資材審査の仕事を長くやると、正しさの根拠は増えていく。だが根拠が増えるほど、「私が正しい」という感覚も硬くなる。第19回で〈尽くす動機の向き〉を書いた。今回はその続きで、〈主張の向き〉の話をしたい。私はこう思う、から始めるのをやめて、あなたにはどう見えているか、から始めてみた。それだけで見える景色が変わった。

01赤ペンの正しさ

金曜の午後、審査会議の三件目だった。新製品の説明資材、そのグラフ一枚に、私は赤ペンで三つの指摘を入れた。縦軸の起点がゼロでないこと。対照群(=比較のために薬を使わなかった患者グループ)との差が検定結果(=偶然かどうかを統計で確かめた数字)抜きで強調されていること。引用元の試験の対象患者が、資材の想定読者とずれていること。どれも根拠はある。通知のどの条項か、ページ番号まで即答できた。私は自分の仕事に一点の曇りも感じていなかった。

顔を上げると、担当者が小さくため息をついた。隣の同僚は目をそらして、手元の資料をめくるふりをしている。部屋の空気が、数分前より確実に重い。私は内心、首をかしげた。正しい指摘をしたのに、なぜ空気が悪くなるのか。答えはすぐに出た。指摘が正しいのだから、不機嫌になるほうがおかしい。悪いのは向こうだ。当時の私には、その確信しかなかった。

机の上の赤ペンには、妙な手触りがあった。軽いはずのプラスチックの軸が、握ると少し重い。その重さを、私は「責任の重さ」だと解釈していた。患者さんに届く情報を守る最後の砦(とりで)なのだから、重くて当然だと。会議が終わって席に戻るとき、廊下ですれ違った担当者が会釈だけして足早に去っていく。その背中を見ても、私はまだ何も疑っていなかった。

いま振り返ると、あのときの私の頭の中には、ひとつの前提が居座っていた。「私はグラフをありのままに見ている。だから、私の見え方に同意しない人は、何かに目を曇らされている」という前提だ。営業成績とか、締切とか、上司の顔色とか。相手の側にだけ、視界をゆがめる事情があると思っていた。自分の側にも事情がある、という可能性は、選択肢にすら上がらなかった。この思い込みには実は名前がついているのだが、それを知るのは、もっと後のことになる。

02白か黒かの物差し

私の判定は速かった。可か、不可か。会議で意見が割れるようなグレーの案件でも、私はどちらかに倒して即答した。「持ち帰って検討します」とは言わない。曖昧な回答は審査員の逃げだ、と本気で信じていた。担当者を待たせないのだから、親切ですらあると思っていた。実際、周囲から「判断が早い」と言われたこともあり、私はそれを腕前の証拠として受け取っていた。

ところが、数字は別のことを言っていた。私が担当した案件の差し戻し率(=一度戻して作り直させた割合)は部内で一番高いのに、再提出されてくる資材の質は、たいして上がっていなかったのだ。同じ種類の指摘が、別の資材で繰り返し出てくる。速く裁いているのに、良くなっていない。この矛盾を、当時の私は「作る側の学習が遅いからだ」と処理した。物差しのほうを疑う発想が、まだなかった。

後年、認知療法(=考え方のクセを見つけて修正する心理療法)の創始者アーロン・ベックと、その流れをくむデビッド・バーンズの本を読んで、自分の速さの正体に思い当たった。彼らが挙げる「認知のゆがみ」の筆頭に、二分法的思考(=物事を白か黒かの二択でしか捉えない考え方。全か無か思考とも呼ばれる)がある。ポイントは、これが性格の欠陥ではなく、誰にでも起きる思考のクセだという点だ。疲れているとき、時間に追われているとき、人の頭は中間色を捨てて二択に走る。しかも研究では、このクセがうつ状態や人間関係の摩擦と結びつきやすいことが繰り返し示されてきた。白黒で裁く人の周りの空気が悪くなるのは、偶然ではなかったのだ。

私の赤ペンは、間違ったことは書いていなかった。ただ、目盛りが粗すぎた。定規に「長い」と「短い」の二つの目盛りしかなければ、測定は一瞬で終わる。速いが、その速さで何かを作れる人はいない。私が「決断力」と呼んでいたものは、道具の粗さだった。そう認めるまでに、ずいぶん時間がかかった。

03あなたの正しさは、誰のためですか

三度目の差し戻しをした案件だった。新しい資材の効能効果(=国が承認した、その薬の効き目と使いみち)の表現、データの示し方、注釈の位置。私の指摘はどれも根拠条文を添えてあり、反論の余地はないはずだった。四度目の打ち合わせの終わりに、若手の担当者が資料を閉じて、静かに言った。「指摘はすべて正しいと思います。でも、この資材で何を伝えたかったか、一度も聞かれていません」。

私は反論できなかった。正しい指摘を並べることと、相手が何をしようとしているかを理解すること。この二つは同じ作業だと思い込んでいたが、別物だった。私は三回の差し戻しのあいだ、一度も「この資材の狙いは何ですか」と尋ねていない。尋ねる必要を感じなかった。見ればわかる、と思っていたからだ。

社会心理学に素朴実在論(=自分は世界をありのままに見ている、という思い込み)という言葉がある。スタンフォード大学のリー・ロスらが指摘した、人間のものの見方の癖だ。自分に見えているものが「客観的な事実」であり、同じものを見て違う結論に至る人は、情報が足りないか、判断が歪んでいるか、どちらかだと感じてしまう。私はまさにそう感じていた。担当者の反論を「規制をわかっていない人の抵抗」として処理していた。

だが同じ資材が、担当者にはまったく別の風景として見えていたはずだ。医療現場に届けたい情報があり、その伝え方を何週間も練り、その上で私の机に持ってきた。私に見えていたのは逸脱(=ルールから外れた箇所)の候補リストで、担当者に見えていたのは伝えたいことの設計図だった。どちらも同じ紙を見ている。見えているものが違う。そして素朴実在論の怖いところは、この「見え方の違い」自体が見えないことだ。相手が違う風景を見ているとは思わず、「同じ風景を見て間違えている」と思う。ここからすれ違いと衝突が生まれる。

会議室を出た廊下で、私はしばらく立ち尽くした。指摘は全部正しかった。それなのに、何かを大きく間違えていた。その「何か」の正体を、その夜に確かめることになる。

04考えている自分を、考える

その夜、帰宅してから、私は差し戻しに使った指摘リストを机に広げた。読み返すのは初めてではない。だがこの夜は読み方を変えた。指摘の中身が正しいかどうかは、もう確かめない。代わりに、指摘を書いているときの自分の頭が、どう動いていたかを思い出しながら眺めた。

すると型が見えた。私は資材の一文を読むたび、それを「可」か「不可」かの箱に流し込んでいた。判断しているつもりだったが、実際にやっていたのは仕分けだった。二つの箱しか用意していないから、「狙いはわかるが表現に無理がある」も「ここは書き方を変えれば通る」も、全部「不可」の箱に落ちる。担当者に返るのは箱のラベルだけだ。三回の差し戻しは、三回の仕分け結果の通知だった。自分の物差しの形を、私はこの夜まで一度も見たことがなかった。

発達心理学者のジョン・フラベルは1970年代に、この働きをメタ認知(=自分の考え方を、一段上から眺める働き)と名づけ、1979年の論文でその考えをまとめた。「認知についての認知」。つまり、考えている自分を、考えること。難しく聞こえるが、私がやったのはリストの読み返しという地味な行為だけだ。ただし観察する対象を変えた。指摘の正しさではなく、指摘している最中の頭の動きを見た。いつもの読み返しは、資材と指摘を見る。この夜の読み返しは、自分の頭の動きを見た。それだけで、十年見えなかったものが見えた。

気づきは意志の力では起きなかった、と思う。「もっと相手の立場に立とう」と何度念じても、翌朝には同じ仕分けを繰り返していただろう。変わったのは心がけではなく、観察の対象だ。自分の外にある資材を見ている限り、自分の物差しは視界に入らない。物差しを見るには、物差しを使っている自分を眺めるしかない。若手の一言は、その眺める場所を教えてくれたのだった。

05グレーは手抜きではなく、地形だった

ある晩、私は販売情報提供活動ガイドライン(=医薬品の営業資材や説明の仕方を定めた厚労省の通知)を、初めて読むつもりで読み直した。仕事で何百回も引用してきた文書だ。ところが線を引きながら読むと、条文の言葉は思ったより幅を持っていた。「誤解を招くおそれ」。この「おそれ」は、資材だけを見ても決まらない。誰が読むのか、どんな場面で渡されるのか、読み手が何を知っているのか。文脈と読み手によって伸びたり縮んだりする。つまり通知そのものが、答えを一点に固定していない。

私は長いこと、これを規制の欠陥だと思っていた。白か黒か書いてくれれば審査は楽になるのに、と。しかしその晩、見え方が反転した。白と黒の間に無限の濃淡が広がっている。それは欠陥に見えていたが、実はこの仕事の地形そのものだった。医療の現場も、読み手の理解も、一様ではない。だから規制の言葉も幅を持つしかない。審査とは、その地形の上を歩き、いまこの資材にとって最も良心にかなう一点を探す仕事だった。地図に「ここ」と印刷されていないから難しいのであって、印刷されていないからといって、適当に決めてよいわけではない。

認知療法の創始者アーロン・ベック(第02回参照)は、人を苦しめる思考の癖の代表として「全か無か思考」(=白か黒かの二択でしか考えられない状態)を挙げた。その対処として練習するのが、程度で考えることだ。「完全に安全」か「完全に危険」かではなく、「この文脈なら誤読の危険は十点満点で何点か。どこを直せば何点下がるか」。二択を捨てて連続体(=切れ目のない目盛り)の上で考える。これは判断を曖昧にする訓練ではない。むしろ逆で、二択より細かい目盛りで現実を測る、解像度の高い認知だ。

ここで区別をひとつ、丁寧に置いておきたい。グレーを認めることと、基準を緩めることは別物だ。混同されやすいが、向きが違う。

観点基準を緩めるグレーを認める
判断の目盛り白黒二択のまま、線を甘い側にずらす目盛りを細かくし、線は動かさない
「おそれ」の扱い低そうなら見なかったことにするどの程度か、なぜその程度かを言葉にする
結論の説明「まあ大丈夫でしょう」で終わる「この文脈でこの読み手なら、ここまでは可、ここからは不可」と根拠ごと示す
責任の所在曖昧さの中に隠れる曖昧な地形の上で、自分の一点を引き受ける

白黒で切る審査は、実は楽なのだ。線のこちら側なら考えなくていい。グレーを見る審査は、一件ごとに文脈を読み、程度を測り、理由を言葉にしなければならない。手間は増える。しかしその手間こそが、通知が「おそれ」という幅のある言葉で私たちに預けたものだ。グレーは、誠実に歩く者にだけ見えてくる地形だった。

06from me から from you へ

次の審査会議で、私は言い方をひとつだけ変えてみた。それまでの私なら「この表現は不可です」と切り出していた。その日はこう言った。「この資材で、先生方に何を持ち帰ってほしいですか。もしその目的なら、この表現は現場でこう読まれる危険があります」。指摘の中身は同じだ。根拠の条文も、直してほしい箇所も変わらない。変えたのは出発点だけ。私の判定(from me)からではなく、相手の目的(from you)から話を始めた。

すると不思議なことが起きた。作成者が反論の姿勢を解いたのだ。「持ち帰ってほしいのは有効性ではなく、投与の手順なんです」と目的を語り始め、それなら別の図の方が伝わるのでは、と自分から代案を出した。私たちは対立する二者ではなく、同じ目的地を探す二人になっていた。届けたい内容は同じでも、矢印の向きが変わると届き方が変わる。あの日それを体で覚えた。

これは、発達心理学が古くから追いかけてきた能力の話だ。ピアジェ(=子どもの考える力の発達を研究したスイスの心理学者)は、幼い子どもが「自分に見えている景色が、そのまま相手にも見えている」と思い込む段階から抜け出す過程を脱中心化と呼んだ。自分の視点だけが世界ではない、と気づく発達だ。その研究の流れの先にあるのが視点取得(perspective taking。=相手の位置から状況がどう見えるかを想像する働き)で、大人でも意識しないと錆びつく。「不可です」から入る審査員は、悪意があるのではない。ただ、自分の座席からの景色を世界の全部だと思い込んでいる。かつての私のように。

もうひとつ、会議の前に使える技法がある。心理学者イーサン・クロスらが研究したセルフディスタンシング(self-distancing。=自分を少し離れた場所から、他人を見るように三人称で眺める技法)だ。クロスらの実験では、「私はなぜ腹が立つのか」と一人称で自問するより、「彼(彼女)はなぜ腹が立っているのか」と自分の名前や三人称で自問した方が、感情の波が静まり、状況を冷静に捉え直せた。私は揉めそうな会議の前、廊下で一度だけ自問するようにしている。「あの審査員は、いま作成者からどう見えているか」。たいてい、見えてくるのは正義の番人ではなく、赤ペンを握りしめた壁だ。それが見えれば、最初の一言は自然と変わる。

from me から from you へ。出発点をずらすだけで、同じ正しさが、裁きではなく贈り物として届くことがある。正しさの中身を磨くことに費やしてきた年月の隣に、正しさの置き場所を選ぶという仕事が、ずっと手つかずで残っていた。

07原則は手放さない、握り方を変える

誤解されたくないので、最後にはっきり書いておく。視点を移すようになってからも、私の原理原則は一つも捨てていない。誇大な表現は不可。根拠のない断定は不可。承認された効能効果の範囲を超える示唆も不可。この線は、資材審査(=医薬品の広告や説明資材が規制と根拠に沿っているかを確認する仕事)を始めた日から今日まで、一度も動かしていない。動いたのは線ではなく、線の見せ方だ。「この表現は規則に反するから直せ」と突き返すか、「この表現は、読んだ医師の目にどう映るか」を一緒に考えるか。守るものは同じでも、届き方はまるで違う。

ここまでの回で借りてきた三つの考えを、もう一度並べ直すことはしない。メタ認知(=自分の考え方を一段上から眺める働き)も、視点取得(=相手の立場から物事を見る想像力)も、セルフディスタンシング(=自分を少し離れた場所から眺め直すこと)も、要するに一つのことを指している。成長とは、原則を増やすことでも捨てることでもなく、原則と現実のあいだにある景色の解像度が上がることだ。新人の頃の私にも同じ規則集があった。足りなかったのは規則ではなく、規則の向こう側にいる人の顔が見える目だった。

相手の目に映る自分が見えるようになって、初めて気づいたことがある。私の赤ペンの向こうには、いつも人がいた。締切に追われながら資材を作った担当者がいて、その資材を待つMR(=医薬情報担当者。医療機関に薬の情報を届ける人)がいて、さらにその先に、説明を受けて処方を考える医師と、薬を飲む患者がいた。「from me」で書いていた頃の私は、この列の先頭しか見ていなかった。自分の指摘が正しいかどうか。それだけだった。「from you」で書くようになって、列の全員が視界に入った。正しさの中身は変わらない。正しさが誰のためにあるのかが、ようやく見えた。

第19回で〈動機の向き〉を書いた。指摘するのは自分の有能さを示すためか、それとも資材を良くするためか、という問いだった。今回の〈主張の向き〉は、その続きにある。動機が相手を向いても、主張の立て方が自分を向いたままなら、言葉は届かない。逆に、立て方だけ整えて動機が自分を向いていれば、それは体裁のいい自己主張になる。二つの向きが揃ったとき、指摘は初めて「一緒に直そう」という誘いになる。私はまだ、揃わない日のほうが多い。疲れている日、急いでいる日、赤ペンはすぐ「from me」に戻る。戻ったことに気づけるようになった、というのが二十年かけた進歩のすべてかもしれない。

良心とは何か、と大げさに問うつもりはない。ただ、この仕事を続けてきて思うのは、良心とは正しさを振りかざす力ではなく、正しさの届け方を選び直せる力ではないか、ということだ。原則は手放さない。握り方を変える。硬く握りしめた拳を、手のひらを上にして差し出す形に変える。載せているものは同じ、一枚の規則だ。それでも受け取る人の表情は、別のものになる。明日も私は赤ペンを持つ。持ち方だけ、昨日より少し丁寧に。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 正しい指摘が届かないとき、疑うべきは相手の理解力より、自分の物差しの粗さと主張の向き。「可か不可か」の二択は「どう直せば良くなるか」という一番大事な情報を落とす。
  2. 自分の考え方の癖は、資材を見ている限り視界に入らない。メタ認知(=考えている自分を一段上から眺める働き)は、観察の対象を「指摘の正しさ」から「指摘している最中の頭の動き」に変えることで初めて働く。
  3. from me(私の判定)からfrom you(相手の目的)へ出発点をずらしても、原則の線は一本も動かさなくてよい。変わるのは届き方だけ。グレーを認めることと基準を緩めることは別物で、向きが違う。
出典·参考文献
  1. Flavell, J. H. Metacognition and Cognitive-Developmental Inquiry. American Psychologist, 1979.(メタ認知概念の原典論文)
  2. Ross, L. & Ward, A. Naive Realism in Everyday Life. In Values and Knowledge. Lawrence Erlbaum, 1996.(素朴実在論の原典)
  3. デビッド・D・バーンズ. いやな気分よ、さようなら. 星和書店, 2004.(全か無か思考など認知のゆがみの一般向け古典)
  4. アーロン・T・ベック. 認知療法—精神療法の新しい発展. 岩崎学術出版社, 1990.(二分法的思考を扱う認知療法の原典)
  5. イーサン・クロス. Chatter(チャッター)—「頭の中のひとりごと」をコントロールする. 東洋経済新報社, 2022.(セルフディスタンシング研究の一般向け解説)
  6. J. ピアジェ, B. イネルデ. 新しい児童心理学. 白水社, 1969.(脱中心化・視点取得の発達的起源)
  7. 三宮真智子. メタ認知で〈学ぶ力〉を高める. 北大路書房, 2018.(メタ認知の日本語による平易な入門)
  8. アダム・グラント. THINK AGAIN—発想を変える、思い込みを手放す. 三笠書房, 2022.(考え直す姿勢と対話的説得)
  9. ダニエル・カーネマン. ファスト&スロー. 早川書房, 2014.(速い判断の癖と熟考の関係)