章との接続 ── 規制の物差しと、速度の設計
本回で扱った「速く作る側」と「確かめる側」の非対称は、本サイトの他の章とつながっています。読み合わせると、資材審査の位置づけが立体的になります。
- AI資材審査シリーズ ── 生成AIと審査の全体像。本回はその実務編で、三関所と柵の作り方を扱いました。
- 広告規制 ── 薬機法 66 / 68 / 68 の 2 ── 審査が当てる物差しの原典。三つの条文を取り違えないための基礎。
- 資材審査シリーズ ── AI以前からある審査の実務。生成AIが入っても、確かめる工程の骨格は変わりません。
- AI Marketing 第 5 回 ── 速度と審査のバランス ── 作る側から見た同じ問題。生成物を人が途中で確かめる仕組みの考え方は、本回と共通です。
生成AIは、資材を作る速度を桁で変えました。ですが、確かめる速度は変わっていません。この非対称を放っておくと、審査の部署が詰まるか、確認が甘くなるか、どちらかが起きます。本回が示した答えはシンプルです ── 人が全部を読むのをやめて、確かめる場所を絞る。入口で枠をはめ、途中で機械が絞り、出口で人が要所を確かめる。三つの関所と機械の柵を組み合わせ、薬機法の三つの物差し(誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2)を取り違えずに当てる。
忘れてはならないのは、AIが担うのは一次のふるいまで、という一点です。判断と責任は、最後まで人に残ります。速く作れる分だけ、確かめる工程を厚くする ── 速度を上げる目的は、浮いた時間を審査に回すためだと考えれば、順序を誤りません。次回は、この審査でとりわけ厄介な相手 ── 資材に紛れ込む逸脱を、AIでどう見つけ出すかに踏み込みます。誇大、承認外、出典の欠落。それらしい顔をした誤りを、機械はどこまで拾えるのか。
- 生成AIで資材は数分で作れるようになったが、公開前に通す資材審査の速度は変わっていない。作る側だけが速くなる非対称が、審査の部署を詰まらせる。量産には三つの罠 ── それらしい嘘、小さな逸脱の数、同じ間違いの複製 ── があり、いずれも「見た目は完璧」なまま紛れ込む。
- 答えは「人が全部読む」でも「全部AIに任せる」でもなく、入口(指示に枠を埋める)・途中(機械の一次ふるい)・出口(人の最終審査)の三関所で絞り込むこと。機械のガードレール(承認範囲の照合、出典の実在チェック、禁止語検出、取引情報の混入排除)で人の目を空け、要所に集中させる。
- 審査が当てる物差しは、AIが下書きしても変わらない ── 誇大は薬機法 66 条、未承認は 68 条、情報提供の適正化は 68 条の 2。対象が医療従事者か患者・一般かで規制の重心も変わる。AIが担うのは一次ふるいまでで、見逃しを避けるため迷えば人へ回す。判断と責任は最後まで人に残る。
- 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止・未承認医薬品等の広告禁止・販売情報提供活動における情報提供の適正化の各条文)
- 厚生労働省医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインについて. 平成 30 年 9 月 25 日 薬生発 0925 第 1 号(2019 年 4 月 1 日適用。販提G の一次資料).
- 厚生労働省医薬・生活衛生局長. 医薬品等適正広告基準について. 平成 29 年 9 月 29 日 薬生発 0929 第 4 号(適正広告基準の本体通知).
- 厚生労働省医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準の解説及び留意事項等について. 平成 29 年 9 月 29 日 薬生監麻発 0929 第 5 号(誇大表現・禁止表現の具体的な線引きを示す解説).
- World Health Organization. Ethical Criteria for Medicinal Drug Promotion. Geneva: WHO, 1988.(医薬品プロモーションの倫理基準。宣伝の正確性・公正性と、対象に応じた配慮を求めた国際基準)