01ルールには階層がある ── 上が下を縛る

資材が守るべきルールは、一枚のリストではありません。上下のある階層になっています。まずこの地図を持たないと、AI に何を優先させればよいか決められません。上にあるものほど強く、下にあるものは上に反したら無効です。

階層 01

法律 ── 薬機法

最上位の柵

いちばん上に医薬品医療機器等法(薬機法)が来る。誇大広告や未承認品の広告を禁じる、破れない外枠。違反すれば行政処分や罰則の対象になる。

階層 02

基準 ── 適正広告基準

法を具体化する物差し

薬機法の広告規制を実務に落とした厚生労働省の基準。「絶対安全」「No.1」といった表現を、どこまでが許され、どこからが行き過ぎかで線引きする。

階層 03

ガイドライン ── 販提G

活動そのものの作法

医療用医薬品の情報提供活動が、いつ・誰に・どんな根拠で行われるべきかを定めた通知。資材の中身だけでなく、渡し方・使い方まで対象にする。

階層 04

社内規程・承認情報

製品ごとの現場ルール

各社の販売情報提供活動の手順、そして製品ごとの承認された効能・効果・用法。上位のルールを守ったうえで、さらに製品固有の縛りを足す。

大事なのは順番です。下の階層は、上の階層を上書きできません。社内で「この言い方なら通そう」と決めても、それが適正広告基準に触れていれば通りません。AI にルールを持たせるとき、この上下関係もいっしょに教えないと、AI は目の前の社内テンプレートだけを見て、上位の法規制を見落とします。柵は、いちばん外側から順に立てる。これが設計の出発点です。

02薬機法・販提Gを「枠」にする ── 禁止から先に教える

では、いちばん外側の柵から具体化します。薬機法の広告規制は、条文の位置をまず正確に押さえます。誇大広告の禁止は第 66 条、承認前の医薬品等の広告禁止は第 68 条、そして販売情報提供活動における情報提供の適正化は第 68 条の 2 に置かれています。番号を取り違えると、AI に埋め込むルールそのものが間違うので、ここは動かせない事実として扱います。

販提G ── 正しくは「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」(厚生労働省 医薬・生活衛生局長通知、2018 年)── は、この情報提供活動を現場でどう行うべきかを定めた文書です。ポイントは、資材の文面だけでなく「活動」そのものを対象にしていること。誰に、どんな根拠資料をもとに、どこまで伝えてよいかまで踏み込みます。

混同してはいけない境界: 医療用医薬品の情報提供を担う MR(=医薬情報担当者)が扱えるのは、あくまで製品の情報提供です。価格・在庫・納期・受発注・値引き交渉といった取引の話は、MR の領域ではありません。それらは医薬品卸と病院の購買部門のあいだで動くものです。AI に販促文を書かせるとき、この線を越えて「お得」「今なら」のような取引を思わせる表現に流れないよう、枠として先に禁じておきます。

ここで設計の勘どころが一つ。AI には、「何を書いてよいか」より先に「何を書いてはいけないか」を教えるのが効きます。書いてよいことは製品ごとに無数にありますが、書いてはいけないことは規制で類型が決まっています。禁止の枠を先に立てれば、AI が生成できる範囲が自動的に安全側へ狭まります。柵は、通り道を作るためではなく、崖から落とさないために立てるものです。

03承認情報と禁止語 ── 二つの辞書を持たせる

枠を具体的なデータに落とすと、AI に持たせるものは大きく二つの「辞書」になります。承認情報の辞書と、禁止語の辞書です。前者は「ここまでは言ってよい」の上限、後者は「これは言ってはいけない」の下限を決めます。

承認情報の辞書は、製品ごとの承認された効能・効果、用法・用量、警告・禁忌を、そのまま構造化したものです。第 3 回で見たとおり、効能・効果は承認範囲の中でしか語れません。AI が「適応を広げたい」誘惑に負けないよう、承認された文言を正解データとして先に渡し、そこから外れた表現をはじけるようにします。

禁止語の辞書は、規制と基準から導いた「使うと危ない語」の一覧です。整理すると、次のように分かれます。

禁止語のタイプ例と、なぜ危ないか
最上級・断定「最高」「No.1」「絶対」「完全に治る」── 優越性や効果を保証する表現は、誇大広告(第 66 条)に触れやすい
安全性の保証「副作用がない」「安心して使える」── 医薬品に絶対の安全はなく、リスクを覆い隠す表現になる
未承認の示唆承認されていない効能・対象・用量をにおわせる語 ── 第 68 条の領域に踏み込む
取引の誘引「お得」「今だけ」「値引き」── 情報提供の枠を越え、MR が扱わない取引条件を持ち込む

この二つの辞書は、AI に「察してもらう」ものではありません。明文のデータとして外から渡すものです。承認情報が改訂されれば辞書を差し替え、新しい違反表現が見つかれば禁止語に足す。ルールをコードやプロンプトの中に書き込んでしまうと、変わるたびに全部を直す羽目になります。辞書として外に出しておけば、中身だけ入れ替えれば済みます。

04プロンプトとチェックの設計 ── 二段の柵を立てる

辞書がそろったら、それをどこに効かせるか。柵は二段で立てます。生成する前の柵(プロンプト)と、生成した後の柵(チェック)です。片方だけでは漏れます。

一段目は、AI への指示文(=プロンプト、AI にやらせたいことを書いた命令)に規制の枠を埋め込む段です。「あなたは医療用医薬品の資材を作る。承認された効能・効果はここまで。次の禁止語は使わない。取引条件には触れない」── こうした枠を、生成の前提として先に渡します。これで、そもそも危ない文が出にくくなります。

ただし一段目だけでは足りません。第 1 回で見たとおり、AI は指示を守ったふりをして、もっともらしい逸脱を混ぜることがあるからです。そこで二段目 ── 生成後の自動チェックを置きます。出てきた文面を、禁止語の辞書と突き合わせ、承認情報の範囲と照らし合わせる。ここは AI の判断に頼らず、機械的な照合で足切りします。

二段にする理由: 一段目のプロンプトは「賢いが、ときどき破る」柵です。二段目のチェックは「融通がきかないが、決して見逃さない」柵です。賢さと厳格さは別の道具で担う。AI に「自分の書いたものを自分で検品させる」と、書いたときと同じ癖でチェックも甘くなります。生成する主体と、検査する主体は、必ず分けます。

この「作る役と検める役を分ける」考え方は、資材審査そのものの原則と同じです。作成者が自分の資材を自分で承認しないのと同じ理由で、AI にも自己承認はさせません。

05ルールは古びる ── 更新と保守の設計

いちばん見落とされがちなのが、ここです。ガードレールは、立てて終わりではありません。ルールは古びます。承認情報は改訂され、適正広告基準の解釈は更新され、販提G の運用も変わります。去年正しかった枠が、今年は穴になっている ── これがいちばん怖い。

だから設計の段階で、保守の担当と手順まで決めておきます。最低限、次の三つは誰の仕事かをはっきりさせます。

版を残すことには、もう一つ意味があります。監査や指摘があったとき、「この資材は、その時点で有効だったこの版のルールで審査した」と示せることです。ルールを外部の辞書として管理し、版を刻む。これは第 1 回で触れた、生成物の来歴(トレーサビリティ)を残す発想と地続きです。

06自動化の限界 ── 柵は「合格」を保証しない

ここまで柵の組み方を述べてきましたが、正直に言っておくべき限界があります。ガードレールを通ったことは、その資材が適正だという証明にはなりません。柵は「明らかにダメなもの」を落とすだけで、「本当に良いもの」を選ぶ役はできません。

理由は、規制の多くが文脈で決まるからです。同じ「効果的」という語でも、承認範囲の中で正しく使われていれば問題なく、根拠のない場面で使えば誇大になります。禁止語の辞書は前者まで巻き込んではじいてしまうか、後者を取りこぼすか、どちらかに寄ります。文脈の読みは、いまの AI がいちばん苦手とするところです。

柵の正しい使い方: 自動チェックが「合格」を出したら、それは「人が見る価値のある候補」というだけの意味です。最終の判断は人が下します。逆に、チェックが「不合格」を出したものは、機械的に止めてよい。足切りは自動、通過の判断は人 ── この非対称を守るかぎり、AI のガードレールは審査員を助けます。守らずに「AI が通したから適正」とすれば、いちばん危ない使い方になります。

だから、柵を厳しくしすぎるのも考えものです。安全側に振りすぎると、正しい表現まで大量にはじかれ、人が「これは誤検知」と押し戻す作業に埋もれます。柵の高さは、見逃し(=危険な文を通す)と過検知(=正しい文を止める)の釣り合いで決めます。ここは運用しながら調整し続ける、生きたパラメータです。

07他章との接続 ── ルールは全巻を貫く背骨

本回で組んだガードレールは、このシリーズの他の回、そして姉妹シリーズと次のようにつながります。ルール設計は、単独の技術ではなく、全体を貫く背骨です。

結語

AI に資材を作らせるなら、走り出す前に柵を立てる。これが本回の芯です。柵は上から順に ── 薬機法という外枠、適正広告基準という物差し、販提G という作法、そして製品ごとの承認情報。この階層を、承認情報と禁止語という二つの辞書に落とし、生成前のプロンプトと生成後のチェックの二段で効かせます。作る役と検める役は分ける。ルールは古びるので、誰がいつ更新するかまで先に決め、版を刻む。

ただし忘れてはいけないのは、柵は崖から落とさないためのものであって、正解へ導くものではないことです。合格は人が判断し、不合格だけ機械が止める。この非対称を守るかぎり、ガードレールは審査を速く、確かにします。次回は、このルールを審査員全員の共通言語に変える話 ── 属人性をどう減らすかへ進みます。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 資材のルールは階層構造で、上が下を縛る ── 薬機法(誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2)>適正広告基準>販提G>社内規程・承認情報。AI にはこの上下関係ごと教え、下位の社内テンプレだけを見て上位の法規制を見落とさせない。
  2. ルールは「承認情報の辞書」と「禁止語の辞書」の二つの外部データに落とし、生成前のプロンプトと生成後の自動チェックの二段で効かせる。作る役(AI)と検める役(機械的照合)は必ず分ける。自己承認はさせない。MR は情報提供に限られ、価格・在庫・納期など取引条件は扱わないという線も、枠として先に禁じる。
  3. ガードレールを通っても適正の証明にはならない。規制の多くは文脈で決まり、そこは AI が苦手。だから足切りは自動、通過の判断は人という非対称を守る。ルールは古びるので、更新のトリガー・担当・版管理まで設計に含める。
出典·参考文献
  1. 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第 66 条・第 68 条・第 68 条の 2.(誇大広告の禁止、承認前医薬品等の広告禁止、販売情報提供活動における情報提供の適正化の各条文)
  2. 厚生労働省 医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 薬生発 0925 第 1 号, 2018 年 9 月 25 日(2019 年 4 月 1 日適用).(情報提供活動の対象・方法・体制を定めた一次資料)
  3. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準の改正について. 薬生監麻発 0929 第 5 号, 2017 年 9 月 29 日.(薬機法の広告規制を実務基準に落とした通知。発出者は監視指導・麻薬対策課長)
  4. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準の解説及び留意事項等について. 薬生監麻発 0929 第 6 号, 2017 年 9 月 29 日.(適正広告基準の各条項の解釈と運用上の留意点)
  5. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインに関する Q&A について.(販提G の運用上の疑義応答。情報提供の範囲と体制の具体例)