01技術トレンド ── 何が確実に伸び、何が未知か

まず技術の見通しです。ここで大事なのは、「確実に伸びる部分」と「期待が先走っている部分」を分けて見ること。両者を混ぜると、投資も現場導入も判断を誤ります。

確度が高いのは、マルチモーダル AI(=文章・画像・数値など複数の種類のデータをまとめて扱う AI)の実用化です。医療は、画像・検査値・カルテの記述・ゲノムといった性質の違う情報を突き合わせて判断する仕事です。それらを一体で扱う基盤が整いつつあり、画像診断支援や文書作成支援はすでに現場に入り始めました。逆にまだ未知が大きいのは、治療方針を自ら決めるような「判断の代行」です。技術的には近づいても、責任の所在と検証の仕組みが追いついていません。

Trend 01

マルチモーダル化

"種類を越えて束ねる"

画像・検査値・記述・ゲノムを一体で扱う。診断支援や情報整理で確実に伸びる領域。5 年内に日常業務へ広く根づく見込み。

Trend 02

基盤モデルの医療特化

"土台を医療用に"

大規模言語モデル(=大量の文章から学んで文章を扱う AI)を医療知識で調整した基盤が広がる。文書作成・要約・問い合わせ対応が主戦場。

Trend 03

エージェント化

"手順を任せる"

AI エージェント(=目的を与えると複数の作業を自分で進める仕組み)が定型業務の連携を担う。ただし医療判断の代行は当面、人の監督下に限られる。

Trend 04

オンデバイス化

"手元で動かす"

データを外に出さず端末の中で処理する方式が進む。患者情報の保護と、通信に頼らない安定動作の両面で意味を持つ。

まとめると、「支援」は速く、「代行」は遅い。人の判断を助ける用途は数年で広く根づきますが、人の判断を置き換える用途は、技術より先に責任と検証の設計が要ります。だから技術トレンドを読むときは、「これは支援か、代行か」をまず問えば見誤りません。

02患者中心という軸 ── 誰のための技術か

技術の話をすると、つい「何ができるか」に目が向きます。けれど医療 AI の将来像でいちばん外してはならない軸は、患者中心(=技術の目的を患者の利益に置くこと)です。速く・安く・大量に処理できること自体は、患者にとっての価値とは限りません。

世界保健機関(WHO)は 2021 年の指針で、医療 AI が守るべき原則の筆頭に「人の自律と福祉の保護」を置きました。効率より、まず人。この順序は、5-10 年たっても変わらない土台のはずです。具体的には、次のような問いを絶えず自分に向け続けることになります ── この AI は患者の理解を深めるのか、それとも置き去りにするのか。データは患者本人の利益のために使われているか。判断の理由を患者に説明できるか。

製薬の現場に引きつければ、患者向けの説明資材や疾患啓発コンテンツを AI でつくるとき、「反応が良い」ことと「患者のためになる」ことは別だという点が要になります。不安を煽れば閲覧は伸びるかもしれませんが、それは患者中心の正反対です。技術が速くなるほど、この軸を意識して握り直す必要があります。

03規制の進化 ── 追いつく側から、先に設計する側へ

規制は「技術に遅れて追いかけるもの」と思われがちですが、この数年で流れが変わりました。各国が、医療 AI をあらかじめ枠を決めてから使う方向へ動いています。日本でも、薬機法(=医薬品・医療機器の品質と広告を定める法律)の土台は変わらないまま、AI を組み込んだプログラム医療機器の扱いが整理されてきました。

枠組み要点実務での意味
WHO 指針(2021 / 2024)医療 AI の倫理と統治。人の自律の保護、透明性、説明責任、公平性などを原則化。2024 年には大規模モデル向けの追加指針も公表各国ルールの共通の土台。将来像を語るときの基準点として使える
EU AI 法(2024)用途のリスクに応じて義務を変える枠組み。医療用途の多くを高リスクに分類し、検証・記録・人の監督を要求「リスクが高い用途ほど、人の監督と記録を厚く」という設計思想。国内実務の参考になる
薬機法・国内の医療機器規制AI を含むプログラムも医療機器として承認・監督の対象。継続的に学習する製品の扱いも段階的に整備製品化には承認が要る。広告は薬機法の物差しがそのまま効く

ここで、製薬の広告・情報提供に携わる方が絶対に取り違えてはならない土台を、改めて確認します。薬機法では、誇大広告の禁止が第 66 条、未承認医薬品等の広告の禁止が第 68 条、適正使用のための情報提供が第 68 条の 2 です。AI が資材を速くつくれるようになっても、この条文は動きません。加えて、医療用医薬品の情報提供の実務基準である販売情報提供活動ガイドライン(=販提 G、医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン、厚生労働省医薬・生活衛生局長通知、2018 年)、そして医薬品等適正広告基準(=厚生労働省 医薬・生活衛生局 監視指導・麻薬対策課長の通知として示された広告表現の物差し)も、つくり手が AI か人かで緩むことはありません。規制の進化とは、これらの土台を保ったまま、新しい道具に合わせて運用の細部が更新されていくことを指します。

04人の役割 ── AI が上手になるほど、人の仕事は変わる

「AI が賢くなれば人の仕事はなくなる」という語り口をよく見ます。けれど医療の現場で起きているのは、なくなるのではなくずれることです。AI が定型の処理を引き受けるほど、人の役割は「作業する人」から「確かめる人・決める人・説明する人」へ移ります。

資材審査を例にとると分かりやすいでしょう。AI が下書きや一次チェックを速くこなすようになると、審査担当者の仕事は「文言を一から書く」ことから、「この表現は医師に誤解なく届くか」「この根拠は一次資料と本当に合っているか」といった、機械には委ねられない判断に重心が移ります。単純な逸脱の検知は仕組みに任せ、微妙な判断は人が担う。この分担がこれからの標準になります。

「人が最後に決める」を制度として残す: EU AI 法が高リスク用途に人の監督(human oversight)を義務づけたのは、技術が未熟だからではありません。医療のように取り返しのつかない領域では、誰が責任を負うかを明確にしておくことが、技術の精度とは別に要るからです。AI がどれだけ上手になっても、「最後に人が確かめて決める」関所を制度として残す ── これは 5-10 年後も揺らがない設計原則です。

05守るべき原則 ── 変化の速さに流されないために

ここまでの見通しを、実務で握れる原則に落とします。技術は変わり続けますが、原則は変わりません。次の四つは、どんな新しい道具が来ても当てはまる物差しです。

原則 01

患者の利益を先に置く

効率や反応の良さより、患者の理解と福祉を上に置く。「反応が良い」と「ためになる」を混同しない。迷ったら、患者にとっての意味に立ち返る。

原則 02

根拠と出典を必ず添える

AI の生成物は「もっともらしさ」を最適化する。主張ごとに一次資料を紐づけ、根拠を示せない断定は公開しない。速度を上げても、この一線は下げない。

原則 03

人が最後に確かめる

定型の検知は仕組みに、微妙な判断は人に。「最後に人が決める」関所を制度として残し、責任の所在を曖昧にしない。

原則 04

規制の土台を動かさない

誇大は 66 条、未承認は 68 条、情報提供は 68 条の 2。販提 G・適正広告基準も、つくり手が AI でも緩まない。新しい道具は、土台の上でだけ使う。

この四つに共通するのは、「速さ」を「正しさ」の言い訳にしないという一点です。技術が速くなるほど、原則を意識して握り直さないと、いつの間にか土台がずれていきます。原則は、変化の速さに流されないための錨(いかり)です。

06まとめ ── 確度で分けて、原則で握る

5-10 年の見通しを、確度で三つに分けて締めくくります。ほぼ確実に起きることは、支援用途(診断支援・文書作成・情報整理)の日常化と、マルチモーダル化です。条件つきで進むことは、エージェントによる業務連携で、責任と検証の設計が整った範囲から広がります。まだ分からないことは、治療判断の本格的な代行で、技術より先に制度が問われます。

見通しが不確実でも、判断の軸は不確実ではありません。患者を先に置き、根拠を添え、人が最後に確かめ、規制の土台を動かさない ── この四つを握っていれば、どんな新しい道具が来ても、進む方向を間違えずに済みます。医療 AI の将来像とは、技術の予言ではなく、変化のなかで何を守り続けるかを決めることだと、本シリーズは考えます。

07本サイトの他の章との接続

本回は、次の章と読み合わせると、将来像がより具体的になります。

結語

医療 AI は、これから 5-10 年で「試す技術」から「毎日使う技術」へ変わっていきます。支援用途は速く根づき、代行用途は制度の整備を待つ ── この非対称を正しく読めば、過度な期待にも過度な警戒にも傾かずに済みます。技術トレンドは変わり続けますが、患者を先に置くこと、根拠を添えること、人が最後に確かめること、そして薬機法の土台(誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2)を動かさないことは、変わりません。将来像を描くとは、来るものを言い当てることではなく、変化のなかで守り続けるものを決めることです。本シリーズが、その判断の羅針盤になれば幸いです。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 技術は「支援か代行か」で見通しが分かれる。診断支援・文書作成・マルチモーダル化などの支援用途は 5 年内に日常化するが、治療判断の代行は技術より先に責任と検証の設計が問われ、当面は人の監督下にとどまる。
  2. 規制は「追いかける側」から「先に枠を決める側」へ。WHO 指針・EU AI 法はリスクの高い医療用途に人の監督と記録を求める。薬機法の土台 ── 誇大 66 条・未承認 68 条・情報提供 68 条の 2、販提 G・適正広告基準 ── は AI がつくっても緩まない。
  3. 変化に流されないための原則は四つ ── 患者の利益を先に置く/根拠と出典を必ず添える/人が最後に確かめる関所を制度として残す/規制の土台を動かさない。将来像とは、守り続けるものを決めることに他ならない。
出典·参考文献
  1. World Health Organization. Ethics and Governance of Artificial Intelligence for Health: WHO Guidance. World Health Organization, 2021. (医療 AI の倫理・統治原則の国際的な土台)
  2. World Health Organization. Ethics and Governance of Artificial Intelligence for Health: Guidance on Large Multi-Modal Models. World Health Organization, 2024. (大規模マルチモーダルモデルに関する追加指針)
  3. European Parliament and Council of the European Union. Regulation (EU) 2024/1689 (Artificial Intelligence Act). Official Journal of the European Union, 2024. (用途のリスクに応じて義務を定める AI 規制枠組み)
  4. U.S. Food and Drug Administration. Artificial Intelligence/Machine Learning (AI/ML)-Based Software as a Medical Device (SaMD) Action Plan. FDA, 2021. (AI を用いたソフトウェア医療機器の規制方針を示すロードマップ)
  5. 厚生労働省. 保健医療分野における AI 活用推進懇談会 報告書. 厚生労働省, 2017. (国内の医療 AI 活用の重点領域を示した政策文書)
  6. 厚生労働省医薬・生活衛生局長. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン(販提 G). 厚生労働省, 2018. (医療用医薬品の情報提供活動の実務基準)
  7. 厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長. 医薬品等適正広告基準. 厚生労働省. (医薬品広告表現の適否を判断する物差し)
  8. World Health Organization. Ethical Criteria for Medicinal Drug Promotion. World Health Organization, 1988. (医薬品プロモーションが守るべき国際的な倫理基準)
  9. Eric Topol. Deep Medicine: How Artificial Intelligence Can Make Healthcare Human Again. Basic Books, 2019. (医療 AI が人の役割をどう変えるかを論じた基礎文献)